紅の堕天使(3)

「ぎゃー! 無茶な機動させるなしー!」


 共用回線から若い娘の悲鳴が聞こえてくる。内容はともかく耳に心地良い通る声。思わず聞き入ってしまう魅力がある。記録で見たポレオンでの演説も確かこの声だった筈だ。世間を騒がせているのも頷ける。

 犯行声明で成果を語らない地獄エイグニルだが、そういった演説は頻繁に公開する。総帥ケイオスランデルが活動理念を語るものが主であるが、彼女の声の効果は今後に大きく影響しそうだ。


「また痣が増えるー! お嫁に行けなくされるー!」

「聞こえの悪い事を言うな!」

 突っ込まざるを得ない。


 突如として現れた地獄エイグニルのアームドスキンに動揺はしたものの、軍でも厳選された精鋭である二人は油断はしていない。即座に対応して撃墜されるのは避けた。

 しかし、三機のサナルフィは彼らの主力量産機オルドバンと互角以上の戦闘力がある。一機に至っては木立に隠れたまま驚くほど正確な狙撃を浴びせてくるのだ。苦し紛れに射線の元に一撃を加えたらこの台詞が返ってきた。


「笑わせんなよ。照準がブレるだろうが」

「こら、真面目にやるのよ。ぶふっ!」

「リーダーこそ吹き出してるしー!」

 気力が削がれる。

「いい加減になさい、あなたたち」

「でも、追ってくるなって祈っていたのに来るんだもん」

「そうね。地獄エイグニルの使者が神様に祈ったって普通は届かないわよね」

 一瞬の間の後に「はっ!」と息を飲む音が聞こえる。

「……あんたら、やる気あんのか?」

「あんまりかしら。見逃してくれるなら退くわ」

「そうもいかないな」


 すぐにターナミストを散布されて無線は届かない。離脱して報告しなければならないが、見逃せば相手も移動して見失ってしまうだろう。


「じゃあ、墜ちてくださらない?」

 艶のある声の響きには圧力が含まれている。

「テニーベ、援護するから一気に上昇して報告送れ」

「待て。確認できない一機が不気味だ」

「頭を押さえられてたら埒が明かんぞ」

 高い位置に二機。山肌に一機が隠れている。

「いけ!」

「無理するなよ!」


 ジェロが牽制砲撃の後にビームブレードを抜いて突進する。テニーベは僚機が作ってくれた時間を無駄にしないようペダルを踏み込んだ。

 ところが姿の見えない一機に対して機体を横滑りさせたフェイントは全く通用しない。正確な狙撃が推進機ラウンダーテールを貫く。衝撃した重金属イオンビームは強結合プラズマ状態から粒子に還元し、背部の一部を破壊しながら拡散した。


『制御系の一部が損壊しました。機体制御50%以下に低下』

 即座にコンソールが警報に染まる。

「何だよ、今のは! あれで当ててくるのかよ!」

「テニーベ!」

「山に落とす! お前も退け!」


 ほぼ戦闘不能になったオルドバンを意図的に山肌にぶつけて木立に隠そうとする。しかしモニターには、敵と斬り結んでいる間にもう一機に体当たりされ、頭部を狙撃されて彼と同様に意図的墜落を演出する僚機の姿。


(俺たちが簡単にあしらわれるとか、何なんだよ)


 戦慄するテニーベをよそに追撃は無かった。


   ◇      ◇      ◇


 転進したベリゴールはランデブーポイントに向かう。偵察隊を迎撃したのは陽動。その先の大きめの街に潜伏すると見せ掛けて、捜索の目を逸らしているうちに補給クラフターと合流する手筈。

 ポイントの森林の中にはベリゴールと同型のクラフターが隠れていた。こちらはクナリヤ号という名前らしい。


「お迎えありがとう、タルコット」

 マーニが同年代の男と握手している。

「礼は要らねえ。閣下にお前さんを無事連れ帰れって命令されたからな」

「相変わらず、あの方には絶対服従なのね?」

「付いていけば必ず良い夢を見させてもらえるって信じてる」

 操舵が本業らしいタルコット・テスンはニヒルな笑いを見せている。


(知り合いなんだ。この人もケイオスランデルの信奉者みたいだし)

 接触のあった地獄エイグニル構成員は五人目になるが、皆多かれ少なかれ総帥に共鳴する部分を持っている。苛烈な活動を続けるケイオスランデルに支持者が多いのは、何か魅力のある人物なのだろうとニーチェに思わせた。


「注文通りの品を運んできたぜ。何か得体の知れないもんも混じってるんだがな」

 男は頭を掻いている。

「得体の知れない? そんなもの頼んだ覚えがないんだけど?」

「さあな、無人補給艦から積み替えられたもんをそのまま運んできただけだぜ? お前さんの注文じゃないのか?」

「新型のクラウゼンを任せてもらう約束はしているわ。でも、この一年の間にそれなりに配備されているアームドスキンの筈ではなくて?」

 予想外の話にマーニの眉根が寄っている。

「そっちも持ってきちゃいるがな。しゃーない。見てもらうか。おい、フォイド!」

「何です、旦那?」

「あれの開け方分かったのか? そろそろ中身を拝ませてほしいんだが」


 整備士らしい男が仏頂面で応じる。溜息を一つ吐くと肩を竦めてきた。

 フォイド・ナッチマーと紹介された彼は、緩むと人好きのする顔付きを見せる。元来、表情豊かな人物のようだ。


「不本意なんですけど、そのまんま見てもらうしかないですねぇ」

 そう言いつつ彼に続いてカーゴスペースに向かう一同。そこには肩の上半分を金色に輝かせる漆黒の武骨な機体と、密閉型のアームドスキン工作ベッドが並んでいた。

「これが得体の知れない荷物なのん?」

「ビックリ箱かよ」

 回復したばかりのトリスも驚いている。

「開く!」

「マジでか!?」

 突如として観音開きするベッド。


 明かりに照らされた内部には細身で鮮やかな赤のアームドスキンが眠っていた。

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