父と娘(10)

 反重力端子グラビノッツを緩めて噴射音を出さないように降下する。ムスタークは急速降下すると30mの高さで重力を無効化して噴射し静止した。

 風切り音に気付いて見上げたスブラニクの外務局員が慌てて小型のケースを商船の乗員に放り投げるが、タラップ横に着地したグレッグ機が軽く蹴って揺らし、取り落としたケースを拾い上げる。投げ上げられたケースをジェイルが受け取り、ハッチを開けて実物を確保した。


「こちらの中身を確認すれば容疑が確定しますがまだ抵抗しますか?」

 ケースをかざすと同時に、スキンスーツの胸に付けられたポレオン警察章に触れると大きく章票が3D投影された。

「ぐっ!」

「脱出するぞ。乗れ。おい、アームドスキンを出せ!」


 動揺する外務局員と違って乗員は対応が早い。やはり偽装商船で、乗員は工作のプロのようだ。


「出てくるぞ、シュギル。ビームバルカンの使用許可はもらってる」

 つまり撃破も可だ。

「派手にやっちゃってもいいんすかね?」

「最低限にしとけよ」

「了解っす」


 商船のペイロードがそれらしくない速度で開くと、中からガルドワ製のデュラムス三機が出てくる。ひと世代前のアームドスキンとはいえ、一世を風靡した各国が主力に採用している機体である。


「抵抗すれば罪は重くなります。とうぶん本国へお帰りいただくわけにはいかなくなりますよ?」

 ジェイルは警告するが聞く耳は持たないらしい。

「警察機のパイロット程度がでかい口を!」

「待て! こいつらは機三の連中だ!」

「手遅れです」


 着地したジェイル機はデュラムスが放つビームバルカンを左のジェットシールドで受けながら踏み込む。途切れ目に腕を巻き込んで砲口を撥ね上げ、右手で胸部ハッチを掴んだ。

 引き込みながら膝蹴りを入れ、ハッチをもぎ取る。ムスタークの暗灰色の爪を突き込み、操縦殻コクピットシェルごと引き摺りだして地面に打ち付けた。これで中身は確実に失神しているだろう。


「逃がしません」

 ジェイルは宣言する。


 外務支局の公用車は蹴って転がす。局員は腰を抜かして這いまわっているだけ。タラップをパージして離底しようとする偽装商船の前に回り込むと操船室へ爪を突き入れ破壊した。

 その頃にはグレッグが相手を戦闘不能にし、最後の一機をシュギルと二人で制圧している。これで全員確保したも同然。


「シャノン、降下してください。全員を収容します」

 彼はクラフターに指示を出す。

「待って! アームドスキンが接近中! オルドバン! ちょ、メクメランが二機も居る! 最新鋭機がなんで!?」

「軍ですか。困りましたね」


 名前が挙がったのは両方ともゼムナ軍機である。以前は隊長機として採用されていたオルドバンは現在量産汎用機として運用されている。代わって隊長クラスが乗機としているのが新鋭機のメクメランだが、広く普及しているわけではないはずだ。シャノンが戸惑うのも無理はない。


「そこの警察機」

 六機の隊機に、指揮官級の新鋭機二機の編隊が制止を掛けてくる。

「確保した容疑者及び証拠品はこちらで回収する。引き渡してもらおう。我々はゼムナ軍情報部S16部隊である」

「情報部かよ」

「あちゃー……」

 グレッグとシュギルは諦めのムードを漂わせている。


(情報部が出てきましたか)

 レーザースキャンまでは受けていない。今のところは強制の意思は無さそうだ。

(捜査二課は泳がされていましたね。最終的には自分たちで接収する気で、犯人を追い詰めて動かす網に利用されていたようです)

 ジェイルは相手の意図を察する。


 見事なフォーメーションを維持したまま降下してきた情報部の編隊は100mほどの距離を置いて着地した。情報部となれば厳選されたパイロットで構成されているのだろう。


「ご苦労だった。隊長を務めるサム・ドートレートだ。改めて公式にも感謝を伝えさせてもらうが、今は私の口頭だけで我慢してくれたまえ」

 要求するようにメクメランが手を差し出す。

「そう申されましても困りますよ。こちらも正当な捜査のもと容疑者確保に至っています」

「理解はしている。横取りする形になるのは心苦しいが、その証拠品は軍事機密に触れるものだ。おいそれと渡すわけにはいかん」

「ご心配なく。我らにも守秘義務があります。内容の確認はさせてもらいますが、最終的には然るべき箇所へ返却しますので」

 当然のルーチンだ。

「そこのお前! 渡せといったら渡せ!」

「貴官は? 隊長機のようですが」


 もう一機のメクメランが前に出て威圧するように腰のラッチのカノンに手まで掛けているので誰何した。その対応は尋常ではない。


「エルネド・ライナック三金宙士である。俺が命じるのだ。分かっているな?」

 口調は自慢げだ。

「お名前と階級は理解しました」

「うへぇ、ライナックっすか」

 シュギルが小さく漏らす。


 三金宙士あれば、通常は戦闘艦一隻の部隊を率いるかそれ以上の指揮を任される階級。ウインドウに現れた、二十歳そこそこと思われる宙士の階級ではない。ライナックの名前の効果なのだろう。


「ですが引き渡しに応じる根拠足り得ません」

「なに!?」

「正式な任務であれば命令書があるでしょう? 確認させていただいてもよろしいですか?」

 当然の要求を突き付ける。

「貴様……」

「こちらは臨検の礼状は取っていますし、容疑者は公務執行妨害及び無許可兵器使用罪の現行犯逮捕です。そちらの接収の根拠を示す命令書なり何なりの提示は義務だと思いますが?」

「よせ、エルネド宙士! その男は!」


 突進するメクメランに、ジェイルはムスタークを正対させた。

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