目覚める娘(3)

 葬儀の途中から覇気の甦ったニーチェを不審に感じた者も多かっただろう。しかし、その意味に気付いた者は少なかった。


 全てを終えて一人帰宅した彼女は思考に沈む。考えなければならない事は幾らでもあった。


(まずはリューン・バレルに近付く方法)

 直接ジェイルを殉職させた男から狙う。

血の誓いブラッドバウに潜入するのが一番の近道。でも、相手は宇宙だし、便がある訳じゃないし)

 自力で潜入するのは難しそうだ。

(一員として入り込むのが順当っぽいし。前にパパと話した時に何か……。入隊基準が妙に高いんだって言ってたし)

 ジェイルとの会話の中で得た情報。


 題目としては国際軍事組織である『血の誓いブラッドバウ』は営利目的で運営されている一面を持っている。なのでギャランティを得る為に入隊を考えるのも可能だ。

 ただし、高度な技術を要求され、それなりの基準を満たしていないと入隊させてもらえないのだという。反政府活動を行っている惑星国家ゼムナ周辺を除き、子供や血気盛んな若者には人気の軍なのだが、入隊となるとなかなか困難らしい。


(内側から近付くのが一番早いけど、入隊基準を満たすくらいになるのに時間が掛かりそうだし。そもそも戦闘訓練なんてどこで受けられるか分かんないし)

 近道に見えて、ずいぶんと遠回りしなくてはならなそうだ。

(そうなると血の誓いブラッドバウと敵対する側が近付きやすい。今回みたいな特殊な状況じゃないと近付けないから捜査官は除外になるし)

 それに公務員を目指すハイエイジスクールへの転入しなくてはならなくなる。自分がジェイルほど優秀だとは思えない。

(だったらゼムナ軍? 入隊基準はたぶんそれほど高くない。でも、戦闘で剣王に挑むとなるとパイロットを目指さなきゃいけなくなるし。パイロットになるにはライナックのコネクションが要るって聞いた事もあるし)

 噂話を耳にした事がある。


 アームドスキンパイロットは高い技能を要求される分、重宝される。ギャランティを含め、様々な優遇措置が受けられる反面、厳しい選定も受けなくてはならない。

 そのうえでパイロットへの昇格ルートへと早く乗りたければ、ライナック姓を持つか縁の深い人物の紹介が必要だという情報が実しやかに囁かれる。将来の夢の一つに数えられる人気の職種だけにそんな噂もあるのだ。


(それに、目的を果たす為でもライナックが牛耳る軍に入隊するのは嫌だし。奴らの手足になって働いてやるもんか)

 あまりに業腹である。

(選択肢が無くなってきちゃった。血の誓いブラッドバウと接近する可能性が高くて、しかもライナックにも対抗できるほどのところ。どこかに……)

 閃く。ジェイルが派遣される原因になったのは何だったか。

(『地獄エイグニル』! 反政府組織の地獄エイグニルならライナックに対抗できるほどの戦力がある! しかも、同じ反政府活動をしている血の誓いブラッドバウとも接近する可能性は高いし! 合同作戦とかあったらリューン・バレルの背中を狙うのもいけるし! 一石二鳥!)

 名案に思えた。


 活動内容そのものが目的に適っている。最終的にはアームドスキンに乗らなくてはならないだろうが、そこへ至る道は総帥を含めて謎の多い組織だけに想像するのも難しい。


(あそこも活動拠点が宇宙なのが問題だし……)

 難点が無い訳ではない。

(どうやって接触すればいいの? だいたい、あそこの人ってどうやって入ってるんだろ?)

 見当もつかない。

(あ、そうだ。反政府活動ならパパも一応は管轄内だった筈だから情報持っているかも)

 ジェイルの部屋に足を向ける。


 正確にいえばテロ組織として扱われるので機動一課の管轄だろう。ただ、活動が宇宙を含め、惑星軌道から地上にまで及ぶ点を考えれば機動三課が管轄する部分もある筈だと思える。


(パパの情報コンソール、パスワード分かんないし)

 最大の難関に直面する。

(どうしよ。あたしの名前とかで開くと嬉しいけど、そんな甘くないのが普通だし)


 ところが異常事態が起きた。ニーチェがコンソールの前に座って起動スイッチを押すと通常ではないタスクが走り始める。いくつかの条件確認が行われ、最終的に一つのメッセージが開かれた。


『ニーチェ、君がこのメッセージを読んでいるという事は僕はもう死んでいるのだろう』

 そんな前置きから始まった。

『僕は捜査官だから殉職する可能性は否めない。それに君も知っている通り危険な案件に関与するから別な意味での命の危険も多い。それに関しては自業自得でもあるから仕方ないね』

 自嘲気味に文が括られている。

『気性からして後者の場合は恨みを募らせることもあるだろう。でも、忘れるんだ。君には大切な夢がある。何もかもを糧にして未来へと羽ばたいて行ってほしい。それが僕の望みだ。君だけはつまらない事に捉われて人生を無駄にしてはいけない』

 ここの下りはニーチェにもよく分からない。ジェイルにはライナックに対する私怨があったのかもしれない。それが彼の行動基準だったのだろう。

『僕にはない、特別な才能を持つ君には輝かしき道がある。そこへと邁進する事を願っている。自慢の我が娘へ』


「うぐっ! ふえっ!」

 また嗚咽だけが上がってくる。


(ごめんなさい、パパ。あなたの娘は自慢できないような馬鹿だし。夢なんかよりパパのほうがずっとずっと大切なんだもん。この恨みだけは絶対に忘れられない)


 嗚咽を噛み殺しつつ誓いを新たにするニーチェの前で、情報コンソールが異なるタスクを実行し始めた。

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