第26話 弁当作りでドキ!

 一夜明けて、日曜日。お昼過ぎに起き出して、スマートフォンをチェックする。優との共有アプリにメッセージがきている。


 ワンタップでアプリを立ち上げる。思いっきりのけ反った。腰を痛めるわ、もうビックリだ。


 俺の朝のスケジュールがピッチリと埋まっている。


 タイトルは『優のお弁当作り』だと。平日の朝は全部それだ。


 優からのメッセージを開く。


 タイミングを見計らったかのように宅配便。


 ピン、ポーン。


「宅配便でーす」


 電話番号も、住所も、郵便番号もバカップル専用アプリ、もとい、悪友(ワルトモ)共有アプリが、打ち込まんでも勝手にデータを吸い上げて共有してしまった。


 このアプリを入れている限り、変更や修正は自動的に反映されるようだ。便利だけど気を許したもの以外絶対に使えん。


 これ入れたカップルは別れられんな。ケンカしたら仲良かった時の写真とか、思い出の写真とか勝手に表示しよる仕組みになっている。


 どないな仕掛けになっているか知らんが、どうも半日ほど、ほっとくと表示されとるらしい。何とも忙しない機能だな。


 リア充男子は、それなりに彼女ケアに努力を惜しまないと、クラスの美形男子、幼なじみかつ友人の北条出流(ほうじょう いずる)が宣(のたま)っていた。


 つまり、半日何らかのやり取りが無いとジ、エンドってことも在りうるってことか。恐ろしいや。


 俺を含めて、ヘタレ平民男子の諸君が彼女いない歴十六年なのはマメさが足りとらんのが原因か。


 それはそうとして、母親(おかん)と父親(おとん)が仕事に出ていて助かった。見つかったら質問攻めにあうわ。


 父親(おとん)は普通のサラリーマンだけど、ブラック企業だから手当なしの休日出勤。勤労平民サラリーマンなのね。


 そこまでしても、父親(おとん)の給料だけでは暮らせないから、母親(おかん)はスーパーのレジ打ち。爆ギレ平民主婦。


 我が家は全員そろって平民家族なのだ。家系図とかないし、おそらく明治の時に適当に苗字を付けたのだろう。歴史も伝統もない。


 話がダブルでそれまくったが、俺は慌てて玄関に出て、ハンコをついて荷物を受け取る。


 中を開けると、優からの悪友(ワルトモ)共有メッセージ通り、丹塗りのちっちゃい弁当箱が出てきた。海辺で使ったあれだ。


 まだそれほど経っていないのに、あの時の大口を開けてパクつく優の顔が思い出されて懐かしい。一日も間を開けていないと言うのに。俺、もう完全に優に毒されちまったかもしれんわ。


 アプリの機能が半日で作動する理由も良くわかる。って、あれが会えない寂しさを煽ってるんじゃねーか。そう考えると、ほんと良くできたアプリだわ。禁断症状を作り出す。


 中に小瓶に入ったお手紙が添えてあった。洒落てるわ、あいつ。こう言う細かな演出が優等生の女子っぽいと言うか、センスある。


 瓶のキャップを取り外して、中に入っていた手紙とちっちゃなシーグラス、貝殻を取り出す。塩の香りがほのかに部屋に広がっていく。


『カズヤへ


 わたしは カズヤが だいすき です


 としをとって しぬまで ワルトモ です 


 カズヤと おなじものが たべたい!


 おべんとうばこを おくります


 おいしい おべんとうを おねがいします


 さいごに カズヤの あいを つめるのを 忘れないでね!


 ユウ』


 アホか!赤面してしまうわ。


 まるっと断っても良いのだが、まあ、問題ないだろう。


 あやかり女子に取り囲まれてがっちりガードされている神聖女子(アンタッチャブル)の弁当と、ヘタレ平民男子の弁当を見比べるようなやつはいない。


 バレる心配も無いのでメニューは同じ。量が違うだけ。作る手間はそう変わらん。自分の分を毎日作っているから負担はほとんど増えないし。


 一緒には絶対に食べれんけど、喜んでくれる人がいるなら弁当作りの励みになると言うものだ。


 俺はさっそく弁当箱が届いた旨のメッセージを送り返した。了解の意味も込めて。


 優はお礼にアプリの機能を使って『本日の優』なる写真をアルバムに追加してきた。


 パジャマ姿でカズキチを抱きしめる優のゆるゆる笑顔の画像。


 ドキ!


 ほんと無邪気でかわいい。こんなんが毎日溜まっていったら悶え苦しみそうだ。顔が熱くなってきた。


 返信画像をせがまれたが断った。代わりに『本日の弁当』なるホルダーをアルバムに追加した。




 と、言う事で今日は月曜日の朝。


 俺は朝早く起き出して、キッチンにこもり、二人分のお弁当を作っている。


 手間のかかる下ごしらえは昨日の晩に済ましているので、調理は基本的に熱を入れる作業がほとんどだ。一年続けているので、それなりにコツも心得ている。


 ご飯を炊き、龍田を揚げる。野菜たっぷりキッシュを切り分け、カットしたキウイとパイナップルを混ぜる。


 それぞれを彩を考えながらお弁当に詰める。最後に特製ふりかけをトッピングしてできあがり。


 優のお弁当はちっちゃいので、材料が少し増えただけで調理時間も手間もほとんど変わらなかった。これならいつも通りで問題ないな、と改めて思う。


 素早く、スマートフォンの共有アプリを使って撮影して、記念すべき『本日の弁当』一号の写真をアップした。ヘタレ平民男子としては上出来だろう。


 残った料理は寝ている母親(おかん)と父親(おとん)の朝飯にして、俺はハムエッグと味噌汁を手早く作って、朝食を終えた。


 学校が少し離れているので通学に時間がかかる。家を出るのは俺が一番最初になる。基本、おとんとおかんは俺が家を出た頃に起き出すので、弁当を二つ作っていてもバレっこないのだ。


 お弁当袋二つをカバンに詰めて家を出る頃に、ポケットに入れたスマートフォンが揺れた。


 ブルル、ブルル。


 優からのお弁当のお礼のメッセージと『本日の優』なる画像が追加されている。


 何だ、これ?歯磨き中の自撮りかよ。優の生活がもろに伝わってくる。それはそれで愛(いと)おしい。ってか、愛くるしいペットみたいだ。


 きれいな歯が規則正しく並んでいる。神聖女子(アンタッチャブル)はオーラルケアも抜かりなし。ほんと、心がポンコツなとこ以外は完璧だな。

 

 顔面筋肉を緩ませて駅へと向かう、俺の心臓がトクンと鳴った。

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