魔王顕現(7)

(まずは結婚を申し込みましょう。ルヴィから良い返事をもらえたら彼女の両親に正式に申し入れて、うちの両親にも紹介せねばなりませんね)

 考えた結果、そういう結論に至った。


 非番の昨日もエルヴィーラとデートをしていた。

 いつ出動が掛かるか分からないので遠出ができないのが申し訳ないが、それなりに豪華な夕食をご馳走する。名残惜しいジェイルは夜の公園に誘い、ベンチで語らい合っていた。

 会話が途切れたところで彼女が瞳を閉じる。我慢し切れずに貪るようなキスをした。後悔の念が湧き上がる。それなのにエルヴィーラはとても嬉しそうに微笑むのだ。


(駄目ですね。僕は完全に自制ができなくなっています。少なくとも婚約まではして責任ある立場にならないと、これ以上は触れてはいけない)


 一日の汗を流したジェイルは下履きだけでリビングに戻る。そこはさながら花畑。匂いも落とした今、その花の香りを身に纏えたならエルヴィーラに相応しい男になれるような気がした。


「はい、ジェイルです」

 携帯端末の呼び出し音に耳を傾けた。珍しく彼女の父からだ。

「ルヴィは君の所だろうか?」

「いえ、こちらでは。昨日お送りした後は会っていませんが」

「昼過ぎに買い物に出かけてから帰ってこないんだ。もしかしたらと思ったんだが」

 一瞬にして背筋が凍った。

「すぐに探しに出ます。お父様は心当たりに確認を」

「頼む」


 それから三日、エルヴィーラの行方は杳として知れなかった。権限を使って、当日の彼女の足取りを追っても或る一点から監視カメラにも映っていない。ただ、一ヶ所の監視カメラの記録に改竄の痕跡が見られ、それが余計にジェイルを不安にさせた。


   ◇      ◇      ◇


 ポレオンの街角を一人の女性がふらふらと歩いている。


 衣服はぼろぼろで一部は肌も露わになっていた。不審に思った通行人の通報で彼女は保護される。


 聴取に対し彼女はエルヴィーラ・フィンザと名乗り、ゲラルトという男を始めとした複数の男に暴行され続けていたと涙ながらに告白した。


   ◇      ◇      ◇


「どうして僕が待機を命じられるのですか?」

 ジェイルは機動一課長に食って掛かる。

「容疑は婦女暴行。これは捜査一課の管轄だというのは説明するまでもない」

「うちも強行犯対応部署です! 捜査協力くらいできる筈なのに、僕だけ待機を命じられるのは納得できません!」

「そうしないとお前は動いてしまうだろうが」

 面倒そうに溜息をつく。

「お前だけじゃない。うちも捜査一課そういちもこの件では動かない」

「何でです!」

「よく見ろ」

 課長は捜査資料の投映パネルを指で弾いて180°回転させた。

「容疑者はゲラルト・ライナック。こいつはライナック案件。分かったな?」

「分かってたまるものですか!」


 彼は課長のデスクを殴り付けて後にした。


   ◇      ◇      ◇


 ジェイルがフィンザのフラワーショップに着くと店は閉じられていた。呼び掛けて開けてもらうとエルヴィーラの両親が悄然と座り込んでいる。何もできない彼には元気付ける言葉も無かった。


「ジェイルくん、色々とありがとう」

 感謝を告げるのが精一杯という感じだ。

「ルヴィは部屋ですか?」

「ああ、ほとんど閉じ籠ったままだが、今はそっとしておく事しかできないんだよ。これは事故のようなものと言い聞かせてはいるんだが」

「こんな事になって申し訳ないのだけれど、あなたなら娘を元気付けてあげられるかも」

 母親でさえ慮るのがせいぜいらしい。

「僕にチャンスをください」


 彼はエルヴィーラの部屋の前に行く。無理はしたくないのでまずはインターホンで話し掛けた。


「ルヴィ、僕です」

 しばしの沈黙。

「ごめんなさい。今は会えないの」

「いいえ、今こそ会ってあなたに伝えたい事があります。どうかロックを外してください」


 逡巡の時間が流れる。数分待ってようやく彼女は顔を見せてくれた。


「あ……」

 すぐさま手を取って甲に口付ける。

「僕と結婚してください」

「できないわ」

「あなたを愛しています。お願いですから結婚してください」

 強い口調で意思を告げる。

「できない。だって、あなたは抱ける? こんなに穢れてしまった私を抱けるの?」

「許してくれるなら喜んで」


 ジェイルは決して彼女の手を放さなかった。


   ◇      ◇      ◇


 彼女の希望でジェイルは部屋に連れ帰る。車から抱き上げてエレベータを上がった彼は、部屋に入ると花だらけの中にあるベッドにエルヴィーラを座らせた。


「これから証明してみせます。いいですね?」


 浅く長いキスをした後、首筋にも軽くキスをする。それだけで彼女は震え出した。フラッシュバックしているのだろう。

 反射的に突き放そうとする腕を必至に抑えているエルヴィーラを強く強く抱き締めた。そのまま震えが収まるまで待つ。


「ジェイル、あなたは優しすぎるの。こんな私に情けを掛けてくれるなんて」

「情け? そんなつもりは欠片もありませんよ。僕はあなたが欲しいだけです。何度でも言いましょう。心の底から愛しています」


 涙を流す彼女は躊躇いながらも一生懸命にジェイルの背中へと手を回した。抱く力を緩め、そっと長い髪を撫で続ける。熱い吐息を耳に感じられるようなったところでもう一度、今度は深く口付ける。


 ジェイルはそのままエルヴィーラをベッドに横たえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る