第148話

「半分に分かれてくれてありがたい!」


“パパパパ……!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 ファーブニルに追われて北へと向かったと思っていたケイが、どういう訳か戻って来ていたことに剣術部隊の面々は慌てた。

 そのせいか、ケイの攻撃に対しての対処が鈍り、多くの者が銃撃を食らう破目に遭った。

 2手に分かれたことで、数が減り精神的に楽になったケイは、強めに威力を上げた連射を放ち、物言わぬ骸へと変えていく。


「くそっ! 八坂の前にそいつを殺せ!」


 八坂のことを殺しに向かってきたのだろうが、これではケイと八坂に挟み撃ちにされたような状態だ。

 剣術部隊の面々は、数の多い八坂の方ではなく、細かいながらも多くの傷を負っているケイを優先的に倒すべく向かってきた。


「いい判断だが、遠距離攻撃がないのは致命的だ!!」


 日向の剣士たちは、剣術に魔力を合わせる戦いを模索しているうちに、魔闘術を使いこなせるようになってきたのだろう。

 たしかに、魔闘術を使えるようになるだけで、かなり戦闘力が上がってはいる。

 しかし、大陸の人間のように、魔法を使わない戦いをしてきたからか、魔力を体外へ飛ばすという行為が極端に不得意になっているのかもしれない。

 接近戦での強さはたしかにケイも認めるが、それだけでは戦闘の幅が狭い。

 エルフという種族は、本来膨大な魔力を利用して遠距離から戦うことを得意とする種族だと思う。

 まさに、日向とは正反対だ。

 相性的にどちらが良いのか分からないが、ケイの場合は接近戦も得意な方だ。

 その分戦術面での引き出しも多く、どの距離でも戦えるからこそ数を相手にしても対処できる。

 遠くから攻撃をして近付かせず、接近されれば武術で対応する。

 それによって、剣術部隊の隊員はジワジワ減っていくことになった。


「チッ! ファーブニルもの魔物を連れて来たと言うのに、これでは何の意味もないではないか!!」


 肉眼では豆粒のように見えるほど遠くの位置で、北へ離れた剣術部隊の者が逃げ惑っている。

 その様子に、今回の作戦の総指揮をとっている坂岡源次郎は舌打ちをする。

 まさか、魔物を擦り付けられるとは思わず、どうしていいか分からない状況のようだ。

 大陸の冒険者なら御法度だが、ここ日向ではそんな事決まっていない。

 そのせいで、このようなことになるとは思っていなかったのかもしれない。


「……ここから大砲は届くか?」


 このままファーブニルを放っておいたら、北へ行った仲間が全滅してしまう。

 捨て駒の浪人どもと違い、彼らは綱泉家にとって重要な役割を担っている者たちだ。

 何とかして救いたいが、源次郎に選べる手段は一つしかない。


「残り3発、全て撃ち込めばもしかしたら……」


 源次郎の問いに、部下の男は曖昧に答える。

 可能性的にギリギリといったところなのかもしれない。


「……仕方がない。やれ!」


「了解しました!」


 源次郎の指示を受け、部下の男はすぐに行動を開始する。

 ケイがいる方へ向けていた大砲を、ファーブニルのいる方へと向け、狙いを定め始めた。


“ドンッ!!”“ドンッ!!”“ドンッ!!”


「っ!? どこに向かって……」


 剣術部隊の者たちを相手にしていたケイが、大砲音にまたかと思って目を向けるが、砲口はこちらには向いていなかった。

 それに訝しんでいると、大砲が向いている方向を見てすぐに察しがついた。


「って、ファーブニルにか?」


 大砲が向いているのは、ケイが擦り付けてきたファーブニルがいる方向だった。

 ケイに使うよりも、ファーブニルを攻撃してこちら側に目を向けた方が、仲間を救えると思ったのだろう。

 大砲の砲撃で仲間にも被害が及ぶかもしれないが、それでも何もせずにいれば全員ファーブニルの腹の中になってしまう。

 それを阻止するにはこれしかない。

 源次郎としても苦渋の選択に、歯ぎしりをする思いだった。


「っ!? 当たった!?」


 大砲の命中精度が高い連中を連れて来て正解だった。

 何とか剣術部隊の仲間の巻き添えを最小限にして、ファーブニルに球を当てることに成功した。

 それを見て、源次郎は思わず拳を握って笑みを浮かべた。


「グゥラァーー!!」


「ゲッ!? 戻ってきたか!?」


 大砲の球の直撃に痛みを感じたのか、ファーブニルは剣術部隊の隊員を食べるのをやめてこちらへ顔を向けた。

 3発当たったというのに、大きな怪我をしていないように見える。

 自分に痛みを与えた者へ怒りを向けようとしたが、ファーブニルはどうやら何によって攻撃を受けたのか気付いていないようだ。


「……何か俺に目を向けてないか?」


 原因が分かっていないようなのに、何故かファーブニルはこちらへ向かって走ってくる。

 そのことに疑問を持っていると、自分に目を向けているとケイは気付く。


「ヤバい! 八坂様たちは避難を!」


「わ、分かった! しかし、お主は?」


 ファーブニルがこちらへ向かって来ていることに、八坂たちも気付いている。

 なので、退避の指示を出すケイ。

 さっきまで相手にしていた剣術部隊の者たちは、いつの間にかケイたちの相手をやめてもう避難を開始していたため、八坂たちもその指示に納得した。

 しかし、ケイがその場から動かないでいることに疑問を持った。


「どうにか時間を稼いでみます!」


 八坂たちが逃げるとしたら、怪我人もいることから時間がかかる。

 その間、ファーブニルが待ってくれるわけもない。

 だとすると、誰かが足止めをしならなければならない。

 それができそうなのは自分しかいないと思ったケイは、足止めをすることを八坂らに告げた。


「無茶だ!! お主も逃げるべきだ!!」


 ファーブニルの相手なんかして、ただで済むはずがない。

 そのため、八坂はケイも一緒に逃げることを提案する。

 元々、ケイは八坂へ助力するつもりなどなかったはず。

 命を懸けてまで救おうとしていることに感謝しつつも、どうしてそこまでしてくれるのかが分からなかった。


「大丈夫です! それに、殺られるつもりもないですから!」


 たしかにファーブニルを相手にするのはきついが、八坂たちが町に逃げ込めるくらい剣術部隊の人数を削ったつもりだ。

 町に逃げ込めば、一般市民がいる中で八坂を攻撃することになる。

 そうなれば、剣術部隊と同時にそれを動かす権限を持つ上重にも問題が飛び火するだろう。

 それに、ファーブニルを相手にするからといって、ケイは殺されるとは思っていない。

 何故なら、最悪の場合転移して逃げることができるからだ。

 そのため、ケイは八坂たちだけを逃がし、迫り来るファーブニルを待ち受けた。


「よしっ!」


 上手いことファーブニルの意識がケイに向いたことに、坂岡源次郎は笑みを浮かべた。

 これで味方に被害が及ぶことはなくなるだろう。


「俺たちは八坂を追うぞ!」


「かしこまりました!」


 崖下で戦っていた剣術部隊の者たちは、ファーブニルとケイたちによってかなりの死人と怪我人が出ている。

 逃げる八坂たちを追いかけて殺すにしても、人数が足らないかもしれない。

 町に逃げられたら、大名である綱泉家や上重がただでは済まなくなるかもしれない。

 部下で実行役の源次郎は当然切腹させられる事だろう。

