地獄の住人たち(6)

 総帥ケイオスランデルからの作戦書もしくは移動指示書が途絶えるのは往々にしてあること。それでも補給が途絶えたりはしないので彼らは待っていればいい。


(ただなぁ。今回ばかりは早々に移動指示書が来ると思ったんだが来ないときた)

 ヴィスは若干の不安を感じる。

(アナベル本人はどうも本家に切り捨てられたくさいが、面子を潰されたとも感じるはず。何らかの報復があってもおかしくないんだがよ)

 航宙警備を担当する軍の軌道艦隊から大規模な偵察部隊がゼムナ環礁に派遣されてくるのではないかと考えていた。その網の隙間へと移動する指示書が送られてくると彼は読んでいたのだが音沙汰無しである。


「さーて、どうしたもんか……」

 司令室のシートでヴィスは唸った。

「どうなさったの、あなた?」

「何も無いな、と」

「不安? でも不用意な移動のほうが危険ではないかしら」

 ニコールの言う通りだ。

「ああ、ここは動いちゃいけないところだ。胃が痛いことにな」

「そんなに心配しなくとも周囲の小惑星には警報装置を配置してあります。奇襲を受ける可能性は極めて低いのよ」

「その辺、お前は抜かりが無いのは知ってる」

 魔啼城バモスフラの運用は彼女に任せておけばいい。

「そろそろ警報装置の配置は変えたほうがいいかもしれないけど」

「計算できたら言ってくれ。ウチの連中にやらせる」

 アームレストを指で一つ叩く。


(この提案は俺の不安を和らげる為のもんだな。よくできた女だ)

 十五も年下の妻だが、彼女と出会えた幸運だけは誰にでも誇れる。


 警報装置の配置換えが必要なのも間違いの無い事実。ゼムナ環礁の小惑星全てが同じベクトルで動いているわけではない。魔啼城バモスフラを取り巻く小惑星の配置も時間を追って変化している。

 遠ざかり過ぎた小惑星に設置しておいても意味はないし、衝突しそうな小惑星同士の物も撤去が必要だろう。定期的に撤去と再設置作業をさせなくてはならない。


(奴らにはちょうどいいガス抜きになるだろうぜ)

 パイロットとは奇妙な人種で、あまり乗せ過ぎれば疲れて使い物にならなくなるが、遠ざけ過ぎればストレスを感じるらしい。

(俺がたまに操舵装置をちょこっと触りたくなるのと一緒か)

 操舵士出身の副長は理解に及ぶ。


 そうしている間にもニコールが周囲数百から千以上の小惑星の軌道計算をしている。早回しの軌道予測画面では数時間以内に衝突する物から、公転速度の差で警報探知範囲を外れるものまで様々。それらもいずれはどこかで別の小惑星と衝突して新たなベクトルに変わるだろう。

 膨大な数の小惑星が衝突を繰り返して計算し切れないほどの軌道変化を見せているから宇宙環礁は隠れるのにもってこいの場所になる。ただ、それも悠久の時の営みではない。衝突した小惑星同士は結合を始め、徐々に成長していく。最低でも二万年以内にはこの軌道上に一つもしくは複数の惑星が誕生するとされている。

 誕生時の、衝突の熱で煮え滾る惑星は生物の住める場所ではない。それから数百数千万年の時を経て表面が凝り固まってくれば生物が発生する可能性も出てくるが、その頃には現人類が滅亡していても変ではないのだ。


(一年後さえ怪しいってのに、そんな先の事を考えても仕方ないのにな)

 彼の場合、対消滅反応に食われて分子の一つも残らない確率のほうが高い。


「計算できました」

 ヴィスの前に作業計画のパネルが開く。

「じゃあ、お使いに出すか。何機ぐらい必要だ?」

「副長、重力場レーダーに艦影。数は5」

超空間フレニオン通信入りました。補給艦隊です」

 予定が変わる。進路には二機ではなく、見張りを含めた四機編隊で向かわせなければならない。

「構わんか。待機組は全部出せ。作業は回収に切り替えだ。休暇組は前倒しで待機に組み入れろ」

「コード送って。B6から10桟橋に接弦」

「了解」

 ニコールも少し慌ただしくなる。


 無人補給艦への接弦位置コードが送信され、進入に合わせてこの浮きドックも転回する。接弦まで二十分弱というところだろう。


「少し薄いな。ターナミスト濃度上げとけ。ターナ散布機スキャッター発進」

 最低でも接弦まで探知されるのは避けたい。

「アームドスキン隊に無線使用制限出せよ。交信はレーザー。誘導はナビシンボルだけだ」

 観測員ウォッチへの監視強化指示も出す。


 ゼムナ環礁内は大戦当時に散布された物から最近になって戦闘散布された物まで大量のターナミストが漂っている。濃度の強弱はあれど存在しない場所は無いと言っていい。俗にいう、視界の悪い宙域。

 このターナミストが電波を低周波長域に変調させるので環礁内は電波レーダーがほとんど無効になる。ただでさえ小惑星群の所為で電波レーダーやレーザースキャンの通りが悪いのに、電波攪乱物質まで散布しておけば探知される確率を低く維持できるのだ。


「作業、ちょっと急がせろ。この補給の為に移動指示が遅らせてあるかもしれん。補給済んだら指示来るかもしれんぞ」

「あっ、そうですね。各機に通達します」

 ヴィスの機転にオペレータは目を丸くしている。

「っと! 副長、総帥閣下が入場なされました! 護衛艦に乗艦されていた模様!」

「ほう、ご本人の登場と来たか」

「あなたの勘が外れてしまったわね」

 彼は苦笑い。


 大きめの2D投映パネルに頭部を装具ギアで覆った男が通路を歩く姿が映っていた。

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