紅の堕天使(7)

(そもそもニーチェみたいなド素人に専用機が与えられるとか、まるで協定者みたいじゃない)

 そこまで考えてマーニはハッと気付く。

(あの娘の他者を感知する能力……。明らかに特別な目立つカラーリングの機体。まさか本当に……?)


 地獄エイグニルの開発セクションの裏にはゼムナの遺志が関与しているのだろうか? それなら、このとてつもない技術力に説明がついてしまう。


(ケイオスランデルはその事を知っているのでは?)

 マーニの想像は膨らんでいく。


「着替え終わったし。これで合ってる? むっ!」

 真新しい赤と黒のスキンスーツに袖を通したニーチェは視線を巡らせる。

「ギルデがエロい目で見てくるし。助けて、マーニ」

「あら、それは困ったわ。これからしばらくは狭い空間で同居しなくちゃいけないんだからトラブルはやめてちょうだいね、ギルデ」

「だぁっ! そ、そんな事しませんって! お前も馬鹿なこと言うんじゃない!」

 色んな意味で顔を真っ赤にした青年が吠える。

「んー? ニーチェは感情まで見えちゃうんだから誤魔化しても無駄だよん」

「トリスまで何て事ぬかしやがる!」

「せめて合意のうえにしなさい」

 ドナも疑いの目付きだ。

「冤罪だ! オレはこんな色気の欠片も無い小娘に興味なんかねー!」

「なんだとー! 許せないし! 行け、ルーゴ!」

「にゃっ!」


 宙を舞った子猫がギルデの顔に着地する。しっかりと爪を掛けて。剥がすにも剥がせない青年は痛みを訴えながら走り回っていた。


(ある訳ないわよねぇ。あんな娘が協定者だったら自慢げに言い触らすに決まっているもの)


 マーニは失笑しつつ、そんな思いを抱いていた。


   ◇      ◇      ◇


「何でこんなにゆったりしてるの? 帰還命令出てるし」

 ニーチェはフォイドに尋ねる。

「そういえば君は戦闘は素人なんだったよね。それなら分かりにくいか。迷彩は掛けたけど追っ手がいるのが確実なのは理解してるよね?」

「うん、戦闘したし」

「今後も追撃される可能性は大なんだ」

 進路を誤魔化した程度で完全に振り切ったとは彼女も思わない。

「本拠地の魔啼城バモスフラまで行くには惑星軌道を抜けないといけないから、軌道防備をしている第一打撃艦隊の監視を掻いくぐるしかない。ここでの戦闘も想定できる。更に追撃を受けるかもしれない」

「大変だし」

「そう、大変だから戦闘のできる態勢を整えてからじゃないと危険だよね?」

 ニーチェは手を打って「なるほど」と答える。


 つまり、連戦をくぐり抜ける為に、慌てず騒がず武装の調整に勤しんでいる訳だ。実際に、呼び出されたニーチェはルージベルニのパイロットシートに座らされている。


「ただ、君に関しては気休め程度の事しか僕にはできないかもしれない」

 降下作戦に参加するほど度胸があって優秀な筈の彼が気弱な発言をする。

「その専用ヘルメットを含めて、このアームドスキンに必要な物は全て揃えられているんだ」

「シートの裏に引っ掛かっていたやつ?」

「ああ。それどころかσシグマ・ルーンの中身だって、いつの間にかそれに転写されている。僕の出番が無いね」

 彼はニーチェの円環型σ・ルーンを指差す。


 フォイドは整備士が本職だがソフトウェアエンジニアも兼ねているらしい。最低限の人員での降下作戦に選ばれたのは、それも理由だと言う。


「そんな事ない。あたしはほとんど素人だから色々教えてもらわないと困るし」

 おだてる気ではないが、そう伝えるとやっと笑顔を見せてくれた。

「もちろん、できる事はするさ。当面、君がサナルフィで蓄積した動作シーケンスは落とし込んであったけど、ここからのブラッシュアップが腕の見せ所だね」

「お願いします、せんせ」

「任せてくれ」


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調シンクロン成功コンプリート

 不明だった部分の説明を受けたニーチェはルージベルニを起動状態に持っていく。


「前から気になってたんだけど、これはどんな意味?」

 システムナビゲートに興味がそそられる。

「σ・ルーンがゼムナの遺跡技術なのは知ってるよね?」

「うん、学校で習うし。詳しくはやらないけど」

「元は遺跡機体の操縦者が着けていたらしい円環型装具を再現したのが最初で、それから構造的には最適化されてきて今の馬蹄型になっているのさ。機能的には大差無いらしい。そもそも進化させるほどの技術を現人類は持ってないんだ」

 長年、構造的な進化はしていないという。

「名前も後付けなんだけど、σ・ルーンの『σ』は鏡像操作、つまり思考による脳波パターンから動作を抽出して反映する操作を表してる」

「3Dアバターを動かすやつ?」

「そう。アバターは感情を反映するけど、意識すれば思い通りにも動かせるだろう?」

 彼女は頷く。

「だから遊びがてら踊らせたりすると学習と訓練になるって言うね」

「時々踊らせてるし」

「それで動作シーケンスの量があんなに多かったんだね」


 ニーチェは部屋で歌いながらルーディを踊らせて遊んでいる。それを伝えるとフォイドは有効だと保証してくれた。

 彼は元軍人らしく、ゼムナ軍でもアバターに体操をさせる訓練があると教えてくれる。整備アームを操作するσ・ルーンを使う彼も訓練を受けたらしい。


「思考操作による動作シーケンスを言語のように体系化した信号を『ルーン』って呼ぶ。だからσ・ルーンは鏡像操作シーケンス信号を学習、蓄積、発信する装置。それにアームドスキンをエンチャント、要するに『従属させる』設定が終了しましたってこと」

「それが『σ・ルーンにエンチャント』なんだ」

機体同調器シンクロンとなると、もっと複雑な仕組みになるね」


 親切に教えてくれるフォイドに、ニーチェも姿勢を正して真摯な視線を向けた。

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