第177話

「……何だ?」


 褒美の魔道具につられてセベリノに頼まれたケイは、エヌーノ王国へと転移した。

 魔人の国であるエナグア王国を攻めていたが、見事に返り討ちに遭ったことで相当国内は酷いことになっていると思っていたが、予想通り以前きた時とは違う様子を醸し出していた。

 エルフと気付かれないように特徴となる長い耳を隠すようなカップを装着し、普通にエヌーノ王国の首都へと進入しようとしたのだが、王都へ入る門の所からもう違和感を感じていた。


「これは……」


 門番の検閲もなく(というよりも門番が存在していなかった)、すんなり町中に入ることができたケイは、町中を見て驚く。

 前回きた時もすでに市民が困窮しているように見えたが、魔人大陸の侵攻に失敗したことが知れ渡ったからか、更に荒れた町並へと変わっていた。

 店なんて開いている所はなく、路地には餓死した人間が転がっている始末だ。

 元々侵攻が成功していたとしても、同じ結果だったのではないかと思えてくる。


「……王城に籠城してんのか?」


 人の気配がないので捜し歩いていると、王城が近くに見える所にたどり着いた。

 市民は皆武器を持ち王城を取り囲んでいる。

 王城内がどんな状況なのか気になる所だが、これではケイでも入ることはできなさそうだ。

 恐らく、暴徒化した市民が攻め込んでくるのを見越して、王城へと入る橋を上げてしまったらしく、堀に囲まれているせいで市民たちも進入できないでいるようだ。

 堀を埋めてしまえば攻め込めるのだと思うが、市民たちは王族たちをこのまま餓死させたいのかもしれない。

 王城内の人間は一人も出入りさせないつもりのようだ。


「市民の暴徒化か……」


 離れた所で眺めつつ、ケイは一人呟いた。

 王族が勝手な作戦を実行して大失敗となったら、市民からしたらそれは腹立たしくて我慢ならないだろう。

 この状況にした王族たちをジワジワと苦しめている所を見ると、人の憎悪とは恐ろしいものだ。

 一応ケイもアンヘル王国のトップという地位にいるので、今さらながら自分も好きに動いていることが申し訳なく思えてくる。


「放って置いても大丈夫だろうが、あんまり長いこと続いても面倒だな……」


 このままにしておいても、もう国としては終わっている状況だ。

 なので、ケイが何かする必要なんてないのだが、はっきり言ってそろそろ島に帰りたい。

 潰れるのを待っていたら、あと何か月かかるか分からないので、ケイとしては悩みどころだ。


「どっかの国に攻め込ませるか……」


 高い山に囲まれたこんな小国を手に入れようとなんて、周辺の国は思ってもいないだろうが、簡単に手に入れられるなら欲しいと思うかもしれない。

 そのためのお膳立てをしてやろうと、ケイはあることを思いついた。


「たしかこの辺かな?」


 エヌーノ王国の王都から南へ向かったケイ。

 その眼前には高くそびえ立つ山が存在している。

 その中でも、渓谷になっている所に隣国へ続くための道を作ってしまおうという考えだ。

 そうすれば山越えなんてしなくても行き来できるようになるので、攻め込むにしてもそれほど苦にもならないはずだ。


「ハッ!」


 道を作ると言っても、山にトンネルを掘るとかいう訳でなく、ただアップダウンがきつくならないように、つ最短距離になるように道を整えていくだけだ。

 土魔法で川沿いに道を作っていくと、樹々が邪魔をしてなかなか進まないが、山を越えることに比べればたいした苦にもならない。


「ふぅ~……、後2、3日はかかるかな?」


 道を作りつつ進んで行っていると、いくらケイの魔力が多いと言っても疲れてきた。

 隣国で一番近い村までの距離を考えると、単純に計算しても2、3日。

 思ったより順調に進んでいるが、先はかなり長い。


「レイナルドか、カルロス連れてくるかな……」


 こういった大掛かりなことをするなら、自分と同じく魔力量が豊富な息子たちを連れてくるべきだったとケイは思い始めた。

 特に、カルロスは土魔法が得意なようなので、道づくりなんて得意そうだ。


「任せっぱなしにしといてそりゃないか……」


