第87話

「さぁ、行こうか?」


「あぁ」


 これまでとは違い、魔闘術を使うような者たちが現れたため、レイナルドとカルロスは事前に決まっていた集合場所へ向かうことにした。

 恐らく父のケイは、怪我人の手当てなどでもう戻っているだろう。

 父1人だけではもしかしたらしんどいかもしれないため、2人は急いで戻ろうと振り返った。


「っ!?」


“バキッ!!”


「がっ!?」


 その瞬間、2人の背後から突如魔力の球が襲ってきた。

 レイナルドは直前で反応し、辛うじて躱すことができたが、反応できなかったカルロスは背中に直撃し、倒れて動かなくなった。

 魔闘術を解いていた状態で直撃したため、相当なダメージを受けたのだろう。

 その1撃で白目をむいて気を失ってしまったようだ。


「カルロス!!」


「一匹ゲット!!」


 倒れた弟に近付こうとしたレイナルドだったが、そこには1人の男が立っていた。

 纏う雰囲気は、只者でないことはすぐに分かる。

 そして、倒れていたカルロスの襟首を掴み引き上げると、部下らしき兵たちがいる方へカルロスを放り投げた。

 カルロスを受け取ったその兵たちは、すぐさまカルロスの両手と両足に、それぞれ鉄の錠のような物を装着し始めた。


「この……」


 何か嫌な紋章のような物が描かれたその錠に、レイナルドは嫌な予感しかしなかった。

 唯一の魔人族であるシリアコが、この島に流れ着いた時に付けていた首輪に似ている。

 シリアコの付けていたものは奴隷の首輪。

 その時の紋章とは多少違うが、装着者を縛り付ける作用があるのは同じなのだろうと感じた。

 すぐにでも外さなくてはと、レイナルドはカルロスの救出に向かおうとする。


「っと! 行かせると思うか?」


「っ!?」


 先程魔力の球を放って来たのは1人ではなかった。

 カルロスの方へ行こうとしたレイナルドの前には、もう1人只者でない人間が立ち塞がっていた。

 魔力の球が飛んで来るまで、自分に感付かせないほど気配を消すのが上手いだけで警戒するに値する。

 弟を助けに行きたいが、無闇に行けばこの2人に阻止されることは間違いない。

 レイナルドは足を止めざるを得なかった。


「おいっ!! 錠を嵌めたら、念のため檻にも入れておけ!!」


「了解しました!!」


 邪魔をされても助けに行くべきか悩むレイナルドの思いを読んでか、カルロスを放った男は部下たちに更に指示を出した。

 言われた部下らしき者たちも、用意していたのか、車輪がついた移動式の檻のような物を運んできていた。

 その檻にも、嫌な感じのする魔法陣が描かれており、その中へカルロスを運んで行った。


「待てっ!!」


「おっと!! 行かせるわけにはいかないな……」


 これ以上、訳の分からない所へカルロスを連れて行かせるわけにはいかない。

 レイナルドは意を決して地を蹴った。

 只者でなさそうな2人は無視し、遠回りして檻に向かったのだが、それを遮るように片方の男が邪魔をしてきた。

 どうやら、この2人を抜けないと、カルロスを助けに行くことはできそうにないようだ。


「どけ!!」


 元々弟思いのレイナルドは、このままカルロスを放って自分だけ戻るという選択肢はない。

 目の前の2人がどれほどの実力かは分からないが、倒していくしかない。

 邪魔な2人に怒りが込み上げてきたレイナルドは、銃を抜いて戦闘態勢に入った。


「俺一人でも良いんだぞ? セレドニオ」


「魔闘部隊の奴らがやられたんだ。念には念を入れないとな……」


 そう、レイナルドの前に現れたのは、この作戦の総指揮を任されているセレドニオと、その補助についているライムンドだ。

 魔闘部隊の連中が動けば済むと思っていたのだが、やり過ぎる可能性もあるので色々と用意して追いかけてきた。

