地獄の住人たち(3)

 急にマシューがフォークを掲げて振り回す。何かを思い出したのか口角が上がっていた。


「そういや、あれ、聞いたか?」

 フォークを突き付けられたヴァイオラは嫌そうな顔。

「なに?」

「アナベル・ライナックを破滅に追い込んだ男の話」

「えー、この期に及んで自慢話?」

 パイロット娘は胡乱げだ。

「違うって! 結局は殺人やテロ主導がとどめを刺したろ?」

「告発動画は反政府組織わたしたちが公表したんだから、やらせ・・・じゃないのかって論調もあったものね」

「政府発表はそういう方向で収めようとしたのに、そこに疑惑が重なったから収拾不能になったっしょ? その立役者の話です」

 心当たりのあるミグフィが応じる。


 旗艦ロドシーク内で噂になっていた。端緒になったのは告発動画であり戦果として誇れもするが、最終的に追い込んだのは別の人物らしいという憶測。


「そんな情報があるんですか?」

「ええ、ちょっと噂にね」

 ヴァイオラが興味を示す。

「その筋じゃ結構有名な男らしいぜ。ポレオン市警の機動三課の捜査官なのに、出世も顧みずライナックが起こした問題も平気で追及するって。しかも今回の件を見れば分かるように頭も切れる」

「情報足りない。ポレオン市警は六つもあるもん。機動三課だけで何人居ると思ってるわけ?」

「個人を特定するのは難しそうなんだよな。機動課の中でも実践的な腕利きパイロットが揃ってる機動三課だろ? 味方にできりゃ好都合とか思ったりもしたんだがな、ふと思ったんだ。実は魔王閣下の正体はこいつなのかもしれないってな」

 マシューがとんでもないことを言いだした。

「ふうん……」

「無理よ、マシュー。本星からこのゼムナ環礁まで最速でも二週間。捜査官として勤務しながら主に宇宙で反政府活動をするなんて物理的に不可能」

 暴論でもないと思ったかヴァイオラは考え始めるがミグフィは即座に否定した。


 ゼムナ環礁の公転速度は惑星ゼムナより少々遅い。活動の為に魔啼城バモスフラは環礁内を移動して距離を一定範囲内に収めているのだ。

 本星までの移動に要するのは急いでも二週間前後。往復だけでひと月近くは掛かってしまう。確かにケイオスランデルはこの浮きドックに常駐していない。だが、一ヶ月から二ヶ月に一度は作戦に参加する。捜査官と総帥の兼務などどう足掻いても不可能なのだ。


「やっぱ無理かぁ」

 期待は露と消える。

「閣下の知略は素晴らしいわ」

「ね、ミグフィもそう思うでしょ?」

 ヴァイオラがここぞとばかりに口を挟む。

「正体は智謀に長けた人なのは間違いない。でも、あの方を怖ろしいと思ったのも一度ならずあるの。捜査官としてライナックの本拠である首都ポレオンの平和を守りながら反政府活動に身を投じるなんてあまりに矛盾してる」

「徹底した姿勢が格好良いんだもんね。表の顔と裏の顔で使い分けてるとか幻滅しちゃうかも」

「そこまで違うと、ほとんど二重人格者だもんな」


 徹底しているだけに正体の偽装も巧妙極まりない可能性は捨てがたいともミグフィは思う。しかし、物理的な距離と時間だけは如何ともしがたい。極めて稀な極小距離ワームホールでもない限りはあり得ない。或いは彼らが知り得ない超高度な技術の産物でもなければ。


(あの方の謎は論じてもキリがないわよね)


 マシューとヴァイオラが喧々諤々と魔王の正体を論じている傍ら、ミグフィはサラダの続きを味わっていた。


   ◇      ◇      ◇


 ヴィス・ハーテンは妻の並べてくれた酒肴に手を伸ばす。濃い目の味付けが身体の芯に染み入るようだ。


「お疲れ様、あなた」

 リクライニングチェアのサイドテーブルのグラスに酒が継ぎ足された。

「疲れちゃいるが今回は実りが多かったからな。皆、満足してるだろうぜ。お前も無理しなくていい。大変だろ、ニッキー」

「施設長なんて偉そうな肩書をいただいているけど、つまるところスケジュール管理と小さな問題の解決だけ。実質、司令官代行として艦隊指揮を執るあなたに比べたら楽なものよ」

「ありがたいと思ってる。そうやって立ててくれるから俺はやりやすい」


 彼女はニコール・エデシ。魔啼城バモスフラ全体の管理を任されている施設長の地位にある。

 二人は夫婦として接しているが事実婚状態に過ぎない。国籍情報に婚姻登録をできる立場ではないし認められもしないだろう。相互に認め合って同姓を名乗るのもいい。周囲も勧めてくるが今の関係を改める気も無かった。二人ともが望みの為ならいつ朽ち果ててもいいと考えているから。


「いいの。私にはあなたが必要」

 ニコールは彼の前髪を流した手を頬に添え、優しく短いキスをする。

「怒りなんて長時間維持できないわ。疲れてしまうもの。それでも燻ぶり続ける感情を持て余していた私の背中を受け止めてくれたのはあなた。支えを失ってしまったら、もうどう生きていればいいか分からないの」

「俺だって似たようなもんだ。復讐だけで踏み出せる足なんていつまでも力が入るもんじゃない。だが、お前の居るここを守り帰ることを考えてたら結構踏ん張れちまうんだよな」

 互いが互いを寄る辺として戦い続けている。そんな暮らしも長い。


(こんなくだらない生き方しかできない俺たちの居場所なんて少ないもんな)


 ヴィスは『地獄エイグニル』に来た当時に思いを馳せた。

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