第205話
「結局成人(15歳)まで預かる形になっちまったな……」
「お世話になりました!」
兄のオシアスに元気でいることを知らせるために年に数回は帰っていたが、ケイの指導を受けに来ていたラファエルが、とうとうエナグア王国に帰ることになった。
成人年齢になるまで何年も預かっていたため、完全にアンヘル島の住人として馴染んでいた。
そのため、魔人大陸に帰るということになり、住人たちはみんな寂しい思いをしていた。
しかし、今生の別れでもないため、みんな笑顔で分かれることになった。
最後にケイが感慨深そうに呟くと、ラファエルは深く頭を下げた。
「エナグアに戻っても訓練をかかすなよ!」
「はいっ!」
ケイによる何年もの修行で、恐らくラファエルは魔人族の中で最強と言ってもいい程の実力をつけたと思う。
他の大陸よりも危険な魔物が出現する魔人大陸なら、魔物退治をして1人でも強くなることができるかもしれないが、町から出てこの島にきているのは特例だ。
戻ったらまた20歳にならないと出ることはできないだろう。
しかし、1人だけで出来る訓練はある。
ここを離れてもラファエルなら何とかなるはずだ。
ケイが訓練を継続するように言うと、ラファエルはいつものように元気に返事をした。
「…………」
「オスカルも最後に何か言え!」
ラファエルが魔人大陸に帰るとなり、一番へそを曲げていたのはオスカルだった。
2人とも才能があったため、同年代にライバルと呼べる人間がいなかった。
そのせいで伸び悩んでいたが、お互いを引き合わせた所それが上手くいった。
ほぼ互角の実力を持ち、ケイの指導をライバルとして切磋琢磨してきた。
今もお互い実力的には伯仲していて、オスカルとしてはこのままこの島で訓練を続けたいというのが本音なのだろう。
別れの挨拶をしたくないのか、ずっと黙って不機嫌そうにしていた。
そんなオスカルを仕方がない奴だと思ったケイは、無理やり挨拶をするように促した。
「ここにいればずっと鍛えられるって言うのに……」
ケイやレイナルドたちによって、アンヘル島のダンジョンはずっと成長を続けてきた。
とんでもない化け物の巣窟となっているダンジョンは、2人にとっても訓練場としては最適なのだ。
それなのに帰ってしまうなんて、自分との勝負を放棄したように感じてしまう。
どうせ戻っても町の外に出してもらえないというのなら、20歳になるまでここにいれば良いと思えてしまうのだ。
「フンッ! 俺は魔人大陸でもお前よりも強くなってやるよ!」
いつものように憎まれ口を言って来ると思っていったのに、オスカルが本気で残念そうな表情をしたため、ラファエルは少し面食らう。
何だか湿っぽくなりそうだったため、ラファエルの方から憎まれ口をたたくことにした。
「無理だね! 20歳まで町から出れないうえに、魔人大陸の魔物なんて今の俺やお前にしたらたいしたことないじゃないか!」
「それでも負けない!」
島のダンジョン内で出る魔物は強力になり、そこで訓練してきた2人は今では魔人大陸の魔物なんて脅威に感じなくなっている。
しかも、魔人族には20歳以上にならないと町の外に出られないというルールがある。
これまでの留学という特例がなくなり、ラファエルもまた外に出られなくなるということだ。
とてもこれまでの成長を維持できるのか疑問に思える。
そんなオスカルの言葉に対し、ラファエルは自信ありげに言い返してきた。
「頑固者!!」
「そっちこそ!!」
根拠のない発言に、オスカルは意地になっているのだと思った。
そうなると、いつものように売り言葉に買い言葉と言った状況になる。
せっかくの別れがめちゃくちゃになりそうになった。
「また魔人大陸に異変が起きている。俺は故郷を守るために帰るんだ!」
最近魔人大陸の魔物に変化が起きている。
魔人大陸は元々魔素の濃度が濃いため強力な魔物が多く存在していたのだが、最近その数が増え始めていると話題になっている。