 しかし、予想外なことが起こり、魔闘部隊の6人が全滅させられてしまった。

 それを探知した2人が気配を消して近付くと、そこには捕縛対象のハーフエルフが2匹揃っていた。

 どうやら気付かれていないと判断した2人は、魔力球を放ち捕獲に入ったのだった。


「こいつほんとにエルフなのか?」


「全くだ。しかし、研究比較するには良い被検体だ」


「被検体…………」


 レイナルドが纏う魔力の量を見て、セレドニオたちも気を引き締めた。

 言葉に出したように、まともに1対1で戦ったら危険だと察知したようだ。 

 レイナルドはレイナルドで、人族からしたらエルフは物でしかないと父から教わっていたが、目の前で発せられた言葉で今ようやく実感した。

 それが分かると、尚更カルロスを救出しなければならないと銃を持つ手に力が入った。


「……やる気のようだが、俺たちを魔闘部隊の奴らと同じだと思うなよ」


「っ!? 『速い!!』」


 先に攻撃を開始しようとレイナルドが思ったのだが、セレドニオが先に動いた。

 レイナルドの懐に飛び込むと、同時に左フックを顔面に振って来た。

 結構離れていたのにもかかわらず、一気に距離を詰めるその速度にレイナルドは内心慌てるが、その攻撃を腕を上げて防ぐ。

 もしかしたら、移動速度的には自分と同等かもしれない。

 それだけで、この者の強さの一端が感じられる。

 ただ、まだ好機はある。

 それは2人がまだレイナルドを舐めているのか、武器を出さずに向かって来ているからだ。


「おいおい! 1人で楽しむなよ」


「ぐっ!? 『こいつも強い!!』」


 セレドニオだけでも面倒なのに、ライムンドまでレイナルドに向かってきた。

 左側から攻めるセレドニオに反し、ライムンドは右側から攻めてきた。

 ライムンドの放ったハイキックを、銃を持ったままの左手を上げて防ぐが、その重い攻撃に腕が軽く痺れる。

 この攻撃だけで、この男もまたかなりの強さだと判断できる。


「このっ!!」


“パンッ!!”“パンッ!!”


 接近戦では2人の手数に圧されて、被弾する可能性がある。

 そもそも、エルフは距離を取っての遠距離攻撃が得意な種族。

 カルロスはどんな時でも接近戦をしたがるが、レイナルドは勝つことにしかこだわらない。

 2人が同時に放った攻撃を防ぎ、その威力を利用して後方に自ら飛ぶ。

 そうして距離を取ると、左手の銃の引き金を引いて2人に攻撃をしかける。


「フッ!」「へッ!」


「っ!?」


 ケイに作って貰ったこの銃は、込める魔力によって威力は変わる。

 この2人相手に手加減は無意味。

 レイナルドは、銃が耐えられるギリギリの威力の魔力を込めて発射したのだが、セレドニオたちは左右に分かれて銃弾を回避した。

 あまりにもあっさりと攻撃を躱され、レイナルドは焦りを覚えた。


「危ねえ武器持ってんな……」


「発射する弾を魔法で補助して威力を上げている……といった所か?」


 左右に分かれてレイナルドの攻撃を躱したセレドニオとライムンドは、冷静にレイナルドの武器の分析をしていた。

 2人とも躱しはしたが、あの武器から発射される弾に当たれば相当痛いだろう。

 離れた距離であたれば痛いで済むかもしれないが、至近距離であたった場合、深手を負いかねない威力と速度をしていた。


「しかし、的が俺たちでは通じるとは思わないな」


「確かに……」


 あの武器を持った者と1対1で戦う場合、距離を取らせないように戦わなければならないだろうが、こっちは2人。

 それならば、注意こそすればあの程度の武器は脅威にはならないだろう。

 2人はアイコンタクトを交わすと、同時に地を蹴った。


「っ!? このっ!!」


“パンッ!!”“パンッ!!”


