地獄の住人たち(12)

 軌道艦隊の参謀部は焦りを感じていた。地獄エイグニルの本拠地撃破に艦隊での進撃を敢行したのに機動は遅滞している。最悪、また逃走を許してしまいかねない。何の成果も得られず帰投したら笑い者だ。


「アームドスキン隊に敵機を押し退けさせろ。艦隊は前進する」

 そう命じる選択をした。


 大口径ノズルがイオンジェットの光を吐き出すと全艦が突貫していく。


   ◇      ◇      ◇


「くぅおっ! 何だ? 急に元気になりやがって!」


 包囲展開中だった小隊機は急遽として攻勢を強めた地獄エイグニルのアームドスキンに慌てふためく。岩塊越しに幾つもの光球が膨れ上がり、僚機が次々と減っていっているのが確認できた。


「作戦継続困難だ。一時撤退し、艦隊の侵攻の援護に回る」


 隊長機の判断に小隊機は全機、身をひるがえした。


   ◇      ◇      ◇


「魔王様、こいつら、動きが変わったね」

 自然といやらしい笑みが浮かんでしまう。

「機が訪れた。既に皆には信号を送ってある。分かっているな?」

「お任せあれ」


 急に押し出しを強めた敵機に対し、艦隊進路となる小惑星の間隙を敵アームドスキンに押されるように後退する。ゼムナ軍機は追撃に移り、散発的にビームを放ってくるが距離があれば躱すのは難しくない。


「逃げるな!」

「あんたらの言う事なんて聞いてあげない」

 彼女は挑発する。その効果も馬鹿にできない。

「往生際が悪いぞ」

「ここまでだ。滅びを賜ろう」

 ケイオスランデルがそう宣言する。


 同時に軌道艦隊の横にあった小惑星が大爆発を起こした。


   ◇      ◇      ◇


「どうした!? トラップは破壊してあったのではないか!」

 艦隊司令官が吠える。

「固定砲台は破壊しました! しかし、小惑星にはそれ以外に爆薬が仕掛けられていた模様!」

「なにぃ!」


 周囲の小惑星が連鎖的に爆発する。破片が艦隊へと雨あられと降り注ぎ、艦体を傷付けていく。排障レーザーが自動的に作動し、艦砲も排障モードに移行して大きな岩石は排除されていく。目くらまし程度にしか作用はしない。


「これも足留めだ。前進続けろ」

 構わず命令する。

「発光確認! イオンジェットです! 小惑星が急接近!」

「……!」

 さすがに司令官も絶句した。が、そうもしていられない。

「か、回避! 急げ!」

「全速回避!」

 操舵士が復唱とともに操作する。


 岩石ならともかく、戦闘艦かそれ以上のサイズの岩塊が迫ってくるのだ。衝撃すればただでは済まない。


「間に合いません!」

 小惑星は黄色い尾を長く引いて迫ってくる。

反重力端子グラビノッツの出力を上げて回避しろ! 限度を忘れるな!」

「反重力端子出力、60……」

「司令官! エボニートが!」


 急加速した戦闘空母が暴走状態に陥っている。それが反重力端子グラビノッツ出力を限度以上に上げた結果だ。急に小さくなった質量を推力が振り回し、操舵不能に陥ってしまう。

 回避しようと焦ったのだろう。おそらく出力を質量30%以下に上げてしまっている。必要以上に加速した艦は別の小惑星に突進し衝撃して大破した。艦橋ブリッジも完全に押し潰されてしまっている。


 艦隊はパニックに陥った。

 同様に急加速した戦闘艦が次々と小惑星に激突大破していく。更に最悪なのは僚艦に激突する艦だ。艦首が僚艦の機関部を破損させて誘爆させる。その誘爆で押された艦がまた別の艦に衝突すると連鎖反応を起こしてしまう。


「閣下!」

「ぐぅ! おのれ! ケイオスランデルぅー!」


 透過金属の窓の向こうに急速に迫る僚艦の姿に最期を覚悟した司令官は吠えた。


   ◇      ◇      ◇


「こ……れは……!」

 エボニート隊4番機のパイロットは戦慄する。彼は気付いたのだ。これが壮大な罠だったことを。


 接近する軌道艦隊に向け、まずは想定経路に多数のトラップを設置する。進行を阻止したい意思を示すよう、あからさまに。

 次に包囲作戦へと向かうアームドスキン部隊に対して牽制を行う。これは艦隊の進路妨害の結果の展開を予想し、各個撃破を企図していると思わせるため。同時に本拠地を移動させて逃走する時間稼ぎをしているとも誤解させる。

 結果として艦隊による直接侵攻を決断させ、呼び込む布石となった。


 そこでケイオスランデル本人が姿を現す。如何にも艦隊による進撃への対応に困っての事と思わせるように。艦隊司令は余計に前掛かりになるだろう。逃してならじとばかりに押して出る。

 そこはもう魔王の陥穽のど真ん中。事前にセットしてあった炸薬や推進機を作動させて艦隊をパニックに陥れて自爆させる。彼は労せずして艦隊を壊滅に追い込んだ。


「隊長、これはもう駄目です。撤退しましょう」

 そう言うしかない状況。

「そうだな。帰れば完全に笑い者だが、ここで特攻を命じても無駄死にだ」

「俺は命が惜しいです」

 クラウゼンを含む七機は健在で反転している。特攻してくるなら迎え撃つ構え。


 更に艦隊に帰投してきた部隊が多数。全てが地獄エイグニルのアームドスキンの追撃を受けている。彼らは壊滅した艦隊を見て呆然とした。僚機だけでなく帰る場所も失っていたのだ。


(逃げ切れれば何とか本星の軌道くらいまでは持つはず)

 戦闘で消耗した機体でも飛ぶことはできるし食料も節約すればギリギリだろう。

(完敗なんだからこれ以上追い込んでくれるなよ)

 泣き言が出てしまう。


 集結したアームドスキン隊は苦しみながらも命からがらゼムナ環礁を抜け出る。何とか敵を振り切ったと思いきや、そこには全体が銀色に輝く戦艦を中心とした二十隻の艦隊の目前。


「戦艦ベネルドメラン! 血の誓いブラッドバウだー!」

「に、逃げろー!」

「てめぇら、いい度胸だな。俺様の鼻先に現れるとはよ」

 共用回線に総帥リューン・バレルのドスの利いた声が響く。


(そう言えば進路も誘導されてたな。こっち方面に逃げるように)

 全てが計算ずくだったらしい。


 4番機のパイロットは諦めて目を閉じた。

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