第2話 アリバイ工作でドキ!
俺は佐伯優(さえき ゆう)の後ろについて、彼女がいた反対側のホームまで連行される。
彼女は、なんというか歩く後ろ姿までも様(さま)になっている。シュっと伸びだ背筋。迷いなく真っすぐにスタスタと歩くお姿。神聖女子(アンタッチャブル)という異名がピッタリだ。
猫背でトボトボと後ろについて行く俺って、女神の従者にさえなってないんだろうなー。逃げだしたくなるぜ。
階段を降りたところで彼女が振り向いた。
くっそー。可愛い。
ちょっと小首をかしげた顔なんて美少女写真集から抜けだしたみたいじゃん。そんな顔されたら心臓がいくつあっても足らんわ。
「学校に、休むって連絡入れとかないと面倒なことになるよね」
確かに!母親(おかん)に電話とかされたらヤバイ。ズル休みなんてしたことないから気づかなかった。ってか、美少女の側にいるという緊張で頭が回っていない。
「連絡って?」
「一哉(かずや)のスマホを貸してよ。私が一哉のお母さんのふりして、学校に電話するから」
「あっ、えっ。おう」
俺は慌ててポケットを探った。
この動作一つとっても、ぎこちない。スマートフォンだけにもっとスマートにできんもんか。なんてバカなことでも考えないと彼女の美貌にのまれそうだ。
あれ?今、俺の事、一哉って下の名前で呼んだよね。確かにあの場をやり過ごすために、暫定で悪友(ワルトモ)は引き受けたけど・・・。そんな仲なんですか?俺達。
てか、そもそも容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティ、天下無双の学園アイドル、佐伯優がその他大勢に紛れる平民男子である俺のフルネームを、なぜに知っているんだ?
「あのー。確認なんだけど佐伯さんと俺って話したことないよな」
「それがなにか」
「いや、普通、親しくないもの同士って下の名前で呼び合ったりしないっていうか・・・」
「そっか。そんなこと気にしてたんだ。でもほら、もう一緒に学校サボる悪友(ワルトモ)だし。ねえ、一哉」
最後の一哉の一言をいう時にピョンと跳ねて近づきやがる。この距離はやべーぞ、恋人空間レベルそのものだ。
その上、ダメ押しにクラスにいる時の愛想笑いなんかじゃない、まぶし過ぎる笑顔。ハートがとろけそうだ。
「ちっ、近いんだけど」
女子の甘い香りが鼻をぬけていく距離。アイドル顔がどアップじゃん。
神聖女子(アンタッチャブル)、佐伯優!自分の攻撃力を理解しているのか?一般人なら触れなくても大量の死人がでるぞ。
あっ。この場合、死ぬのは俺か。
「一哉も佐伯さんなんて、よそよそしい言い方じゃなくって、優って呼んで欲しいな。じゃないと、つねっちゃう」
彼女の指がスッと伸びて俺の鼻をつまんだ。死ぬ!俺、絶対に死ぬ。理解できない行動。いきなり、なにすんじゃー。
悪友(ワルトモ)ちゃうわ。超リア充カップルだって人前じゃ、こんなことやらんだろうが!
「うひゃ。変な顔。一哉、顔、真っ赤だよ」
「あっ、あのさ。佐伯さんは自分が美少女だって意識あんの?だれかれかまわず、そんなことしてたら勘違い男が続出するぞ」
「一哉さあ。なんで佐伯さんなの?優って呼んでよ」
反応するのはそっちかよ。俺は今、重要な話をしたつもりなんだけど。
高級なブランド子猫みたいなハートフルな顔をして。その内、理性を失った狼男に襲われっから。
「よっ、呼べっかよ!」
「じぁあ、サワッチとかユウリンとか!そしたら、一哉はカズッチ」
うぐぐ。有り得んだろが。佐伯優!キミ、もしかしてポンコツなのか?
学校で見せる知性あふれるお姿とのギャップが激しすぎる。同一人物とは思えなくなってきた。めまいがする。
「カズッチ!スマホまだ。電車、きちゃうよ」
遊んでるだろ。俺の事、弄(もてあそ)んでるよね。泥沼の会話を楽しんでいるだろが。切りがない!
「わかりました。一哉でいいから。佐伯優!」
俺はふてくされ気味にスマートフォンを取り出して彼女に手渡した。
「惜しい。佐伯はいらない、優だけ。じゃなきゃ電話しないもん!」
もん?悪友(ワルトモ)相手にスネ顔で口をとがらせて『もん』とか言うか?
メガトン級の爆弾が炸裂(さくれつ)した気分だ。もうどうなったって知らん。
「優!お願いだから普通の言葉で会話しないか」
「一哉!嬉しい。ふふ。初めて下の名前で呼び合える友達ができた」
なんだかなー。そりゃーまあ、神聖女子(アンタッチャブル)を下の名前で呼び捨てにできるような恐れ多いまねをする奴がいるとは思えんが・・・。
よりによってなんで俺やねん。なつかれる理由なんてこれっぽっちも思い浮かばない。
でも、なんかこいつの顔見てると嬉しくなってくる。
下の名前で呼び合う友達がいないなんて驚き。美少女って意外と大変ってか、孤独なのかも知れない。
教室での、いつものシュっとすました彼女の姿を思い出す。一分(いちぶん)のすきもない完璧な居住(いず)まい。こっちの姿が本当だとすると、相当無理してんだなと同情したくなる。
美少女には、平民男子にはわからない苦労があるのかも知れない。俺は少し彼女に興味をいだいた。
って、もう勝手に学校に電話しているし・・・。
『あっ、もしもし。私立、渋川学園高校ですか。私(わたくし)、二年一組の工藤一哉の母ですけど。うちの子、朝からおなかが痛いってトイレから出てきませんの。
はい、はい。それで今日はお休みを頂けないかと。
ええ?イジメですか?ストレスでおなが痛くなるんですか?
