地獄の住人たち(7)

 構内トラムで移動したケイオスランデルが司令室に入ってくると総員が起立し敬礼で迎える。彼が手で制して着席を促すと皆が作業を続行する。


「現在は警報装置の撤去作業中です。ご指示を」

 ニコールが淀みなく報告する。

「ご苦労。そのまま続行したまえ」

「急ぎですかい? 物資の搬入、急かしますぜ」

「いや、艦隊は無人で帰す」

 ヴィスの予想に反し、しばらくは滞在する気らしい。

「了解です。移動するんですな」

「君たちが予想している通り大規模な掃討が計画されている。が、ゼムナ環礁に潜伏はしないつもりだ」

「は?」

 何もかもが想定外に進む。

「迎撃する。遭遇戦ではなく、こちらの戦場設定で誘い込み殲滅する」

「迎撃戦ですかい?」


 ヴィスとしては戦いやすい作戦になる。敵となるのは間違いなくゼムナ軍の軌道艦隊であり、非戦闘員はゼロと考えていいだろう。

 ただし、戦力比が厳しくなるのは否めない。地獄エイグニルが中堅どころでも上のほうの二十隻規模の戦力を保有しているのは把握されているはず。それを大きく上回る戦力が投入されるのは想像に難くない。


「正面から当たると難しくなりますぜ?」

 皆の代弁をするように質問する。

「無論だ」

「無策じゃないってことですな」


 専用のコンソール卓に着いたケイオスランデルから作戦書が全員の卓に回り表示される。目を通して彼も納得した。


「戦場設定をこちらがするっていう利点を最大限に活かす作戦か」

 それと心理の盲点を突く形になりそうだ。

「どうあれ遊ばせるほどの戦力も我らには無い」

「でしょうな。四十隻規模の大艦隊を動かしてきてるとはね。軌道艦隊の半分の戦力ですぜ」

「航宙警備を手薄にしてでも私たちを?」

 ニコールは顔を青くしている。


 ゼムナは軍事強国でもある。主に宇宙空間の犯罪行為を取り締まる軌道艦隊が八十隻規模であろうと、他に百二十隻規模の第一から第三までの打撃艦隊が存在する。地上に配備されている予備戦力まで数えれば地獄エイグニルの戦力など塵芥ちりあくたに等しい。


「ライナックの名に土を付けたってのは腹に据えかねるんだとさ。それくらい連中は面子を大事にしていると思っとけ」

 彼女も眉根を寄せつつ「そうね」と答える。

「そんな巨大な敵と戦う気になってる馬鹿の集まりなんだから、それなりの覚悟を最初から持っているだろうさ」

「皆が総帥閣下のご命を待っております」

「本作戦は我らの存在を示す意図も含まれている。脅威と感じさせるとともに、容易な敵ではないと考えさせなくてはならない。その為には結果を出さねばならん。存分に働いてもらおう」


 気を取り直して背筋を伸ばすニコールへ、仮面の総帥は鼓舞の台詞で応じた。


   ◇      ◇      ◇


「魔王様!」

 姿を認めてヴァイオラは宙を飛ぶ。


 撤去作業から帰ったばかりの彼女はサナルフィのコクピットから飛び出すなり、0.1Gの整備区画を横切ると腕に抱き付いた。彼女の体重と慣性力を受け止めてもケイオスランデルは軽く上体を揺らせただけだ。

 パイロットブルゾン越しにも鍛えられた肉体を感じる。決して屈強とはいえない体格の魔王だが、十分な筋力に身体能力、低重力下でのバランス感覚を持っている証左になる。


「年頃の娘がそんな恰好で飛び回ってはいけない」

 ギアの下から僅かに覗く下唇が笑みの形になっているのが分かる。

「魅惑的な姿態の持ち主だと自覚しなさい」

「いいんだもーん。魔王様にお見せしたいだけだから他の視線なんて気にしなーい」

 声は変調されていても、声音に大人の余裕が感じられて胸が高鳴る。


 パイロットが常用するスキンスーツは厚さにして4mmほどのシリコンラバーで出来ている。その厚さの中に耐圧耐衝撃防刃及び体温調整機能が収められている優れもの。ただし、動きやすさと引き換えに中身のプロポーションをそのまま表してしまう。

 股間には小用までは可能なトイレパック付きのアンダーウェアを着用するので形が露わになることもない。バストも女性用の物は耐衝撃と固定用のカップが内蔵されている。多少豊かに見えることで煽情的といえなくもないが、ラインを如実に再現はしない。

 それでも女性は降機後に慎みとしてパイロットブルゾンを羽織るものである。運動性重視で臍くらいまで丈のブルゾンでも上半身の凹凸は隠せる。


「慎みも女性を魅力的に見せるものだ」

 その台詞はヴァイオラの琴線に触れる。

「う……、そんな娘のほうが好み?」

「私は女性の肢体をすべからく美しいものだと思っている」

「だったらこのままでいいでしょー?」

 多少困った様子が垣間見える。

「独占できるのは光栄だが、皆に恨まれるのは本意ではないのだがね」

「大丈夫ー。普段から魔王様の素晴らしさを宣伝しまくってるもん」

「参ったな。怨嗟でこの身は揺らがないが、恥というのは捨てられないものらしい」

 赤く光る横一文字のセンサースリットに満面の笑みを返す。

「恥ずかしがらなくても本当のことしか言ってないから」

「大人をからかうのはやめなさい」

 そう言って金色の髪が撫でられる。


 構成員のほとんどがケイオスランデルを冷徹な男だと思っている。風評から彼を怖れて距離を取ってしまいがちだ。

 だが、ヴァイオラはこうして近く接すると彼の本質を覗き見られるのを知っている。知的な雰囲気や行動力、時に見せる冷たく冴えわたる感じも悪くない。それ以上に彼女はこの人間的な部分が好きだ。


 彼女の感情を表して3Dアバターのウェネが身体をくねくねと揺らせていた。

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