それに対応するように、エナグア王国の戦闘部隊が討伐に出て、何とか数を減らすように頑張っている。
しかし、その討伐している数よりも増加する速度の方が速くなっていて、このままでは対処できなくなるかもしれないという話だ。
それをケイから聞いたラファエルは、もしもの時のために国に戻ることを決意したのだ。
「……フンッ! さっさと帰っちまえ!」
エナグア王国にラファエル以上の実力を持つ人間は存在しない。
もしも今日ろくな魔物のスタンピードが起きたとしたら、エナグア王国は崩壊してしまうかもしれない。
そうなったら、ラファエルの兄のオシアスも命を落とすことになる。
そうならないよう、もしもの時は自分も戦うために帰るのだ。
ラファエルのその気持ちも分からなくない。
オスカルだって、この島の住人に危険が迫ると知っていれば、同じような選択を取ることだろう。
それが分かっていても、ライバルがいなくなってしまう残念な思いも捨てられない。
2つの感情が交じり合っているのだ。
結局、自分の感情で止めて置けることはできないと、オスカルは折れることにした。
「まぁ、転移魔法もあるし、従魔の速鳥を使えば手紙のやり取りができる。困ったらいつでもここに助けを求めればいい」
「はい! その時はよろしくお願いします!」
島の代表として、最後にレイナルドが話しかける。
ラファエルのことを認めているが、転移魔法はエルフ族にとって重要な魔法である。
ケイが作り出した魔法で、秘匿すべき魔法だ。
でないと、また人族にこの島を狙われる可能性があるからだ。
そんな理由もあってレイナルドやカルロスは教えることを渋っていたが、ラファエルはいつの間にか使えるようになっていた。
どうやら独学で練習していたようだ。
転移魔法を見せられた時は、やはり天才だとケイを感心させることになった。
速鳥というのは、ラファエルの従魔だ。
とんでもない速度で飛ぶ鳥で、長距離を移動できるスタミナも持っている。
人族の冒険者ギルドでは、情報を通信し合うために保有している重要な鳥だ。
それを何故ラファエルが従魔にしているのかというと、昔ラファエルが卵から孵した雛が速鳥の雛だったのだ。
転移魔法を覚えた今ならラファエルが単独移動する方が速いかもしれないが、ただでさえ人に見られると面倒な上に、かなりの魔力量を消費するためおいそれと使用できない。
それに引きかえ、速鳥なら毎日毎日飛ばすようなことをしなければ問題なくやり取りができる。
エナグアからだと速鳥の行きで1日から1日半といったところ。
そのタイムラグがあるが、もしもの時はケイならすぐに駆け着けることができる。
もしもの時は助けを求めるよう促した。
「ではそろそろ行くとしよう」
「はいっ! 皆さんお世話になりました! またお会いする日を楽しみにしております!」
最後にケイの島のみんなに頭を下げ、ケイの転移の魔法によりラファエルは去っていった。
「チェッ! 本当に行っちった……」
「まぁ、その内また会えるさ」
強がりを言っていたが、本当にラファエルがいなくなってしまったことで、オスカルは段々と表情が暗くなっていった。
そんな息子に、カルロスは肩に手を置いて慰めるような言葉をかけた。
「あいつより強くなって、後悔させてやる!」
「そうだな。まぁ、その前に今日の仕事をちゃんとやれよ!」
家族のためには戻らなくてはならない。
その選択をしたラファエルに次に会った時のことを考えて、オスカルはいつものようにダンジョンに向かおうおうとした。
しかし、それを止めるように、カルロスは肩に置いた手に力をこめる。
「ぐぅ……」
朝の畑仕事をサボったことがバレて、オスカルは顔を青くした。
ラファエルが去って寂しい思いをしつつも、島はいつもの日々に戻っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます