父と娘(11)

 さすがにいきなり発砲はしてこなかった。


 制圧を目論んでいるであろうエルネドのメクメランが伸ばした腕を手の平を使って外へと流す。それは最初からフェイントで、押し出したジェイル機の右腕を取ろうと左手が下から迫る。自然な流れに見えるようにその左の手首に拳甲を押し当て、絡めるように巻き込む。


「くっ!」

 即座に腕が引かれた。


(おや、彼は名だけではなく、本家の血の入った本物のライナックでしたか)

 ジェイルはその反応で気付く。


 英雄の血筋ライナックの能力が公然と語られたことはない。表向きは敵手に対策させないためとされているものの、それは方便だろう。知っていたところで対策できるような類の能力ではない。

 どのように感じ取っているのかは外部の人間には窺い知れない。ただ、それが戦気眼せんきがんと呼ばれ、相手の攻撃意思を読み取るものだというのは知る人ぞ知る能力である。また、遺伝する能力だとも知られている。


 その能力の発現あってこそ、ライナックの始祖とされているロイドやその息子のディーンが過酷な三星連盟大戦を勝ち抜いたのは間違いない。三星連盟の支配下にあった人類圏を解放に導き、英雄足らしめたのは能力と彼らの信念からだというのはゼムナ市民であれば誰もが知っている。

 異能を誇り、驕り高ぶるのを禁じるように始祖たちは口を開かなかった。その事柄だけは代々守られてきていたが、彼らの高潔な精神まで遺伝しなかったのは悲劇だろう。今や歴史の彼方に忘れ去られ、ライナックは君臨していた。


「何だ、こいつは? やりにくい」

 エルネドはこぼす。

「今は一応お互いに公務中ですから罪には問われませんが、この戦闘は問題になりませんか?」

「そんなのは些事だ。ライナックの名に懸けて、俺が後れをとることのほうが問題になる。負けられないという責務、貴様には分かるまい」

「勘違いなさらないでいただきたい。我ら捜査官とて法の番人です。僕が負けるのは法が負けるということにも繋がってしまうのですよ」

 相手に響く気はしないが訴えておく。

「ライナックの正義が疑われるほうが未来に悪影響を与えるんだよ!」

「ほう、それは僕の常識にない考えです」


 まるで組手合戦のようになっている。互いに相手を取り押さえようと腕を伸ばすも、ジェイルは攻撃の流れに沿って絡め取ろうとし、エルネドは危険を感知しては引くか弾くかしていた。


「だったら考えを改めろ。貴様のやっていることはゼムナの不利益となるということを!」

 掴み取ろうとする腕を弾き上げて踏み込もうとするが、回転を利かせた蹴りが飛んでくる。

「だから、それを証明したいなら命令書が必要だと言っているのです。納得させてくださいませんか?」

「俺の名が証明書だと思え」

 地面を蹴ってムスタークに身を引かせると、蹴り足を押してメクメランを余計に回転させる。

「知っている限り、そんな法はありません」

「だったら作るまでだ。それが正義に通じるならばな!」

 年若い宙士は独裁者にでもなりたいらしい。


 彼は過ぎた回転力を足を踏ん張って殺そうとする。再び踏み込んだジェイルは路面で火花を上げるその足を軽く蹴り上げた。

 回転軸が斜めにずれた機体の腕を取り、そのまま背部に乗せるようにする。腕を懐に巻き込むように引き込み、メクメランを腰で跳ね上げる。宙で一回転した機体は路面に叩きつけられた。


「がっはっ!」

 緩衝アームが相殺し切れない衝撃でエルネドが苦鳴を漏らす。

「これまでにしておきませんか?」

「きっ!」

 メクメランを俯せにして腕を取ったまま膝で押さえ込んだ。

「すまないが、それまでにしてくれたまえ。我々は撤収する。容疑者と証拠品の引き渡しは後日書面で申し送ろう」

「な! ドートレート隊長!?」

「反論は無しだ。上官命令だぞ」

 エルネドは言葉を飲み込んだようだ。


 手を放して後退するとメクメランも立ち上がって編隊に加わる。しかし、アームドスキンの装甲板さえ貫きそうな敵意を感じる。彼は全く納得していないらしい。


「貴殿があの機三のジェイル・ユング捜査官かね?」

 撤収の合図をしながらも問い掛けられる。

「僕はそんなに有名ですか?」

「一部では。少し意味は違うが無謀な勇名・・としてな」

「だとすれば本意ではありませんね」

 すました声音で答える。

「行動が裏切っているぞ」

「憶えておきましょう」


 情報部のチームは整然と撤収していった。


「最後の最後にライナック案件にしてしまうとか、ジェイル先輩は筋金入りっすね?」

 そう言ったシュギルは、グレッグに「帰るぞ」と小突かれている。


 三機のムスタークは降下してきた警備クラフターへと帰投した。


   ◇      ◇      ◇


 帰宅したジェイルをニーチェは快く迎え入れる。相変わらず任務上の悩みなどおくびにも出さない笑顔で「ただいま」と告げられた。


「ねえ、パパ。あれからね」

 食事の席で彼女は結果報告をする。

「ミラベルを説得してクレメンティーンに謝ってもらったの。そしたらクレメンティーンも、一方的に責めたのもそれをバラしたのも悪かったって反省してるって謝ってきて万事上手くいったし!」

「それは良かった」

「パパの言う通り、一時の感情で拗らせないですんだし。褒めて」

 養父は「見事だったね」と頭に手を置いてくれる。


 上機嫌のまま、父と娘の語らいで夜は更けていくのだった。

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