地獄の住人たち(4)
ヴィス・ハーテンの前妻は事故に巻き込まれて死んだ。とあるライナックの傍流の家の馬鹿息子が手動運転した暴走車に追突されたのだ。相手は骨折程度で済んだが、前妻は帰らぬ人となった。
激怒したヴィスは刑事訴訟で馬鹿息子を追い詰めようとする。ところが裁定院も検事官も前妻の使用していた車輛が操作ミスで走路妨害をしたのが原因だと判断した。自動運転しかできない前妻が交通システムの誘導に反する操作などしないと主張するが誰も聞く耳を持たない。
結果、暴発して被告に殴り掛かろうとした彼は取り押さえられて暴行罪で留置される。すぐに釈放はされるも、巨額の賠償金まで請求されそうになる始末だ。ヴィスは仕事も何もかも放り出して反政府活動に身を投じる。
ニコール・エデシの息子はスポーツ中の事故からの合併症で植物状態となり長期入院していた。その病院を訪れ探検していたライナック姓を持つ子供が面白半分に生命維持装置を外してしまう。センサーまで外されていて処置が遅れた彼女の息子はその晩に息を引き取った。
涙に暮れる彼女と激怒する前夫。葬儀に訪れた相手の子供は形ばかりの謝罪と見舞金を渡すと不満げに鼻を鳴らす。その態度に爆発した前夫は子供を殺そうとしてボディーガードに射殺された。
実のところは頬を打とうとしただけで、子供の指示で射殺されている。その事実は闇に葬られた。
その後、街頭での反政府広報へと勤しむが何度も拘束されると親類は彼女から離れていったそうだ。頼る先も収入も失ったニコールは貧困に喘ぎ、彷徨っているところをケイオスランデルに勧誘される。
「俺と初めて会った頃のお前なんて、まだ呆然としてたよな」
初めて見た時の彼女は所在なさげにしていたと思い出す。
「だって、私のできる事なんて家事と昔取った杵柄の事務処理だけだったんだもの」
「ああ、みんなに食事を配って飛び回っている時は少し活き活きとしてたかもな」
「誰かの面倒を見ていればそこに居てもいいんだって思えたわ」
配給管理から始めたニコールは持ち前の処理能力を如何なく発揮し、皆の信頼を得るようになる。認められて総帥から
「あなたの言った『お前が居てくれないと俺が飢えてしまうだろ?』って言葉が私を救ったの」
彼女の中で何かがストンと填まったのだそうだ。
「その頃のあなたは総帥にも噛み付くくらい突っ張ってたのに優しかった」
「言うなよ。ちんけな組織でちまちまやってた俺にも変な拘りがあったんだ。ライナックの関係者以外は傷付けたくないってな。ところが閣下はあんなお人だろう? 最初はただ破壊衝動に身を任せるだけの犯罪者に落ちぶれそうで怖かったってのもあったんだよなぁ」
「何度も衝突してたものね」
◇ ◇ ◇
七年前、立上げから間もない頃の
「無茶だ。あんた、殺す為にこれだけの人間を集めたとでも言うのか!?」
ヴィスは仮面の男に食って掛かる。
「作戦に目を通したのではないのかね? 完遂できるものと私は思っている」
「良くできた計画だよ。実に理論的だ。でもな、相手だって追い詰められれば必死になって掛かってくる。それを解ってないんじゃないか? 相当の損害が出るぞ」
「反撃の隙など与えんよ。伝わっていないのは認めよう。次からはチャート方式の作戦書を作成すると約束する」
納得できる回答ではない。だが、作戦は実行され成功を収める。
同伴のゼムナ軍艦二隻を釣り出したエイグニルのアームドスキン部隊は動揺する敵に波状攻撃を掛けて撃滅する。ケイオスランデル自身も運用直後のサナルフィで出撃し、目覚ましい活躍で二隻の戦艦を撃破した。
その後は艦隊も総崩れとなる。ただ、それもヴィスにとっては面白くなかった。
「どうして全艦沈める必要があった? 出荷用艦隊はまだ慣熟航行中だったんだぞ。技術者や両国の政府関係者みたいな軍人以外も乗ってたんだ」
彼はケイオスランデルの胸倉を掴んで詰め寄った。
「ゆくゆくはライナックの収入源となり独裁を強めていく力となる。削るのが我らの本旨だとは思わないか?」
「脱出する時間を与える余裕くらいあっただろうが!」
「脱出させれば彼らはまた新たに兵器を製造する。元々殲滅作戦だった」
変調された声音に激した色は無い。あくまで冷淡さが漂っている。
「君はどうしたいのかね? 私はライナックが簡単に取り除けない病理だと考えている。地道な活動で覆せるようなものだと思っているなら君とは道を
「何をしてでも変える気か?」
「そうだ。もし、後世に改革者として名を挙げたいと僅かでも考えているのであれば間違っている。エイグニルを離れたまえ」
見透かされた気がした。彼の拘りの根底には願望が混じっていないとも言い切れない。
「断行する為の悪か……?」
「だから私は滅びの魔王を名乗っている」
「悪……かった……」
ヴィスから見れば若造と思える男の覚悟に打ちのめされた。名にも、行動にも、示す方向性にも、全てに彼の理念が込められていたのだ。
それから時には苦言を呈するもケイオスランデルに付き従い、組織の一員として活動してきた。
◇ ◇ ◇
「望みの為に俺は何もかも捨てた。馬鹿なのかもしれないがね」
「あなたが馬鹿なら私も馬鹿。魔王様の示す滅びをともにしましょう?」
「それには悔いはない。愛してる」
ニコールも「愛してる」と言ってまた唇を重ねてくる。
寄り添い、支え合う。そうでもしなければ叶えられないほど深い望みと覚悟を二人は抱いている自覚があった。
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