地獄の住人たち(11)

 ケイオスランデルに随伴したアームドスキンはヴァイオラを含めて七機。対するは進撃してきた軌道艦隊の前衛六十機と直掩が数十機後方に控えている。それでも彼女は負ける気はしなかった。


(やっぱり魔王様はすごい)

 アームドスキン戦闘での活躍もすさまじい。

(でも本当に奴らに泡を吹かせるのはこのあと……、んふふ……)

 目に浮かぶようだ。


 敵機がモニター正面に突然現れたかのように感じる。それでもヴァイオラは動揺しない。それは彼女が素早く動いて正面に捉えているだけで、相手の速度が上回っている訳ではないからだ。


「もらいっ!」


 右脇から頭部にかけてブレードで斬り裂きつつ左肩を踏み台にして抜け、背部をビームカノンで撃ち抜く。正面からのビームを上体をかがめて躱し固定武器のブレストカノンを一射。胸に一門だけの口径が大きめのビームは宙を貫いただけだが、回避機動が想定通りの敵機はヴァイオラのカノンの砲口の先。撃ち抜いた頭部が破片をばら撒く。


「うざったい!」


 横合いからのビームにサナルフィを跳ねさせる。敵の数が多過ぎて撃破まで詰め切れない場合も多くなる。これは致し方ない事と割り切って次へと切り替えた。

 彼女はオーソドックスに右にビームカノン、左手にブレードグリップを持たせるタイプ。射角を維持する為にどうしても左回りに動きがちになるが、その癖を補う速度がある。


「つけあがるな!」

「ないよ! あんたより強い!」


 大きく振り回した機体に敵の砲口がさまよう。背後からのビームに残像を貫かせつつ転回させたサナルフィのブレストカノンが咆哮し、唖然とするニーグレンを撃破。

 バックウインドウの煌めきに反応して自機を宙返りさせると敵機の肩に乗る。ビームカノンを胸部の張り出しに突き当てて発射。コクピットを半壊させて対消滅炉を貫通したビームは光球を生み出す。


「好きに暴れさせるな!」

「わたしに追い付けるなんて思ってる?」


 エース級の意地もある。多くを引きつけて僚機を楽にさせるのも自分の役割の一つ。敵機を纏いつかせながら宙を駆ける。集中するビームに残像を刻ませ、岩塊を蹴って方向転換した。

 急接近されて慌てふためくゼムナ軍機の頭を踏み潰し、光る槍衾の間隙を縫って離脱。仕返しとばかりに集団にブレストカノンを射出しつつ横に振る。破砕された部品を撒き散らせたヴァイオラは下からの圧力を感じた。


「生意気な小娘ぇー!」

「なに? 老害の遠吠え?」


 迫るブレードを間一髪で逸らし、崩れた姿勢を整えようと間合いを取るべくペダルを踏み込む。イオンジェットの尾を引く敵機が追随してくるが、突如として視界から消えた。


「がっ!」

「それくらいにしてもらおう」

「魔王様!」

 オルドバンは胸部中央をグレイブの剣身に貫かれている。即死だろう。

「気負って一人で背負い込むな。見ていられんぞ」

「すみません。でもっ!」

「僚友を信じるがいい。ついて来い」

 頼もしい背中は宇宙に溶け込みそうなほど黒い。しかし、厳然として存在感を放っている。


(はぁ……、惚れ惚れしちゃう)

 戦闘中でなければ抱きつきにいってしまっていたかもしれない。


 爆炎に照り映えるクラウゼンは、体躯に似合わぬ小さな頭部で下向きの矢印のように配置されたセンサースリットを赤く瞬かせた。棚引く赤光が宙に幻想的な文様を描く。その都度、長柄の武器も円弧を描き、敵を切り刻んでいく。


(なんて理性的で理知的な流れを生む戦い方)


 ケイオスランデルは右手に近接武器、左手にビームカノンを握らせるタイプ。照準に細かい操作を要求されるビーム兵器なのに左で正確にピタリと嵌まる。

 左利きではないのに実に器用だ。年季を感じさせるのに、どこの誰だか分からないのが不思議でならない。これほどの名手ならどこの機関に所属していても名は売れている筈なのだ。


(最初から決まっていた流れを追っている流麗な舞踊のよう)

 彼が武器を向ける先にわざと敵機が入ってきていると言われてもおかしいとは感じないかもしれない。

(魔王様に比べたら、マシューなんてぎゃんぎゃん吠えて突っ込んでいってるだけなんだもん)

 格が違うと思ってしまう。


 計算し尽くされた戦闘。ヴァイオラはそんな戦い方ができる人間を他に知らない。

 数少ない機会に頼み込んでケイオスランデルと行った模擬戦闘。持ち前の勘の鋭さで切り込んでいく彼女を翻弄した総帥は最後にどうあっても躱せない一撃を送り込んできた。まるで、そこへ至る過程が最初から組み上げられていたのではないかと感じたものだ。

 今、敵機のパイロットは同じ思いを噛み締めていることだろう。逃れようのない蜘蛛の巣の中で足掻いているような思いを。


 回転したフォトングレイブが停止し上へと突き上げられる。上方から迫っていたニ―グレンは串刺しにされた。そこしか攻め手が無いように感じていただろう。誘導されたと思う暇もなく機体は斬り裂かれ爆炎を噴出させる。

 炎を貫いたビームはクラウゼンのジェットシールドで弾ける。彼が構えていたシールドを狙っているような一撃。来ると分かっていたから構えていたのだ。攻撃と機動の流れが防御までを生み出す。そんな戦闘が続いていた。


(敵アームドスキンなんて、魔王様の奏でる調べで踊るだけの人形)


 ヴァイオラはうっとりと見つめつつ、中破した敵機に止めを刺した。

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