父と娘(4)
今朝の第三市警機動三課に慌ただしさはない。内偵が進められている密輸組織は多数あるが今のところ特に出動要請はないからだ。
本来許されてはいないが、ジェイルにバディは居ない。ほぼ単独で動いている。彼と組もうという人間が居ないので、マクナガル課長が特別に計らっている形。それでも成果を挙げるのだから誰も批判はしない。
デスクで情報パネルを投映させて政治系の大手ニュースサイトに目を通していたら、出勤したばかりの若手の同僚が先輩捜査官に話し掛けている。
「おはようございまっす。グレッグ先輩、この件知ってます?」
まだまだ捜査官としては拙いシュギルの長所は、顔が広く情報が早いところだ。
「のんびりだな、シュギル。また遊んでたのか?」
「夕べは手隙の同期の奴らと飲んでたんすけど、二課の追ってる事件、もしかしたらこっちに回ってくるかもしんないすよ?」
ただ「二課」という場合は捜査二課のことになる。詐欺やスパイなどを扱っている部署のことだ。
「ってことはスパイ関連だな」
「そうっす。とある産業スパイを追ってるんすけど、隠れるのが上手くてどうも後手に回ってるらしいんすよ」
「高跳びされる前に押さえなくちゃならんか。そうなると俺たちの管轄だな。協力要請あるかもな」
境界警備の機動三課と合同捜査になるかもしれない。
捜査官というのは情報共有を嫌う面がある。得た情報で他人に手柄を横取りされるのを防ぐ意識もあるだろうが、裏取りができていない情報で操作を攪乱したくない心情も含まれると思われる。
ところがこの新人捜査官シュギルはそれを簡単に飛び越えて同業者から情報を引き出してくる才能がある。その才能を買っているからこそ、中堅どころでも優秀な部類に入るグレッグが彼を育てようとしているのだろうと思われた。
「面白そうな話ですね」
聞き耳を立てていたジェイルも本腰で話に参加する。
「気になるか?」
「ええ」
「俺もちょっと調べようと思っていたところだから手を組むか」
グレッグも一応の距離を置いているが彼の能力は買っているようだ。
「何関連でしょう。やっぱり軍事技術ですか?」
「そりゃないだろう。十年前ならともかく、今じゃ協定者を抱えるガルドワや『
「そうっすね」
グレッグが指摘した通り、十年前までゼムナは人類圏最大の軍事技術輸出国であった。今やその面影を失いつつある。
企業国家ガルドワは内部の協定違反が幾つも発覚して一時は国際メディアの槍玉に挙げられたものだが、その後は自浄能力をアピールして復活した。失われたかと思われた協定者も帰還し、軍需関連では一位を誇る生産力で完全に返り咲いている。
ゼムナにとっては反政府的側面を持つ国際軍事組織『
「でも、開発のほうは軍の委託を受けた民間研究所だったらしいっす」
シュギルは入手情報を明らかにする。
「プラスチック系の素材っすけど、耐衝撃性が高くて表面強度も格段だって話っす。軽量で加工も簡単だからコクピットの球面モニター用にって研究されてたのが完成したらしいっすよ」
「おいおい、あんまり真新しさはないぞ。透過金属素材の分野だって透明度は年々進歩してるだろ? 軽さなんて
遺跡技術である重量を軽減できる装置「
それをもたらしたのがゼムナの先史文明の生み出した人工知性『ゼムナの遺志』である。八千年の時を飛び越して現人類と接触した複数の知性が
「そうでもないですよ」
ジェイルは異を唱える。
「パーツが軽量化すれば重力下でのメンテナンス性が向上します。それに飽き足らず、軽量硬質の素材というのは多岐にわたる分野で重用されるでしょう。例えば投映機器といった家電の部品だったり、耐衝撃性の高い点を買ってスポーツ測定器とかのセンサーガードだったりとか」
「なるほど、そうか! その産業スパイの件は軍需産業だけとは限らないわけだな。どこの企業が送り込んできたのか分からないぞ」
「さすが先輩とは頭の切れが違うっすね、ジェイルさん」
余計なひと言でヘッドロックを掛けられる新人捜査官。
「勘弁してくださいよ。その犯人、全宇宙ポートに手を回されて出国手続きできなくなって国内を逃げ回っているみたいっす。サンプルと組成データ、製造法を握ったまま」
「二課が足取りを追えてないとなると俺らじゃ手に負えないな。別の方面から探らないと。ポート関連はこっちの領分だ。そこから攻めようぜ」
地上の情報網は機動三課より捜査二課のほうが上になる。
「その線でしょうね。僕は独自に動いてみるので、情報交換しつつ追ってみますか」
「おう」
グレッグの掲げた拳にジェイルも軽く合わせた。
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