黒き爪(4)
「ニーチェってもちろん魔王様の素顔を知ってるのよね?」
ヴァイオラが当たり前の事を尋ねてくる。
「今でも部屋では素顔だし」
「あー、羨ましい!」
「お前だって、あれ見ただろ?」
手足をじたばたさせる彼女にマシューが言う。
ジェイルのプロフィール画像は内々に出回っている。公然の秘密という取り扱い。個々人がそっと眺めるだけに収めている。中には画像を見ては溜息をつく乙女や婦人がいるのはニーチェの想像の外だが。
「羨ましいのー! わたしだって生で素顔の魔王様とお話ししたいー!」
彼女の3Dアバター「ウェネ」までもが空中で駄々をこねている。
「それは無理だし」
「独り占めずるい!」
「違うし。ヴァイオラにとっては『魔王様』なんでしょ? そう望んでいるならパパはケイオスランデルである事を貫くもん」
詰まるところ自然とそうなってしまう。
「だよなー。ここじゃ総帥閣下はそれ以外の何でもないもんな―。総帥でいてくれないと困るし。だったら素顔を見せられるのはニーチェだけになっちまうじゃん」
「なに覚ったみたいなこと言ってんの、ゴミクズ」
ヴァイオラのウェネとマシューのジデオンは取っ組み合いの喧嘩になる。ニーチェのルーディは我関せずでくるくると踊っている。
「それでもずるいのー! わたしも素顔の魔王様と語らい合ってキスしてそれからもにょもにょ……」
どんどんエスカレートしてきた。
「馬鹿な事言ってるし」
「閣下が相手してくれるもんかよ」
「なにをー!」
彼女の蹴りがマシューの顔面を打ち抜いた。
0.1Gの
「こんなところであんまりやんちゃをするなよ」
マシューを受け止めたのはギルデである。
「ドナ! ニーチェが意地悪するー」
「どうしたのかしら?」
「喧嘩なのん?」
マーニ隊のメンバーが揃っている。
「ニーチェだけが素顔の魔王様と仲良くしてるんだもん! ずるいでしょ?」
「それは仕方ないんじゃなくて? 父なんだから」
「だったらわたしも娘になるー!」
論理の飛躍が著しい。
「お前、父親が泣くぞ?」
「要らない! 魔王様と取り換えてー!」
「かなり可哀想なのん」
ドナの登場で余計に駄々っ子になったヴァイオラだった。
◇ ◇ ◇
「っていう事が有ったし」
ニーチェは私室で父親に打ち明けている。
「それは少し親御さんが可哀想だね。彼女は第二世代だから両親ともにここに居て、一緒に住んでいるのに」
マシューもそうだが、彼ら自身がライナックの被害者ではないのだそうだ。両親のほうに理由があって
「パイロットとして英才教育を受けてきたの?」
ジェイルは子供も道具として使っているのだろうかと思ってしまう。
「一応は本人の希望を訊く。適性が無かったり怖がっていれば内勤に回ってもらう」
「そっかぁ」
「でも、彼らの気持ちを利用してないとも言えないかな」
ホッとしたのも束の間、否定的な言葉が続く。
「こんな環境だ。子供たちは持て囃されるアームドスキンパイロットに憧れてしまうだろう。本当に心から希望しているのかと問われれば明言はできないんじゃないかとも思うんだ」
「そこまで気にし始めたらキリがないと思うし。子供の夢なんて初めはみんな憧れだもん。それが割と手の届く所に有っただけ」
「だから背負わせてもいいって訳じゃない。罪は僕が背負ってあげなくてはね」
(覚悟の深さが違うし。パパはきっと最後まで魔王で在ろうとしてる。一遍の悔いなく
ニーチェには感じられる。父親がどこへ向かっているのか。
(よかった。もし諦めていたら
彼女の中に灯った決意にジェイルは気付いていないだろう。
◇ ◇ ◇
呼集の掛かったマーニは総帥室に出向く。そこに居たのは副長であるヴィスとニコール施設長、アームドスキン部隊全体の指揮を執るオーウェン・ナイマル戦闘隊長。
室内には多数のパネルが投映されており、それぞれに艦長の顔。それ以外には、魔王の座る椅子の背凭れにニーチェが肘を掛け、わざとらしく不敵な笑いを浮かべていた。
(あー、この娘、そうしていると格好良いとか考えてるわぁ)
彼女は苦笑する。
「新たな作戦に着手する」
魔王が口火を切る。
「宙軍基地より第二打撃艦隊が進発したという情報だ。ゼムナ環礁内で大規模な演習を行うと広報している。調査によって判明した情報によると、総数百二十の戦闘艦を四分割。それぞれが対戦する形式だと言う」
三十隻の艦隊を四つ組んで演習を行うらしい。
「四の艦隊が相互に探査戦を行いつつ、より実践的な演習にするつもりのようだ。我らも全艦三十隻を用いて当該宙域に向かい、第二打撃艦隊の損耗を図る作戦を行う」
相手方が分散してくれる隙を突いて攻撃しようというのだ。数は同数。用兵次第で勝算が見込めるだろう。
「これに先立ち、戦力増強に伴う指揮系統の強化をする。マーニ・フレニー」
妙だと思っていた。ここに同席する役職を彼女は持っていない。
「戦闘隊長に任ずる。ナイマル戦闘隊長と協力し、現場での即応体制の確立を命じる」
「謹んでお受けいたします」
(なるほどね。戦力が膨らみ過ぎてオーウェンだけじゃ回らないってこと)
場にそぐう姿勢を取りつつ魔王に了解のウインクを送っておく。
「そりゃいいんですけどね、ケイオスランデル。長毛の黒猫でも抱いて酒杯の一つも傾けるなら悪の首領っぽいんですが、肩の子猫がギアに頬擦りしてるのは格好がつきませんぜ」
ヴィスは呆れている。
「気にするな」
「気にしましょうや」
(ニーチェが来てから程よく緩くなったものね)
「では作戦内容を説明する」
彼はそのまま続ける気らしかった。
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