 息子を連れて来て手伝わせるということを思いついたが、すぐにその考えを改める。

 妻の美花が死んで抜け殻のような気持になったケイは、息子二人に島のことを任せて家出してしまった。

 人族大陸を横断して日向の観光。

 そんなことを勝手にして、島のことをほったらかしていたケイが、自分の思い付きに付き合わせるのは何だか申し訳なく思えて来た。

 日向から帰った時、島はレイナルドを中心としてしっかりと平和に発展して行っていた。

 前世の知識を生かして色々したいところだが、アンヘル島の良いところは長閑でのんびりとしたところだ。

 忙しなく過ごさなければならないようになるのは、今後次第で考えればいいことだ。


「……さっさと続けるか」


 島に帰ってもケイがいる意味なんてそれほどないだろうが、息子や孫たちの顔が恋しくなってきた。

 頼ることができないなら、自分でがんばるしかない。

 少しの休憩を取ったケイは、腰かけていた岩から立ち上がり、道づくりの再開をした。







「やっと村が見えてきた」


 道を作り続けること3日。

 目指していた隣国の村が、ケイの目に映ってきた。

 特に何かの産業があるとかではなく、農業を中心としている村だ。


「後はこの道が知れ渡れば……」


 隣国へ続く道なんて、誰も知らなければ何の意味も成さない。

 攻め込んでもらうにしても、軍部の耳に入らなければ攻め込もうなんて思うことすらないだろう。

 ケイが思いつくのは、地道に広める草の根作戦しか思いつかない。

 そのことは一先ず置いておいて、ケイは村で休ませてもらおうと向かって行った。


「んっ? この反応は……」


 無村に近付くにつれて、ケイは眉をしかめることになった。

 何故なら、たいして住民の多くない普通の村のはずの所に、多くの人間が集まっている反応が探知できたからだ。

 その数は、とても村に移住して来たとは考えにくい。


「兵士? 攻め込む気だったのか?」


 更に近付くにつれ、その集まっている人間のことがなんとなく分かってきた。

 彼らが装備している鎧などから察するに、エヌーノへ攻め込む準備をしているかのような出で立ちだ。

 もしかして、山越えするつもりでいるのだろうか。


「ツイてるな! 奴らが攻めるなら道のことを教えるチャンスだ」


 手に入れるだけ手に入れて、後で使い道を考えるつもりなのだろうか。

 ともかく、山越えなんて時間のかかることを何とか止めないといけない。

 ケイは少し急いで村へと向かって行った。






「本当ですか? 隣にできた国がもう潰れかかっているというのは……」


「えぇ……。山を越えてきた者が言っておりました」


 村長らしき老人が、兵を率いてきた男性に問いかける。

 小国とはいえ、元々自分たちの害にならないか偵察を送っていたのだが、その偵察からの報告が軍を動かすことになった。

 軍を率いて魔人大陸に向かい、返り討ちに遭って戻ってきたと聞いた時には、思わず笑ってしまった。

 魔人が武器の性能頼りでなくなっていたことには驚いたが、それが分からずに攻め込んだのは金や兵の無駄遣いでしかない。

 そんなのが王として君臨しているなんて、他国とは言え市民たちが可哀想で仕方ない。


「これから我々は、山を越えて隣国へ攻め込むつもりだ」


「左様ですか……」


 隣国までの山越えはかなり厳しい。

 アップダウンの連続な上に、魔物も多く出現する。

 それを思うと、大変な道へ向かう兵たちの健闘を祈るしかできない。


「……失礼!」


「「んっ?」」


 2人が話している所へ、旅人風の服装をした容姿が美しい男が割って入って来た。


「エヌーノへ向かうのでしたら、近道がありますのでご案内いたしますが……」


 話しかけたのはケイ。

 村に入って来てみれば、ちょうど2人が話していたので都合が良かった。

 そのため、2人の話に割って入り、道案内のことを話しかけたのだ。






「本当にこっちに道があるのか?」


「はい」


 ボロの服を着たケイは、スツル王国の部隊をエヌーノへ向かうための道へと案内する。