 不規則な動きをして迫りくる2人に銃を向けて引き金を引くが、レイナルドの攻撃は当たらない。

 どうやら、向けた方向に一直線に飛ばすことしかできないという銃の特質を読まれたのかもしれない。

 ワザと的にならないように、行動しているように見える。


「ハァッ!!」


「くっ!?」


 狙いが定まらず、銃撃をすることができないレイナルドを、接近したライムンドが攻撃をする。

 魔力が乗ったライムンドの拳が顔面に迫るが、レイナルドは上体を反らして回避し、追撃を警戒したレイナルドはそのままバックステップする。


「ハッ!!」


「ぐっ!?」


 少し距離ができた所で、レイナルドは銃をライムンドへ向ける。

 離れた距離では簡単に避けられても、この距離なら当たるはず。

 当たらないまでも、擦り傷くらいは与えられるだろう。

 そう思って引き金を引こうとしたのだが、銃を持った左手側からセレドニオの攻撃が迫って来ていた。

 上から手刀を落とすといったその攻撃は、レイナルドを攻撃するというりも、手に持つ銃を叩き落とすと言った意思が感じられる攻撃だ。

 当たらなければどうということもない攻撃だとは言っても、当たれば痛いのは事実。

 メインとなるこの武器を失くしてしまえば、戦力が落ちるのは確実だと思ったのかもしれない。

 たしかに銃はレイナルドのメイン武器。

 伸ばした左手を引いて、セレドニオの手刀を避ける。

 そして、地を蹴り2人から距離を取る。

 この2人相手に、接近戦は分が悪いと感じたからだ。


「待てっ!!」


「逃がすかっ!!」


 距離を取るレイナルドを、2人はすぐさま追いかける。

 銃が通用しない以上、戦い方を変える必要がある。

 そして、レイナルドは銃を腰のホルスターにしまった。


「「っ!?」」

 

ふう!!」「えん!!」


 追いかけながら、セレドニオたちはレイナルドが銃をしまったのを見て警戒心が高まった。

 銃での戦いを基本にしていると思ったのだが、他にもなにか手の内があるのかと2人が思っていたら、足を止めたレイナルドが、両手に魔力を集め風の刃と火炎放射のような炎を放ってきた。


「うおっ!?」「むっ!?」


 2人はその魔法に慌てた。

 たいした溜めもなく、強力な魔法が飛んできたからだ。


「土壁!!」「水壁!!」


 足を止め、飛んできた風の刃に対してライムンドはは土の壁を、火炎放射に対してセレドニオは水の壁をそれぞれ出現させ、どうにか事なきを得る。


「強力な魔法をポンと出せるなんて……」


「……あの武器と言い、魔力の扱いがとんでもないようだな」


 2人が思わず呟いたように、魔法に関してはレイナルドの方が上手のようだ。

 銃から1発、1発放つ弾丸に、その都度適切量の魔力で威力を補強するだけでも相当な魔力コントロールだが、強力な魔威力の魔法を詠唱無し、溜め無しで難なく放ったレイナルドに、2人は脅威を感じた。