 最終手段として、美稲の町ごとの全滅させるという策もあるにはあるが、一人残らず完璧に始末をしなければならないとなると難しい。

 それに、部下には美稲に親族なり知り合いも住んでいる者もいるだろう。

 そういった者たちへ疑心を与えることにもなりかねない。


「何としても八坂を殺すぞ!!」


「はいっ!」


 丁度いい崖の上に陣取った源次郎たちだったが、場所的に馬が登れなかったのがイタい。

 この崖の上から追いかけるとなると、総員全速力で走るしかない。

 魔力に物を言わせ、源次郎と30人程の部下たちは崖を駆け下り始めた。






「っ!? あいつ、追いかけ始めやがったな!?」


 ファーブニルが迫って来ているのにも関わらず、ケイは源次郎が崖の上からいなくなっていることに気付く。

 八坂たちが逃げたのを見ていたのだから、追いかけるのは当然だろうが、状況的にかなりまずい。

 ケイはファーブニルを相手にしなければならないし、源次郎の実力を考えると、八坂につけたキュウだけでは結構つらい。

 八坂たちもどれだけ魔力が残っているかも分からない。

 もしかしたら逃げ切れない可能性が出てきた。


「魔力を使い切るつもりで行くしかないか?」


「ガアァーー!!」


 逃げた八坂に追いつき、源次郎の相手にしなければならないことを考えると、魔力の残量を考えた戦いをしなければならないのだが、そうなるとファーブニルの相手に時間をかけなければならなくなる。

 今は時間がもったいないので、迫り来るファーブニルと本気で戦うことに決めた。


「ヌンッ!!」


“ボッ!!”


「ガァッ!?」


 本気を出すことにしたケイは、魔闘術に使う魔力を一気に増量した。

 その魔力の量に、ファーブニルが一瞬たじろぐ素振りを見せた。

 人間が出す魔力の量ではないと感じたからかもしれない。


「止まってて良いのか?」


 膨大な魔力に足を止めたファーブニルに対し、ケイは体内から魔力を絞り出しながら問いかける。

 ファーブニルに言葉が通じているかは分からないが、そんなことは関係ない。

 単純に気分の問題だ。


「食らえ!!」


“ゴッ!!”


 2丁拳銃をファーブニルに向け、体に纏った魔力を銃に凝縮して発射するイメージ。

 膨大な魔力が1ヵ所に集まり、空気がピりつくような錯覚に陥りながら、ケイは魔弾を発射する。


「っ!? ガッ!!」


“ボッ!!”


 ケイが自分に向けて放った攻撃を見て、ファーブニルは慌てて攻撃をしようとする。

 口を広げて魔力を集め、それを巨大な水弾として放ってきた。

 どうやら、ケイの魔弾を相殺しようという考えらしい。


“ドンッ!!”


「ぐっ!? 魔力を溜める時間もたいしてないのに、すげえ威力だな!?」


 ケイの魔弾とファーブニルの水弾がぶつかり合うと、その場で互いに押し合いへと変わる。

 その圧力に、ケイは一瞬顔をしかめる。


「でも、舐めんな、よっ!!」


「ガッ!?」


“バシュッ!!”


 たしかにファーブニルの攻撃は、咄嗟に出した割にはかなりの魔力が込められている。

 しかし、それだけでケイの攻撃は抑えきれない。

 少しの停滞の後、水弾を霧散させ、ケイの魔弾がそのまま一気にファーブニルへ向かって飛んでっいた。


「っ!?」


“ザシュッ!!”


「ギャッ!!」


 水弾が押し負けたため、慌てて回避しようとしたファーブニルだが、時すでに遅く、ケイの魔弾が体を貫通していった。

 強烈な痛みに悲鳴を上げたファーブニルだが、目はまだ死んでいない。

 どうやら下半身が動かなくなったようだが、まだ無傷の上半身が残っている。


「ハァ、ハァ……、当たった場所が良くなかったか?」


 魔力を一気に消失したケイは、肩で息をしながらファーブニルを見つめる。

 水弾を放った顔を目掛けて発射したのだが、ファーブニルの体の方に当たってしまった。

 無駄に見えた先程の水弾も、僅かにケイの魔弾をすらすことになったのかもしれない。

 それでもかなりの致命傷を与えることには成功したのだが、ケイからするとかなりまずい。

 疲労感で座り込むのを耐えている状態で、さっきのような攻撃はしばらくできそうにない。


「ガァー!!」


“ボワッ!!”


