目覚める娘(4)

 ニーチェの見つめるジェイルの情報端末コンソールに、自動的にパスワードが入力されて立ち上がる。纏めて置かれていたファイルの中の一つが中央まで滑り出て点滅を始めた。


(何これ? これを見ろっていうこと?)

 新たな動きに理解が追い付かない。

(さっきのメッセージに関しては、パパが亡くなったらこのコンソールから捜査情報とか抜き出される仕組みになっているだろうから、上位アクセスの結果だと思ったし。ペンダントの端末キーの電波を感知してメッセージを表示したんだろうし、そういう設定ならあたしでもできる)

 しかし今、2D投映パネルで起こっている動きは理解できない。

(これが捜査情報だったらヤバいし。下手したら機密保護法に引っ掛かっちゃうもん)

 そんな懸念はある。

(でも、見られちゃマズい情報はもう抜かれてるはず。きっと見ても大丈夫なやつ)

 点滅しているファイルをタップして開く。


 ファイル名は特に表示されていなかった。が、中身はとんでもないものである。

 最初に表示されたのは黒い爪を象った紋章エンブレム。そして『地獄エイグニル』の文字。続いてマップデータが現れ、ピンが落ちて赤く輝いたかと思ったら閉じる。更に幾名かの簡単なプロフィール。画像は無しで氏名と年齢が流れていった。


(ひぃー)

 明らかに危険な匂いがする。

(さっきのマップ、ポレオン市内だったし! 地上に地獄エイグニルの支部があるの? どうしてあたしが地獄エイグニルの情報を求めてるって分かったの? もう訳分かんないし)


 さすがのジェイルもそこまで先読みは利くまい。メッセージ内容とも噛み合わない。だとすれば別の意図が働いているとしか思えない。


(上位アクセスから仕掛けてくるとかライナックの罠? 娘のあたしまで消そうと思ってる?)

 無くもないだろう。ルーチェは実際に消されかけた。

(だったら、マップの場所に行ったら拉致される! 国籍登録情報から消されちゃうかもしれないし!)

 その可能性は否定できない。

(でも、手蔓はこれしかない。……待って待って、よく考えろし、あたし。こんな凝った手順を連中が使う必要がある? 何かの犯罪をこじつけて連行したほうが綺麗に片付くし。周囲にも不審がられないで済むし)

 指はパネルの前で彷徨ったまま。


 するとファイルは自動的に消去され始める。画面内でぼろぼろと崩れ去るグラフィックとともに消えてしまった。完全消去のグラフィックである。


「あー!」

 と同時にニーチェの携帯端末が着信音を鳴り響かせる。見れば、地獄エイグニルの題名が付いたファイルが転送されていた。


(もー、無理!)

 完全に理解の範疇を超えた。


 これは上位アクセス云々うんぬんの話ではない。携帯端末はパーソナルスペース。外部からのアクセスは厳しく制限されているし、ジェイルの職業柄、ニーチェの物にもかなり高度なセキュリティが入っている筈であった。


(これ、飛び込んでみるしか駄目なやつだし)

 彼女は諦める。

(行って確かめる。話はそれから)


 ニーチェは指を滑らせてファイルを表から見えない場所に隠した。


   ◇      ◇      ◇


「フレニー調査事務所?」


 マップデータの該当箇所に行ってみるとそこにはビルが建っている。引き出し線の先には階数と部屋番号があり、ビルの表のパネルに流れるテナント名には調査事務所と銘打ってあった。


「調査事務所って……」


 読んで字の如く調査を請け負う事業者である。いわゆる探偵事務所的な調査を請け負う業者から、ネットワーク上のデータの調査などシステムエンジニアを多数抱える業者まで専門分野は様々。目の前にあるのは前者に分類される事務所なのだろうと思う。


「こんにちは」

 戸惑いつつもドアパネルにタッチして中に入ると挨拶する。

「あら、若いお客さんね」

「ここは調査事務所なの?」


 奥まったスペースの情報コンソール一体型リクライニングチェアにかけているのは女性。ここの責任者にしては妙齢だと思える。受付か何かだろうか。


「ええ、わたしが所長のマーニ・フレニー」

 彼女は名乗る。名前を冠しているということは本当に責任者らしい。

「あなたくらいの年代だと彼氏の浮気調査かしら? それだと、うちでは高くつくわよ。そういうのに向いている事務所を紹介してあげる」

「うーんと……、そうじゃなくって、ここは地獄エイグニルの……」


 瞬時に動いたマーニは気付くとニーチェの後ろに回っている。腕を捻り上げられ、首に彼女の腕が掛かっていた。想像以上に力強い腕だ。


「どこで誰にそれを聞いたのかしゃべりなさい。さもなくば帰れなくなるわよ?」


 床に伏せさせられたニーチェは膝で押さえ付けられる。首に掛かっていた腕は解かれたが、代わりに頭の後ろに金属を押し当てられる感触。


(きっとハンドレーザーだしー! もう帰れないやつー!)

 体重を掛けられていて身動きできない。

(罠だったー! まんまと引っ掛かっちゃったしー! もうどうにでもなれ!)

 悪足掻きも無駄だろう。


地獄エイグニルの支部じゃないんだったら用は無いし!」

 怒りに任せて吠える。

「どういう意味?」

「あたしは地獄エイグニルの人に用があったの! 入れてほしかったから訪ねただけだし!」

「はぁ?」


 マーニの声音には多分に疑問が含まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る