地獄の住人たち(9)
最短経路を調査していた斥候部隊から液体炸薬や使い捨ての単発ビーム発射装置などのトラップが確認されたと報告がある。幾度も経験してきたが、まるでこちらの行動が筒抜けであるかのような対応だ。
(罠だって言い切れないまでも、強行偵察は察知されているな)
エボニート隊4番機のパイロットはニ―グレンを飛ばしながら思う。
(こんなのは参謀部も気付いているだろう。ずいぶんと慎重なのは想定範囲内の状況だからか)
部隊展開が遅く強引さは無い。実戦に投入される側としては、敵の罠に飛び込まないで済んで助かっているが。
(雑用係みたいな現場なんだから、こんな中古のニ―グレンなんか寄越さずに新鋭機を配備してくれてもよさそうなもんなのにな)
彼らの隊長機である1番機でさえ現在の主力量産機のオルドバン、一世代前の隊長機である。最新鋭のメクメランどころか、偵察機にも採用されているセンサー強化型の狙撃特化機フェルデランでさえない。
指定品輸送の商船団警護任務から密輸の疑いのある民間船舶の臨検、環礁帯から飛び出してゼムナ本星へと向かう小惑星の破壊まで、軌道艦隊の任務は多岐に及ぶ。宇宙まで活動範囲とする反政府組織の対応もそうだ。酷使される割に冷遇されていると感じれば愚痴の一つも漏れる。
(それが普通じゃないって言ったって、反政府組織の連中のほうが独自開発の良い機体に乗ってるって何なんだよ)
国際軍事組織である
(雇用して飯を食わせてやってるんだから兵隊どもは数と足で働けってのか? こっちは命懸けでやってるんだっつーの! いいかげんにしてくれないと反政府組織のほうに寝返ってやるぞ)
そう考えてしまうのは冗談にしても、不平くらいは許されそうなものだ。
「うっ!」
視界の隅で何かが光った気がして身体が反応する。
「隊長、何かいる」
「全機警戒。発砲を許可する」
「了解」
現場指揮官だけあって判断が早い。それだけが救いだ。
「確保を考えなくていい。見つけ次第撃破しろ」
「そんな余裕、なさそうですよっと!」
小惑星の間を薄紫の重金属イオンビームが裂く。
(どうして包囲展開中のうちの部隊が接敵する? 迂回行動中の敵部隊との遭遇戦か? それだったら仕掛けてなんかこない)
できるだけやり過ごそうとするはず。
僚機と小惑星の影に入って斉射から機体を隠す。途切れ目を読んでペダルを踏み込むと、想定位置へとビームを撃ち込む。
一連の動作は牽制にしかならない。撃破を目論むならもっと突っ込まねばならないが相手の意図が読めずに躊躇う。
(ん? 左に動いた?)
黄色いイオンジェットが瞬いて、また岩塊の影へと隠れる。
(あれは敵本拠地の想定位置のほう。誘い込もうとしている。これは罠だ)
彼は瞠目する。
「釣り込まれては駄目です、隊長! こいつらは餌だ!」
「分かっている! 一定距離を保って砲撃戦に持ち込め!」
さすがは年の功。逆に敵機を引き出す作戦に移行する。
「引っ掛かるか。お前らの手の内は読めてんだよ。逆に削ってやるぜ」
「入れ込むなよ。上手に一機ずつ引っ張り出してやれ」
息巻く戦友に注意をする。
真空を貫く光芒に目を凝らしつつ頭の中でカウントする。五つ数えたところでペダルを踏んでニ―グレンを岩塊の外に出すと砲線の先へと照準してトリガーを絞る。数射したところでまた斉射が襲い掛かってくるので退避した。
砲身の冷却度数と睨めっこしながらの砲撃戦が続く。ところが今度は三つ数えたところで斉射が止んでいるのに気が付いた。
(パターンを変えてきやがったか?)
そろそろと岩塊から腕を出し、手首から自在カメラを伸張させて敵部隊の様子を窺う。
(いない。後退したのか? いったい何がしたかったんだよ)
追撃すべきか判断がつかない。
「こりゃいったい……」
「今、接敵を報告した」
呟きに隊長から応えがある。
「作戦開始時刻まで高出力通信は禁止じゃ……」
「緊急事態だ。どうやら幾つもの部隊が俺たちみたいに遭遇戦になったらしい。が、報告のあった範囲じゃ敵は退いていったとさ」
「じゃあ、あのトラップはこっちの選択肢を狭める為のものだったんでは?」
物理トラップそのものがが心理的トラップだった可能性に辿り着く。
「参謀部もその可能性に気付いた。各個撃破された部隊の確認と今後の方針を検討すると言っている。一応は予定位置への移動の指示があった」
「戦力を分散させた所為で各個撃破に失敗したから後退したんだな。時間制限でも設けてあるんですかね?」
「かもな」
軌道艦隊が投入した戦力を少なく見積もっていたのだろう。
「動きは察知されたが力押しって手もある。予定通り移動するぞ」
「了解です」
再び加速した1番機のオルドバンにニ―グレンで追随した。
◇ ◇ ◇
「あれで良かったんですか?」
マシューはサナルフィのコクピットから隊長のオーウェン・ナイマルに問い掛ける。
「作戦書通りだ。退くぞ。あとで暴れさせてやるから我慢しとけ」
「いや別に暴れたいわけじゃ……!」
オーウェンの哄笑に彼は唇を尖らせた。
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