第28話 神聖女子にドキ!
渋川学園高校は男女共学の中レベルの進学校。都心のエリート校と違って、それほど勉強熱心と言うわけではない。
だけど家が近いとか、通学に時間を取られたくないとかの理由で、中には桁違いに優秀な生徒も混じっている。
神聖女子(アンタッチャブル)の佐伯優(さえき ゆう)や頼られ男子の北条出流(ほうじょう いずる)などがその例だ。
中学校と違って、中間クラスの生徒が選別されて集まった結果、表立ってやんちゃをする生徒が少ない分、俺みたいなヘタレ平民男子と元気印の肉食女子の比率が高い。
基本的に真面目な生徒が多く、学校をサボって遊びに行くなんてのは大冒険に値する悪行だ。無断外泊なんてありえない。
授業の開始時間に遅れたり、宿題を忘れただけで丸一日、罪悪感が襲ってくる。ちょっとした遅刻ですら大罪なのだ。
バラエティ豊かな生徒が集(つど)う中学時代とは大違いだ。まして、なんも考えとらん能天気な小学生レベルの行動をする奴なんて見たことない。
通学時の連絡とかでスマートフォンの持ち込みはOKだが、学園内での使用は固く禁じられている。見つかった場合、その場で取り上げられてしまうが、実績はほぼない。
ってことで、悪友(ワルトモ)共有アプリを使って優と連絡を取り合うことはできない。てか、選択肢として思い浮かばない。
もちろん、学園内では神聖女子(アンタッチャブル)である佐伯優に直接話すことなどもってのほかだ。イケメンでも何でもない俺は、あやかり女子のガードをすり抜けるのは不可能なのだ。
優はクラスの中心人物として、容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドルに返り咲いている。
二日もポンコツと化した優の姿を見てきたためか、いつもの神聖女子(アンタッチャブル)に戻った優が、いつボロを出さないか正直、心配になってくる。
だけど、朝から見ていても取り越し苦労のようだ。容姿端麗、完璧。頭脳明晰、完璧。スポーツ万能、完璧。三拍子、全て完璧。
二人で過ごしたことが幻のようにさえ思えてくる。自分の体験した記憶に自信が無くなってくる。
ドキ!
やっぱ、すげえわ。放っているオーラが違う。近寄りがたい。
対する俺は、教室の隅っこで相変わらずヘタレ平民男子のままだ。だからと言ってこのポジションが嫌いなわけではない。
誰にも干渉されずに自由気ままに休み時間を過ごすことができる。一人で読書していてもいいし、同じようなヘタレ平民男子に声をかけて、グラウンドでサッカーの真似事みたいなこともできる。
要するに暇つぶしの相手はするが、互いに深入りしない。親友みたいに、相手の心の中に踏み込むことを避けるヘタレどもの集まりってことだ。
俺はお昼ご飯の時間は基本的にボッチで過ごす。学園での唯一の楽しみ、自作弁当を堪能(たんのう)するためだ。
ヘタレ平民男子どもの中に入ることもできる。が、ノイズが気になって美味しさが半減する。それだけは避けたい。
今日も独りで教室の隅の席を陣取り、自信作のお弁当のフタを取った。満足のいくできばえに心が緩む。うまそうだ。
俺は箸でおかずを一つ、また一つと口へと運び、自分の仕事の成果を確認する。うん、我ながら良くできている。
「ねえ、佐伯(さえき)さんの、今日のお弁当は何時もよりグレードアップしてませんか?」
教室の中央で固まる優を中心としたグループから声が洩れ聞こえる。
ぐふっ。俺は口に入れたものを飲みそこなった。俺が作った優のお弁当が、周りを取り巻いているあやかり女子たちの話題になっているぞ。
「一つ一つ、手作りですか?とっても美味しそうです」
「料理人を雇って作っていただいたのですか?」
俺は思わず彼女たちの会話に耳をそばだてる。
おおー。マジかよ。すんげー、評判良いじゃんか。
優はすました顔でそれを聞き、答える。
「はい。とても料理が上手な人に作っていただきました」
うほっ。とても料理が上手な人って、俺だよな。ヘタレ平民男子、工藤一哉(くどう かずや)。良いとこ無しの俺が褒められてるぞ。
なんだかこそばゆい。顔が熱くなる。嬉し、恥ずかしってこう言う事か。
「料理が上手な人って、佐伯(さえき)さんとどういったご関係なのですか。佐伯家専属シェフとかですか?」
「羨ましいです。私の家にもプロのシェフが欲しいです」
「違います。使用人とかじゃなくて、私の大切な人の手作りです」
ぶっ。思わず口に入れたご飯を吹き出してしまった。誰も見てないよなー。俺はオロオロと辺りを見回す。
私の大切な人!やばいわ。
俺と同じように聞き耳を立てている平民男子諸君の耳が、ダンボ状態だろ。優の奴、ワザと意味深な表現を使っているんじゃないか。
「ですので、これは皆さんにお分けすることができません。その方の思いに答えるためにも、私自身が一つ一つ丁寧に味わって食べないといけませんから」
優はわずかばかり声を大きくして語り、お弁当に箸をつけ始めた。
ドキ!