 ケイの中では、エヌーノ王国から逃れてきた市民という設定にしており、エヌーノへの近道を教えるといって一緒に北へ向けて進んでいる。

 スツルの部隊の者たちも、エヌーノの市民というケイのことを信用していないらしく、いつでも斬り殺せるようにとケイの背後で剣をいつでも抜ける体勢でついてきている。


「こちらです。この川沿いに道があります」


「こんな所聞いたことがないが……」


 目印となる川を見つけ、ケイはそのわき道を指差す。

 山へと向かう入り口付近は、たしかに人が通れる道があるが、その先がどうなっているかは、進んでみないと分からない。

 そのうえ、罠が仕掛けられているという可能性も存在しているため、このまま進むのは少し躊躇われるところだ。


「……たしかに川沿いに通れる道があるな」


 数人の隊員と共に隊長らしき男が周囲を探知するが、川沿いの道付近に罠らしきものは感じられない。

 言っていることが本当なら、この道を進んでみるのも手かもしれない。


「みんな、俺はこの道を通ってみようと思うのだが、どうだ?」


「隊長の考えに賛成します!」


「わざわざきつい山登りしなくて済むんなら、行ってみる価値はあると思います!」


 案内されたところには、確かに道のような物が存在している。

 元々ここに集まった者たちは、エヌーノ王国へ向かうために編成された山岳部隊の面々だ。

 険しい道を想定した装備と荷物で来ているので、もしもこの道が険しくても対処できる。

 なので、隊員たちは隊長の男の言うように、案内された道を進むことに賛成した。






「まさかこんなにすんなり山越えができるなんて……」


 ケイが舗装した川沿いの道を通ると、3日でエヌーノ王国側へと辿り着いた。

 そのことに、隊長の男は何とも呆気なく感じていた。

 本来なら2週間近くかかるような行程が何の苦も無く進めたのだから、そう思ってしまうのも仕方がない。


「あそこがエヌーノ王国の王都入り口か……」


「私がいた時は、もう入り口で身元を調べたりすることなどもなくなっております。ですので、王都内へは何の抵抗もなく進入できるはずです」


 装備を整え、王都内へ向かうことにしたスツル王国の部隊の者たち。

 ケイはエヌーノの人間だということ以外は本当のことを話しているので、特に怪しまれたりすることがない。

 それどころか、欲しい情報を教えてくれるので、スツルの者たちは特に警戒もしなくなっている。


「いい情報をもらった。荒事になる可能性もあるので、君は安全な場所に身を隠していてくれ」


 これから一気に王都内へと入って行くということになり、隊長の男はここまで案内してくれたケイに対して感謝の言葉を述べる。

 そして、王都内に入れば当然揉め事が起こる可能性があるため、巻き添えにならないように隠れているように言ってきた。


「分かりました! どうか市民だけは救ってください!」


 ケイとしては、後はどうなるかを遠くで見ているつもりなので、ここで彼らと別れられるのはありがたい。

 他の市民のことを気遣うような殊勝なことを言って、ケイはその場から離れて行った。


「行くぞ!」


「「「「「おうっ!!」」」」」


 ケイが近くの森に姿を隠したのを確認したスツルの部隊の者たちは、隊長の一声と共にエヌーノの王都内へと進入していった。


「さて……、どうなることだか……」


 スツルの部隊が町の中へ入って行ったのを見て、ケイは王都の防壁の上へと跳び上がる。

 ここからなら、望遠の魔法を使ってのんびりと眺めていられる。

 後はただ眺めて成り行きを見つめるだけだ。






「おいっ!」


「んっ!?」「何だっ!?」


 王城を取り囲む市民たちは、武装した兵が近付いてくることに気付き慌て始める。

 手には鍬や草刈り鎌などを持ち、警戒感を高めている。


「あの旗は……」


「確か、スツルの……」


 市民の中には兵たちが持っている旗の紋章に目が行き、それが隣国のスツルの国旗だということに気付く。

 その呟きが伝播していき、市民たちはざわざわとし始める。

 そして、持っていた武器を下げ、敵対する気はないという意思表示をした。