「っ!?」


 瀕死の状態とはいっても、むしろ魔物はこういう時の方が思わぬ攻撃をしてきたりして面倒だったりする。

 そのことを経験上知っているためケイが警戒心を高めていると、ファーブニルは口から変な色の息を吐きだしてきた。


「……毒かっ!?」


 エルフの一族に伝わる図鑑には、ファーブニルは水と毒を使うということを思いだしたケイは、その変な色の息を見て咄嗟にそう思った。

 島で育つうちに、ケイの体には色々な毒の耐性があるが、それは毒による肉体への影響が遅いというだけで、完全に効かないというものではない。


「このっ!!」


 毒は毒でも、どのような種類の毒か分からない。

 場合によっては、神経毒などで動けなくされるかもしれない。

 そんなことになったら、あっという間にあの世行きだ。

 そうならないためにも、ケイは風の魔法を発動し、毒の息を吹き飛ばした。


「ガッ!!」


“ボッ!!”


「なっ!?」


 ケイの意識を、毒の対処に向けるための攻撃だったらしく、その間に溜めた魔力でファーブニルは先程の水弾をまたもケイへ放ってきた。


「くっ!?」


 それによって、今度はケイが攻撃に対応しなくてはならない立ち場になった。

 最初に思いついたのは魔法障壁。

 しかし、それでは魔力が足りなくなるかもしれない。

 魔力障壁よりも魔力を少なく、それでいて頑丈な壁。


“ガガガッ!!”


 そうして思いついたのは、土の壁。

 しかし、ただの壁ではファーブニルの放った水弾を止められるとは思えない。

 ならばと、ケイは攻めの守りを選択した。


「土槍!!」


 水弾に突っ込むように、魔力で作った図太い土の槍を生み出す。

 しかも、ただ突っ込ませるのではなく、ドリルのような回転付きだ。

 少ない魔力で、どうにか威力を高めようとした悪あがきだ。


“ドカッ!!”


「っ!!」


 どうにか水弾を抑え込もうとしたが、土槍の魔法では止め切れなかった。

 土槍を破壊して、ケイに向かって水弾が襲い掛かった。


「ガハッ!!」


 懸命に回避しようと、その場から飛び退こうとしたが、水弾がケイに直撃した。

 直撃を受けたケイは、数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、地面に数回バウンドした後、うつ伏せの状態で止まった。


「グルル……!!」


 攻撃が当たったことで、ケイが死んだと判断したファーブニルは、口の端を上げて笑みのような物を浮かべた。

 皮一枚で繋がっているような状態の下半身。

 そんな状態にされたことへの怒りが、少しだが晴れたようだ。


「ガアァー!!」


 後は、自分に怪我を負わせた小さきものを食べようと、ファーブニルは下半身を引きずりながらケイへと近付いて行った。


「グラッ!?」


 しかし、近付いて行っている途中で、ファーブニルは違和感を感じた。

 水弾が直撃して殺したと思ったケイの体が、僅かに動いたからだ。


「ぐぅっ……」


「っ!?」


 ファーブニルは、驚いた。

 死んだと思ったケイが、ゆっくりと体を起こしたからだ。


「……い、痛え……」


 口から血を流し、折れているのか左手をブラブラさせながら、立ち上がったケイは小さく呟く。


「まだ、終わってねえぞ、蛇野郎!!」


 土槍を出したのは間違いではなかった。

 ファーブニルの水弾の威力をだいぶ弱めてくれたようだ。

 でなければ、今の一撃でケイは即死していた可能性が高い。

 なんとか立ったはいいが、これでケイも大怪我の状態。

 その状態で、ケイは精一杯の強がりを言って、ファーブニルを睨みつけたのだった。


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