こいつ、確信犯だ。間違いない。俺に聞こえる様に言っている。なんてことを。心臓が激しく鼓動する。逃げ出したい。
すぐにバレることは無いと思うが念のため、俺は自分のお弁当のフタをそっと閉じた。
優は俺の作ったおかずを小さな口に運んでは満足そうにほほ笑む。
ばっ、バカ。俺の方に視線を向けるな。頼む、お願いだ、この通り。パニックで頭が真っ白に。
幸い一瞬だったので誰にも気づかれずに済んだ。はー。ため息を飲み込む。
窓から差し込む日差しを受けて、箸を持つ優の右手につけたブレスレットのハートの片割れがキラリと光った。
「佐伯さん!朝から気になっていたのですが、その大切な方と言うのは、右手のブレスレットと何かご関係があるのですか」
うげっ。鋭い。あやかり女子!伊達に四六時中ひっついているわけじゃないな。ちゃんと観察してやがるぜ。
って、感心している場合かよ。優の周りに移動してお弁当を食べているイケメン男子たちがざわつき始めた。あからさまに動揺しまくっている。
教室のあちらこちらの平民男子諸君は既に息絶えたか。固まって微動だにしない。怖いわー。優の影響力の絶大さに恐怖すら覚える。
「はい」
優は短い言葉で肯定して、顔を赤らめてうつむく。
「もしかして、それは彼氏さんですか?」
「私の全てを全力で受け止めてくれる人です」
終わった。あやかり女子も、イケメン取り巻き男子も、平民男子諸君も、全員爆死。教室の中を沈黙が支配している。
「彼氏ではありません」
優の言葉に全員が命を吹き返す。皆が一斉に呼吸を再開し、ため息を漏らした。
「でも、それ以上のお付き合いをしてます」
それ以上のお付き合いってなんだ。彼氏より悪友(ワルトモ)が上なんてヘンテコな理論は、ここでは通用しない。それは、つまり婚約者レベルと誤解されている。
目が回る。クラスメイトの体から魂が抜け出し、天使がそれを集めて教室の中を飛び回っている。幻覚が見える。
佐伯優(さえき ゆう)、神聖女子(アンタッチャブル)と呼ばれる学園のマドンナ。じらしまくった末の最後の一言に、築き上げた学園の秩序が崩壊した。
あやかり女子はあやかるべき主(あるじ)を失い、イケメン取り巻き男子どもは目標を失った。そして、平民男子諸君は崇拝すべき女神を失う。
優・・・。お前、やっぱ悪魔だわ。午後の授業は魂を失った抜け殻、ゾンビたちでおこなわれるだろう。
あれっ!あやかり女子が動いた。意気消沈する、イケメン取り巻き男子に救いの手を!
いや、違う。この機に乗じて肉食女子の本性を現し、モーションをかけまくっている。イケメン取り巻き男子が次々に魔の手に落ちていく。
なーんだ、優の周りにいるのは、みんな結構、強いじゃん。戦国時代の始まりだ。ざわつくクラスメイトの中心で、優は美味しそうにお弁当を食べるのだった。
が、しかし、ヘタレ平民男子諸君は復活しない。人気アイドルが突然引退したようなもんだもんな。膨れ上がった妄想バブルが弾け飛べは、そりゃー、心がポキッって折れるわ。
机に突っ伏すもの。フラフラと教室を後にするもの。椅子に背中を預けて呆けるもの。
ヘタレ平民ゾンビと化した悲しいお姿に、俺の心臓がトクンと鳴った。
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