「遠距離は俺たちでもまさかがあり得る。ライムンド、ちょっと我慢してもらえるか?」


「……仕方ねえな。総指揮官殿の指示に従うよ……」


 あの魔力操作を見る限り、どうやらこのハーフエルフは遠距離戦闘が得意なタイプなようだ。

 近接戦闘も相当訓練しているようだが、2人がかりなら負けるとは思えない。

 ここまでの戦いでレイナルドの対処法が思いついたのか、2人は少しの会話だけで理解しあったようだ。

 そのうえで、嫌な役回りをどちらがするのかとなるが、今回総指揮はセレドニオが任されている。

 その権利を行使し、ライムンドが嫌な役の方を引き受けることになった。


「行くぞ!!」


「おうっ!!」


 役割を分担した2人は、打ち合わせ通り行動を開始した。

 2人してレイナルドへ接近するのはこれまで通り。

 しかし、前後に重なるように並んで突き進む。


『何だ……?』


 その行動の理由が分からず、レイナルドは内心疑問に思う。

 しかし、何をしてこようと魔法戦闘に専念することにした自分相手に近付ける人間は、そうそういるはずがない。

 父のケイや、カンタルボス王国国王のリカルドなら突破してくるかもしれないが、この2人がそのレベルの化け物には思えない。

 なので、レイナルドは自信を持って魔法を放った。


「火災旋風!!」


 レイナルドが特に得意なのは、風と火を使った魔法だ。

 攻撃力の高いこの2種類は、父も褒めるほどの威力を持っている。

 その2種類の魔法を、人族大陸では難しいと言われる技術である複合させ、威力をさらに高めて2人に放った。


「おわっ!?」


「頼むぞ!!」


 炎を巻き上げる竜巻。

 巻き込まれた物は、風の刃で切り刻まれながら炎に焼かれる。

 迫るそれを見たライムンドは、冷や汗が流れた。

 それを、セレドニオは全く人ごとのように呟く。


「チクショウ!!」


 損な役回りを請け負うことになったライムンドは、若干やけくそ気味の声をあげた。

 そして、レイナルドに迫りながらも溜めていた両手の魔力を使い、先程同様に土の壁を出現させた。


「グゥッ……!?」


 出現した土壁にレイナルドの火災旋風がぶつかる。

 さっきの風の刃を防いだ時と同じ土壁だが、込めた魔力は倍近い。

 そのため、強固な土壁が出現したのだが、それでもレイナルドの魔法の方が威力が高い。

 炎による熱と、細かい風の刃が土壁を抜けてライムンドに襲い掛かる。

 突き出した両手の手の平は熱で火傷を負い、細かい風の刃で所々切り傷が付けられる。

 それでもライムンドは懸命に耐える。


『何が狙いだ?』


 距離を開けて逃げ回る方が攻撃を受けることはないはず。

 それなのに、わざわざ受け止めるなんて何の意味があるのだろうか。

 もう一人は何もしていないようだし、なおさら意味が分からない。

 レイナルドは、彼らが何か企んでいるのではないかと、疑問に思っていた。


「ここまでだ……」


「っ!? なっ!?」


 声がする方に目を向けると、レイナルドは驚愕した。

 戦いながらもある程度の範囲は探知をおこなっている。

 探知ではたしかに、土壁の裏に2体分の魔力を感じている。

 なのに、敵の一人が自分のすぐ側に現れたではないか。

 そしてその手には両刃の剣を握っている。

 両手は魔法を放つのに使い塞がっていたレイナルドは、火災旋風の魔法をキャンセルして、突如現れたセレドニオへ魔法を放とうと手を向けた。


“ズバッ!!”


「がっ!?」


 しかし、いくら魔法発動が早いレイナルドでも、すぐ側まで接近したセレドニオの剣速にはかなわなかった。

 伸ばした左腕は斬り飛ばされ、血しぶきを上げた。


「寝ろ!!」


「グハッ!?」


 腕を斬り飛ばしたセレドニオは、痛みに顔を歪めるレイナルドに、間髪入れず腹に拳を打ち込む。

 痛みで纏う魔力が揺らぎ、防御力が落ちた鳩尾に拳が直撃し、レイナルドはその一発で昏倒した。


「痛ててて……」


「ご苦労さん。こいつらを連れて行かなければならないし、一旦戻って回復しよう」


 それまで遠巻きに見ていたらしき人族の兵たちは、セレドニオの合図で気を失ったレイナルドに近付き、カルロスと同じように片手と両足に錠を嵌め、レイナルドの斬られた腕に回復薬をかけ、カルロスと同じ檻に放り込んだ。

 レイナルドの魔法を受け持つ役を請け負ったライムンドは、予想以上に怪我を負っていた。

 回復薬は他の怪我人に使うので、回復魔法の使える者に治してもらった方が良いだろう。

 2人一緒なら大怪我を負うことはないと思って、回復魔法の使い手を連れてこなかったのが災いした。


「あぁ……」


 こんなことになるなら、回復師を連れてくれば良かった。

 戻るまでこの痛みを我慢しなければならないのかと思うと、檻の中で倒れているレイナルドに腹が立つ。

 とは言っても、貴重な被検体を無碍に扱こともできないので、ライムンドはイラ立ちながらもさっさと戻ることにした。


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