泣けない少女(14)

 報道の熱狂もそう時間を必要とせずに収束していく。各メディアもあまり執着してライナックの不興を買うのは避けたいのである。


 そうなればニュースや人目から隔離していたルーチェを自由にしてあげることも可能。昼間はジェイルが面倒を見、放課後はニーチェとともに過ごしていた彼女と一緒にTVを観てもよくなった。


(何か仕掛けるとは思ってたけど、パパも大胆にやったし)

 ニーチェには動画の投稿者がジェイルなのは当然分かる。


 その結果として起こったバガノンポートテロも彼が制圧し、おそらく描いていたであろうシナリオ通りの決着を見せた。その道筋を当初から計画していたからこその仕掛けである。父ジェイルがそんな人間なのは彼女が一番知っている。


(パパが関わった時点でアナベルの末路は決まってたようなもんだし)

 彼が深く踏み込んだ解決を望んだのはルーチェの将来を懸念してだろう。


 アナベル・ライナックは殺人及びテロ教唆も自供して早々に起訴されている。もうルーチェへの手出しは不可能。今日のように三人で出かけられる結果を得た。


 車窓から見える風景が都市部を離れ、徐々に緑が濃くなっていくとルーチェの目の輝きが変わってくる。ニーチェも気分が軽やかになっていくのを感じていた。


「ねえ、ジェイルはニーチェの本当のパパじゃないの?」

 河原の土手に腰掛けるとルーチェがそんなことを訊いてくる。イヴォンにでも聞いたのだろうか?

「そう。あたしのお父さんとお母さんはお空の星になっちゃった。今はパパと幸せに暮らせるよう見守ってくれてるし」

「ルーチェのパパとママもお仕事からなかなか帰ってこないの。ルーチェのこと忘れちゃったのかなぁ?」

「忘れたりしないし、絶対。それは保証してあげる」

 曇っていた顔に明るさが戻ってきた。


 その後はひとしきり遊んで準備していた昼食を終えると、河原を流れる穏やかな風に身を浸してくつろぐ。


「ジェイルはどうしてニーチェのパパになったの?」

 解放された空気に飲み込んでいた疑問が噴出しているらしい。

「訊かれると困りますね。そうしてあげたかったとしか言えません」

「嘘だし。ちゃんと理由があるんだよ」

「理由?」

 ニーチェは彼女を膝に乗せて向き合う。

「あたしも昔泣けなかった時期があるし。ルーチェみたいに何もかも信じられなくなって、泣き方さえ分からなくなっていたし」

「えー!」

 喜怒哀楽の激しい彼女から想像もつかないのだろう。

「パパに訊いたの。なぜあたしを選んだのかって。そしたら『子供があんな泣き方をするものじゃない』って言ったし。苦しくても嗚咽を噛み潰すような泣き方しかできなかったのを見かねたってこと」


 施設の裏庭で声も無く苦しんでいる様子を見られていたと思うと顔から火が出る。だが、それがジェイルの琴線に触れた幸運も手放す気はない。


「途方に暮れて街を彷徨ってたルーチェをパパが見つけたのも当たり前だし」

 ジェイルにとって許せない状況なのだ。

「じゃあ、ルーチェとニーチェは一緒だね?」

「そう、一緒。パパの傍に居場所があるの」

 告げると少女を脇に座らせニーチェは立ち上がった。


♪ 遥か遠き我が故郷 そこに流れる風の音 さえずる鳥の声 雨音と土の匂い

 目を閉じると思い出す 確かな感触 確かな思い そこが育んでくれた地


 澄んだ声の音色が紡ぎ出される。河原を遠く流れていくのは望郷の歌。

 昔、ヴィオトープ宇宙船で開拓惑星へと辿り着いた人々が故郷への思いと新天地への希望を込めて作った歌だとされている。それは多くの人に好まれ歌い継がれて民謡へと変わっていった。楽譜に起こされ、音楽学校でも当然のように使用されている。


♪ 感謝は忘れない 星々の海を越えて届け 我らは新たな故郷を作る道を行く

 新しい土 新しい絆 手を取り合って未来を紡ぐ 新しい地が我らの寄る辺

 産まれる命よここに根付け 拓ける未来の大地に根付け ここが我らの居場所


 望郷の思いが滔々と綴られ、そしてクライマックスでは新たな地での希望が語られる。その民謡は開拓地であるゼムナでも広く親しまれていた。


(パパの隣があたしの居場所)

 民謡が好みではないニーチェもこの歌だけは心に染み入るものがあって大好きだった。


 気付けば多くの人が彼女を取り囲んでいた。その声音に静かに聞き入っていたので歌い終えて初めて気付く。

 目をぱちくりさせていると拍手が湧きあがった。中には涙を流して握手を求めてくる人までいる。思いもかけない状況にニーチェは苦笑いで対応した。


「素敵だったー!」

 騒ぎが収まるとルーチェも拍手で迎えてくれる。

「恥ずかしいし!」

「いや、素晴らしかったよ。君を自慢できるね」

 ジェイルにそう言われると強く否定もできない。


 そうしていると一人の男性が彼らの所へとやってきた。


「パパ!」

「ルーチェ!」

 二人は抱き合う。


 救出されたルーチェの父オーガスタス氏は暴行と監禁でひどく衰弱していた。療養期間を経て快復した氏はようやく娘を迎えに来られる状態にまでなったのでジェイルがここへと呼んだらしい。

 涙した父娘は落ち着くと彼らへと感謝を告げる。そして手に手を取り、新たな生活へと向かっていくのだ。


「パパ、ママは帰ってこられないの?」

「大きなお仕事だから当分帰ってこられなそうなんだ、ごめんね。その間はパパと暮らしていられるかな?」

「うん!」


 久しぶりの父親にルーチェは嬉しそうだ。しかし、その裏の真実に触れる日はいつかやってきてしまう。それが憐れでならない。

 見送りながら、別れの悲しみだけではない涙がこぼれてしまう。それでも今のニーチェには泣ける場所があるのだ。


 ジェイルの胸の中という居場所が。

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