うちの子に限ってそんなことはないと思いますが・・・。
はい、はい。そうなんですか。不登校の予兆ですか。
はあ、うちの一哉はそんなデリケートじゃありません事よ。
ええ、ええ。注意して様子を見るんですね。
はい。わかりました。
学校内のカウンセリングにですか・・・。
その必要はないかと。なんでも話せる、悪友ができたって喜んでましたし。
はい。賞味期限切れの牛乳をがぶ飲みしましたの。ほんと、うちの一哉ったら、おバカなんですのよ。
とにかく今日は休ませますので・・・。
学校側から連絡があったりすると気にする子で。連絡はこちらから致します。そうですわね。よろしくお願いしますわ』
あえっ。面倒なことになってない!うちの母親(おかん)、そんな話し方じゃないし。普通に風邪とか熱が出たとかじゃないんかいな。
イジメとかありえんし。もう、メチャクチャなアリバイ作りじゃん!
って、なんでも話せる悪友って誰よ。
賞味期限切れの牛乳?俺、バカ、丸出しじゃんかよ。
「一哉!大成功。これで学校側から家に連絡がいくことないから。スマホ、返すね」
あほか!ひとごとだと思って。大成功じゃないだろー。力が抜けていく。トホホな展開に先が思いやられる。気力が尽きそうだ。
学園きっての神聖女子(アンタッチャブル)、佐伯優。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能!三拍子揃い組のクールビューティの本性は天然ちゃんなのかも知れない。
「はい。じゃあ、一哉が電話する番ね」
「俺が電話するのか?」
「うん。優のお父さん役」
優の電話はハチャメチャなストーリーだったが、一応の問題解決に至っている。対してヘタレな俺が、正直、うまくやれるか自信がない。
自分の番が回ってくるのは当然と言えば当然だけど、演技なんてしたことない。バレそうだ。
「うちはお母さん、離婚して出ていったから・・・。お父さんが優の母代わりなんだ・・・」
うっ。寂しそうな顔。こんな所で身の上話を聞くことになるとは思わなかった。
そうなんだ。プライベートだもんな。完璧だと思っていた彼女でも色々と悩み事があるだろうな。
レベルが違い過ぎて同じ人間にはとても思えなかったけど。親近感が湧いた。
元気づけるのも悪友(ワルトモ)の仕事かもしれない。
「お、おう。優のお父さん役な。任せとけ」
俺は彼女のスマートフォンのボタンを押した。ああは言ったものの怖えー。堂々と嘘つくなんて初めてだ。
しかも、電話の相手は生徒の嘘を見抜く百戦錬磨の岩本先生。緊張するー。
「頑張って。一哉!」
プルルルル。プルルルル。ガチャ。
ドキ!
心臓が痛い。
『はい、私立、渋川学園高校です』
『二年一組の佐伯優の父ですが。た、担任の岩本先生をお願いします』
ビビッて噛(か)んでもた。落ち着け俺!
『私が二年一組の担任、岩本です』
いきなりかよ。本日、二度目の女教師のヒステリー顔が頭をよぎる。怖え。美しい顔が般若へと歪んでいく姿を思い出しただけで不安がつのる。
『えー。佐伯優の父ですが、娘がそのー。気分が悪いと・・・』
『女の子の日ですか』
女の子の日?なんのことか。意味がわからない。
あっ!保険で習ったあれか。そうなのか?そんな言い訳があるのか。男子の俺にはまったくわからん世界だ。
ってか、この展開マズくない。高校生って、もう十分に子供が作れる歳なんだ。そう思っただけで、目の前の神聖女子(アンタッチャブル)を意識して顔が熱くなる。
佐伯優が目を真ん丸にして俺の顔をのぞきこんでくる。
ドキ!
心臓が高鳴る。
電話を替われと佐伯優が目線で合図してきた。
『むっ、娘に替わります』
『あっ、先生。佐伯です。
はい。なんか最近、ちょっと重くって。
勉強のし過ぎ?そんなことないです。
毎月のことですから。一日休めば治ります。
幸い明日は、土曜日ですし。月曜日には普通に学校にいけると思います。
はい。ええ、無理はしません。
ありがとうございます。心配をかけて申し訳ございません。
ええ、なにかありましたら、また電話します』
さすがは優等生。岩本先生の信頼が絶大というか。俺の時の対応とはまるで違う。こんな所で、日頃の人間性の違いを思い知らされるはめになろうとは・・・。
てか、俺、超ー情けない。役立たずじゃねーか。佐伯優の悪友(ワルトモ)なんて無理あるよなー。居心地が悪くなってきた。穴があったら入りたい気分だ。
「一哉。ありがとう。えへっ、うまくいったね!」
「あっ、うん」
お礼を言われると益々肩身が狭くなる。恐縮至極(きょうしゅくしごく)って気分になった。
タイミングが良いのか悪いのかホームに電車がすべ込んでくる。
「いこっか」
優の手がスッと伸びて、極、自然に俺の左手をつかんでギュッと握る。あれっ?これって恋人手つなぎ!互いの指と指が絡まってるし。
頭の中も目いっぱい絡まりだして、俺の心臓がトクンと鳴った。
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