「エヌーノの市民の皆! 我々はスツル王国の兵である!」


 ケイの案内で来たスツルの兵たちは、整列して集まっている市民の前に立ち止まる。

 そして、隊長の男は市民たちに向かって大きな声で話し始めた。

 腹から出ている響くような隊長の言葉に、エヌーノ市民の者たちは完全に萎縮して大人しくなった。


「我々は市民の方々に危害を加えるつもりはない! エヌーノの王族を滅ぼすというなら我々に協力を願いたい!」


 市民の者たちを相手に戦ってわざわざ疲弊するより、このまま市民と協力してエヌーノの王族を滅ぼすことにした方がすんなりとことが運ぶと判断した隊長の男は、協力を頼むという体で市民を味方につけることにしたようだ。


「やった!」


「スツルの協力が得られるぞ!」


 市民たちはスツルの兵たちと戦うつもりはないらしく、むしろ強力な後ろ盾ができたことで喜んでいるようだ。


「この中に代表の者はいるか?」


「私が一応まとめ役のようなことをしております」


 市民からしたら、どうやら王族を潰せるなら他国に協力することもいとわないようだ。

 それはスツルの部隊の者たちも喜ばしい。

 何の苦労もなくエヌーノを潰すことができる上に、その後この地を統治するうえでもすんなりとことを運ぶことができるだろう。

 協力をする上で、まずは市民をまとめている人間と話合いたい。

 そう思い、隊長の男は周りを見渡してリーダーらしき者に出て来てもらう。


「では、我々とこれからの戦略を話し合おう!」


「分かりました!」


 そう言って、隊長の男は市民のリーダーらしき男と共に、近くで会議ができそうな建物へ行くことを提案した。

 リーダーの男も、このまま王族が餓死するのをただ黙っているのそうかと思っていたところだ。

 そのため、スツルの協力にはとてもありがたい。

 言われた通り、隊長の男と主に近くの建物へ案内していったのだった。






◆◆◆◆◆


「その後は、とてもすんなりと片付きましたね。スツルから兵や物資も届き、市民の協力をしてエヌーノの王族が全員捕まりました」


 案内したスツルの部隊のその後を見届けたケイは、事の成り行きを伝えにドワーフ王国へ戻ってきた。

 そして、王城内へと案内されて、王太子のセベリノに説明をし始めた。


「その後、捕まった王族は市中を引き回され、磔にされてそのまま餓死するまで放置されてました」


「……そうですか」


 捕まったエヌーノの王族と言っても、王妃や王女などは苦しまないように服毒死させられ、磔にされたのは男の王族だけだ。

 磔にされた王と王太子は、市民から毎日のように石を投げられ、口には猿轡、顔には袋を被せられているため、どんな顔をしているか分からないまま死を迎えることになった。


「死んだことが確認された後は、火葬されて適当な場所に埋葬されていました」


「…………自業自得とはいえ、何と言って良いか分からないですね……」


 自分勝手に魔人たちの所へ攻め入った時、彼らはこのような結末になることを想像していなかっただろう。

 セベリノもケイも多くの市民を預かる身という意味では、エヌーノの王たちと同じ立場にある。

 彼らのように自分勝手に市民を導けば、同じ結末に遭うということを肝に銘じておかなければならない。


「ご苦労様でした」


「いいえ……」


 ケイとしても、結末を見れたことで教訓になった。

 勝手に日向に行ったりしたことを、内心反省した。

 その後、セベリノへの報告が終わったケイは、島のみんなに会いたくなり、早々に島へ転移していった。


「あっ!!」


 アンヘル島の自宅へと転移すると、自宅前には2人の息子が立っていた。

 たまたま近くの畑を手入れしていた2人は、ケイの姿を見て固まる。


「……おぉ!」「……おかえり」


「ただいま……」


 久々の再開に、3人の間には変な空気が流れたが、息子たちと短く言葉を交わしたケイは、一緒になって畑作業を始めたのだった。


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