紅の堕天使(10)

「よいしょー!」


 振り向けたビームカノンはサナルフィの物より大振りで重い。それなのにルージベルニの赤い細腕は瞬時に反応してターゲットを捉える。フィードバック感覚に注意を払いつつ、気合いを入れてピタリと止める。


 放たれた薄紫の光芒は、ニーチェの見定めた相手の灯りを確実に貫き、いとも簡単に消してしまう。それを受け止める心が冷えそうになるのを押し留め、身体の熱さと一緒に覚悟と闘志という熱量へと変えていく。


(まだまだだし! こんなところで止まれるもんか! 何度でも乗り越える! パパの無念を晴らすまでは!)

 髪が逆立つような感覚とともに赤い瞳が燃え上がる。

(染まれ染まれ、あたしの心! 悪の黒と血の赤に染まって突き抜けろ!)

 吐く息まで炎の如く感じてくる。それで良いとニーチェは思った。


 トリスと対峙していた四機編隊は二機が脱落。残り二機は泡を食って離脱し、別の編隊と合流しようと試みている。そんな暇など与えない。


「闘志はそのままで落ち着いて戦いなさい」

 ドナの忠告。

「落ち着いてるし。今度はドナを自由にする番」

「そうみたいね」


 一度退いた二機からの牽制射撃を一瞥もせずに躱す。彼女の視覚では背後の一機から敵意の閃きが感じられ、それで狙われていると認識できる。狙撃が来る頃にはルージベルニを滑らせていた。

 その灯りに向けて背中越しに腕だけの一射。並んでいた二つの灯りは左右に分かれる。焦りの色に染まるとともに。


(こういう使い方もできるし)

 背中の角が如き推進機ラウンダーテールが生き物のように蠢き、赤い機体を暴れさせる。目立つよう動き回り、感情の色を読む事で意識がこちらに振り向けられるのを認識する。


『効率が悪いのう。そういう時はボールフランカーを使うのじゃぞ』

「ボールフランカー?」


 ショルダーユニットに装備された球体パーツが2D投映コンソール内で明滅する。σシグマ・ルーン経由で使用法が頭に流れ込んできた。


「こんな便利な物が有るし」

『そなた向きであろう?』

「だね。ありがとっ!」


 ボールフランカーと呼ばれる装備に思考スイッチを向ける。すると、球体に添って寝ていた蟹の鋏のような部分が勢いよく立ち上がる。口を開けるとそこには砲口が切られていた。

 大振りなボールには斜めに筋が入っており、上半分だけは自由に回転する構造。縦方向に旋回する鋏のカノンは、半身どこへ向けても照準できる機構を有している。左右のボールフランカーでルージベルニの全周をどこでも照準できた。


『弾体ロッドは基台側に装填じゃ。カノンインターバルは0.5秒。それだけは注意して使うがよかろう』

 球体の下半分の正面にロッドガイドの下端が見える。手動装填が必要らしい。

「了解だし。これならばー!」

『そなたに死角なしじゃ』


 ドナに対している編隊の一部がニーチェに牽制の構えを見せる。構わずボールフランカーを発射してもやはりジェットシールドで弾かれた。口径はビームカノンのほうが大きいようだ。

 相手の視界を遮るジェットシールドの死角で横に回り込む。通り抜けざまに横からビームカノンを浴びせると、肩から上が溶解しかけの部品となってばら撒かれた。


「もう、ひと……、わあっ!」

 僚機の被弾をものともせず、別のオルドバンのブレードが円弧を描いて迫っていた。

「躱すかよ!」

「油断しない!」

 敵の罵声とドナの怒声が重なる。

「こんのー!」

「がふっ!」


 身体の動かし方は頭が憶えている。斬撃に対して反射的に上体を反らしつつ振り出した右足が相手の胸部へと痛烈な一撃を送り込んでいた。


(パパが教えてくれた動き方が染み付いている。一緒に戦っているみたいだし)

 喜びが湧いてくる。


 ジェイルが教えてくれたのは簡単な運動だったが、それは体得している体術の動きを取り入れていた。手足はもちろん全身を連動させて行っていた体術は、一つの動作だけで終わらず別の動作へと繋がる。流れを作る要領と、それに必要なバランス感覚が既に養われていた。


「そこっ!」

 ボールフランカーが両肩を貫く。

「お前も邪魔っ!」

「欲張り過ぎよ」


 左のビームカノンの砲撃はジェットシールドで弾かれる。想定外の威力に反動で流れた敵機はドナの的になる。貫いたビームは対消滅炉の外殻を完全に破壊していた。

 漏出した反物質が物質を食い荒らしながら存在エネルギーを放出する。放散する熱線とプラズマ、そして放射線。瞬時に蒸散したターナブロッカーが放射線を下位波長電磁波である光へと変調させ、膨れ上がる光球の外縁で青白い光を放つ。


「でも、上出来」

 珍しく柔らかな声音で褒められる。

「まだ、やってやるし!」

「トリスとギルデの救援に向かって。苦戦してる。私はマーニの援護に回るから」

「任せて」


 爆炎の影でそれだけ打ち合わせるとドナのサナルフィと別れる。トリスと肩を並べて飛ぶと、追い込まれて戦闘空域から離れつつあるギルデ機が見えた。


「頼りないのねん」

「でも、あの機体だけ別のと違うし」

「メクメランなのねん。二機も居るって事はどっちかはエース級。きっとギルデは外れを引かされたのん」


 防戦一方で躱すのが精一杯らしいギルデ。既に片方のビームカノンを失い、多数の溶解痕を刻まれていた。


「往生際が悪いぞ、貴様!」

「はいそうですかって死ねるかよ!」

「ぼくの手に掛かって死ねるなら本望だろう。本家のライナックのぼくにな!」

 紫のメクメランが放ったビームをシールドで逸らすギルデ。

「あちゃー、ライナックなのん」

「あれがそう? あいつがライナック……」

 宿敵を発見したニーチェは、恋する乙女のように瞳を煌めかせる。


 ただ、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

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