紅の堕天使(9)

 情報部S16部隊が有する戦闘空母ムスムルは当該地点へ急行している。地獄エイグニルのアームドスキン搭載クラフターが潜伏していると思われる地点が推定されたからだ。


「あいつら、居るんだろうな」

 ジェロが気にしているのは先日遭遇した編隊の存在。

「分析班が衛星画像の違和感を指摘してるんだろう? これだけ綺麗さっぱり身を隠してやがるんだ。森の中にミラーチャフばら撒いて潜んでいるとしか思えないぞ」

「俺もそう思うけどな、ちょっと時間を掛け過ぎたような気もするんだ」

「そっちの心配か。例の噂になってるもう一艇のクラフターと合流してたとしても増えて四機。足しても七機だ。S16うちの部隊全機二十機で掛かれば抵抗の術もないと思うがな」


 所属機は全てオルドバン、隊長機とエルネド機は最新鋭のメクメランである。精鋭部隊が最新装備を有している。この戦力差ではどうしようもないだろうとテニーベは思っているようだ。


「到着だ。全機発進準備」

 サム・ドートレート隊長の号令が掛かる。

「まずは当該地点の捜索。遭遇した時は確保に移る。アームドスキンは可能な限り撃破は避けろ。だが、最低でもクラフターの乗員だけでも確保できればいい」


 つまり、抵抗するのならばアームドスキンは撃破しても構わないが、クラフターの撃墜を禁じるという意味だ。ドートレートの命令は安全策。それなりに警戒していると思っていい。


(これは隊長も後手だと思ってるな)

 ジェロはそう理解した。


 上手に立ち回られてしまったと感じる。極論すれば、こちらの監視網を見事に掻いくぐられた。相手の指揮官は明晰な人物。それも、十分な情報源を持っていると考えられる。


(嘗めては掛かれない。が、こちらも格違いだというのも忘れてもらっては困る)

 前回とは状況が違う。


 情報部の部隊は優秀な人員が集められている。あまり考えず、愚直に命令に従うのを求められる戦闘部隊とは一風異なる。それは戦闘中の行動にも大きく影響する。彼らが本気で掛かれば結果は自ずと知れる。


「熱反応感知! 目標、離陸します!」

 オペレータが状況を伝えてきた。

「全機発進。艦橋ブリッジ、姿を確認次第、降伏勧告を発せ」


 隊長は淡々と確保作戦の手順を踏んでいる。逃れる術は無いかのようにジェロには思えた。


「目標、二艇。アームドスキンを展開。サナルフィ3……。クラウゼン1です!」

 ジェロは顔を顰める。敵も最新鋭機を補充していた。しかし、数は想定より少ない。

「総員、戦闘に入る。編隊を維持して一機ずつ当たれ。ポール隊、私に続け。クラウゼンを確保する」

「了解です!」

「美味しいところ持っていくな、ポール」

 敵最新鋭機確保という手柄を持っていく僚機をからかう。

「うるさいぞ、ジェロ。お前たちはサナルフィのお嬢ちゃんを可愛がってやってろ」

「馬鹿言うな。丁重にお招きするさ」

「おーおー、紳士だな」


 ジェロと合図を送り合ったポール機は発着甲板デッキを滑っていった。


   ◇      ◇      ◇


「みんな、行っちゃったし!」

 発進の遅れたニーチェは焦る。

『急かずともよい。戦闘準備は着実に行うのが基本じゃぞ?』

「うん、分かってるけど……。駆動信号発生器インパルスジェネレータ応答不良なし。反物質コンデンサパック充填容量よし。各部弾体ロッド100%よし。予備ロッド装着確認よし。なんかテストされてるの、あたしみたいだし!」

『慣れれば流してもよいが、最初は自分で確認したほうが心配ないじゃろう?』

 ドゥカルの指摘する通り、不安を抱えて飛び出したい場所ではない。

「発着ハッチ開放確認よし。行っけぇ、ルージベルニ!」


 整備基台のラッチが外れ、ニーチェのアームドスキンは開放された足元へと滑り落ちていった。


   ◇      ◇      ◇


 新型のクラウゼンはドートレート隊長率いる編隊が対応している。あとはエルネドが率いる五機編隊と四機二編隊がそれぞれ三機のサナルフィに対していた。

 想定よりも少ない敵アームドスキンにS16部隊はゆとりを持った対処ができている。追い込んで中破させれば降伏するだろうし、その後はムスムルが牽制しているクラフター二梃を確保すれば作戦終了だとテニーベは踏んでいた。


(な……に!?)

 視界の隅に鮮やかな赤が落ちてくる。全く予想外の色に彼の思考は一瞬だけ固まった。


 イオンジェットの黄色い光が弾け、気付いた時にはブレードの間合いにまで迫っていた。通り過ぎた赤は僚機の腕を奪っていっている。


「だっ!」

「おい、大丈夫か!?」

「何なんだ、今のは!」

 中破した僚機は全く赤に反応できていない。


(どこに行った?)

 追い込んだつもりが追い込まれた感覚。


「来たねん、ルージベルニ」

「お待たせしたし」

「いいよいいよん。インパクト十分」


 動揺した僚機はサナルフィの攻撃に反応が遅れる。躱し切れずに推進機ラウンダーテールを斬り裂かれて浮遊する。危険を察した彼は自発的に反重力端子グラビノッツ出力を落として落下して離脱した。


(あの声、この前の女だと? こっちのサナルフィの声は初めて聞く。どうなってんだ?)

 思考に捕われそうになる。

(いかん。違う違う。相手の思う壺だぞ)

 目の前の女の声がこちらの隙を指摘した。その通りだろう。


「テニーベ、動け! ヤバいぞ! 包囲とか確保とか考えてる場合じゃないぜ!」

「ジェロ、お前……」


 戦友に言われて自分がとんでもなく動揺しているのにテニーベは気付かされた。

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