第三話

地獄の住人たち(1)

 『地獄エイグニル』の主な拠点である浮きドック『魔啼城バモスフラ』はゼムナ環礁内を浮遊している。

 魔啼城バモスフラは単純に浮きドックの役目を果たすだけで要塞のような外装を持っていない。外観は数十本の針が突き出た六角柱。その柱の中に居住区と生産施設が設置されている。要塞機能は無くとも機動能力は有しており、小惑星帯の中を自航していた。


 元は一惑星であったとされるゼムナ環礁は極めて広大な空間を占めている。フェシュ星系の第二惑星ゼムナ本星の外側に位置していた、直径で本星の数倍する大きさだった惑星一つの破片なのだ。膨大な数の小惑星が恒星を縁取る円環を形成していた。


 それほどに巨大な円環となれば全てを把握できるわけもない。本星の監視の目から隠れるにはこんなに良い場所は無いといえる。

 ただし、それはゼムナ政府も当然理解していて定期的に偵察艦隊が派遣されてくる。そこに潜む反政府組織の拠点を発見して潰して回るためだ。

 その他にも、未だに発見されていないゼムナ遺跡を求めて各研究機関も船舶を飛ばす。ときに不幸な遭遇で拠点が発覚したり、逆に民間人の被害者が出てしまったりもしていた。


 ところが魔啼城バモスフラは一度たりとて発見された試しがない。総帥からの移動命令があった時は偵察艦隊や探査船の航路に現在位置が含まれていると思っていい。

 これも構成員には不思議であった。探査船の航路はともかく偵察艦隊の航路など軍事機密の一部に他ならない。事前に察知できるはずもないのに何故かケイオスランデルは把握しているのだ。どこからともなく運ばれてくる装備品や物資と並んで、彼の底知れなさを感じる一事であった。


 その魔啼城バモスフラに、作戦行動から帰還したパイロット、マシュー・テトは戦艦ロドシークで進入した。彼にとっては二ヶ月ぶりの本拠地である。


「ふぅー、帰ってきたぜぇ」

 妙に年寄りめいた台詞が漏れる。


 桟橋である針の一本に係留されたロドシークは整備と補給を受け、六角柱内部の格納庫ハンガーまで乗り入れた彼のアームドスキン『サナルフィ』も本格的に整備される。次の作戦まで、設備の充実した居住区で暮らせるのはありがたい。


「なに爺臭いこと言ってんのよ!」

 0.1G下で漂っていると背中を蹴られた。

「痛ってぇ! なんだよ、お前は?」

「なにもないじゃん! あの告発動画、あんたのガンカメラ映像でしょ? それなのに音声使われてないってのは、また余計なことばかりしゃべったからに決まってんじゃない。馬鹿じゃないの?」

「うるせー!」

 声の主は分かっている。


 ヴァイオラ・アイドホルン。それが彼女の名だ。一つ下の十九歳。それなのにマシューと同じサナルフィのパイロットでもある。

 組織内でも屈指のパイロット。金髪緑眼の完全な美少女なのだが、いかんせん口が悪い。しかも毒舌の犠牲になるのは年代の近いマシューを含めた若いパイロットたちである。

 その若さで重要な役割を任されているが故の虚勢なのかもしれないが、的にされるほうは堪ったものではない。が、こればかりは敵のビームと違って回避は容易ではない。


「ほんとに間抜け。上手に立ち回れば魔王様にお褒めの言葉をいただけたかもしれないっていうのに、絶好の機会をふいにするとか信じらんない」

 彼女は魔王を信奉してはばからない。

「いいだろうが! あれのお陰でライナックを一人破滅に追い込めたんだぜ?」

「その手柄をゴミ箱にポイしちゃった奴の言葉なんて価値なし。隅っこでゴミと一緒に漂ってなさい」

「おおお、苦労した結果がこの扱いかよ。黄昏れちまうぜ」


 通りかかるロドシークの乗員に指をさして笑われている。それくらいにいつも通りの光景なのが不条理でならない。


「もういい。オレは飯食って寝る。やっと新鮮な食材にありつけるんだ。それくらいしか楽しみが無い」

 いじけたマシューは背中を丸める。

「聞き捨てならない。まるで魔王様が準備してくれた糧食レーションじゃ不満みたいじゃないの」

「そこまで言ってない。でもさ、魔啼城ここで生産されてる野菜は甘さが違うだろ? 作戦行動が長くなれば恋しくなるのはお前も分かるだろうが」

「あんたみたいなゴミは食べられるだけで満足すれば?」

 猛攻は収まる気配もない。


 魔啼城バモスフラの生産設備は全てが食料プラントである。他の物資は新鮮さを要求されなくとも、食料だけは輸送が味に影響してしまう。その辺りの配慮から食料生産だけが少ないスペースをやり繰りして配置されている理由だと思われる。

 宇宙生活、それも戦闘を主とする活動となれば、モチベーション維持に大きなウェイトを占めるのが食事。品質の良い食材を用いた十分な食事が精神衛生に貢献しているのは否めない。


「こら! それくらいにしてあげなさい」

 救世主が現れた。

「今回の作戦に参加できなかったからってマシューに当たり散らしちゃ可哀想でしょ」

「ミグフィ、でも、この馬鹿ったら……」

「はいはい、これ以上わたしを困らせないで。あなたも一緒に食堂に来なさい。そこで話しましょう」

 先輩の、しかも旗艦の操舵士という重役を担うミグフィ・プレネリムに咎められればヴァイオラも口をつぐむ。

「聞かせて聞かせて。今回の作戦はどうだったの?」

「ちゃんと教えてあげるから」

「はーい」


 三人は連れ立って食堂に向かうのであった。

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