第69話

「ところで……」


 カンタルボス王国の王であるリカルドとの挨拶は済んだ。

 その後、ケイと美花は彼らと夕食を共にした。

 堅苦しいのが嫌だからとか言う理由で、わざわざ王族だけで会うというのは、随分な自信家なのかもしれない。

 元々、挨拶と同盟の調印だけの予定だったし、終わったのなら早々に島に帰りたいところだ。

 夕食も食べ終わり、席を立とうとしたところで、スルーすることができない話が残っているのをケイは思い出した。


「本当に手合わせをするのですか?」


 王であるリカルドが、自ら戦いたいなんて、もしかしたら何かの間違いなのではという思いもしたため、ちゃんと聞いておこうと思った。

 冗談という可能性もあるし、できればリカルドと戦うのは勘弁願いたい。

 握手をした時、ケイの腕の軽く2倍はあろうかというほどの太い腕をしていた。

 あんな腕で殴られたら、生身の状態のケイの頭なんてスイカのように吹き飛ぶだろう。

 当然、魔闘術を使えばそんな風になるとは思わないが、それでもまともに食らえば一発で失神してしまいそうだ。

 綺麗な服を着ているが、腕同様に全身が筋肉に覆われているのは服の張り具合を見ただけで分かる。

 そんなのを見たのにも関わらず、戦いたいだなんて思う奴は頭のネジが飛んでるとしか言いようがない。


「えぇ、今から楽しみですな!」


 その話を振られたことで、リカルドは嬉しそうな元々笑顔だったのが、より一層輝いた。

 そんな笑顔を見せられたら、冗談じゃないことは一発で分かる。

 ケイの僅かな期待が脆くも崩れた。


「ファウストに手も足も出ないと言わしめた実力に、期待しておりますぞ!」


『めっちゃ笑顔じゃん』


 今この場で戦いたいと言いたそうなリカルドの表情に、ケイはドン引きだ。

 ケイがファウストと戦って勝ったのは確かだが、ファウストの実力は相当なものだった。

 無傷だっとは言っても、そこまで乖離した実力差があるとは思えなかった。

 リカルドからしたら、ファウスト以上の実力があるというだけで興味の対象なのかもしれないし、それに掟破りのエルフというのも興味を上乗せしているのだろう。


「場所も用意したので、明日にでも願いたい」


「……どこか練兵所とかでやるのですか?」


 内心では断りたいところだが、それは明らかに無理そうだ。

 とりあえず大怪我しないようにしたいが、どこでやるのか気になる。

 

「近くに闘技場があるのでそこでやりたいと思います」


「……そうですか」


 リカルドが闘技場と言ったところで、ファウストの眉が僅かに反応していたのが見えたが、ケイは嫌な予感がしたので気にしないことにしておいた。


「今日はお疲れでしょうからゆっくりお寛ぎ下さい」


「……ありがとうございます。では失礼いたします」


 リカルドの口調は普通なのだが、何かちょっと含みのある笑顔にも見えた。

 明日のことを考え、気にしすぎると寝れなくなりそうだったため、ケイは美花と共に与えられた部屋へと向かって行ったのだった。






◆◆◆◆◆


「父上、本当にやられるのですか?」


 ケイたちが与えられた部屋へ入った頃、残ったリカルドたちは、執務室に集まっていた。

 扉を閉めてすぐに問いかけたのは、王太子のエリアスだった。


「当たり前だ。ケイ殿も了承していただろ? お前が戦いたいと言いたいのか?」


「確かに、それもありますが……」


 ファウストが負けたという相手には確かに興味があるし、できればどれほどのものか手合わせしたいという思いがある。

 しかし、父が相手をすると言い出したら、割り込めるとは思わない。

 今回の所は引く気だが、ケイのことが不憫に思えた。


「正確に伝えてはいないではないですか!」


 ケイは確かに了承したが、どのような状況で戦うことになるかということは全く伝えていない。

 そのことを父より口止めされていたファウストは、手合わせを受けてくれたケイへ失礼な対応に思え、父ながら若干腹が立ち口調が荒くなってしまった。


「ケイ殿もなんかあると気付いてたんじゃないか? お前の反応見えてたみたいだし……」


「しかし……」


 話をしながらも、リカルドはケイの目線をしっかり見ていた。

 なので、ファウストがワザと眉を上げた反応も見ていたことに気付いたはずだ。

 そのうえで何も言ってこなかったのだから、何かあるとは分かっているだろう。


「命にかかわることでもないし、別に良いだろ?」 


「ま、まぁ……」


 たしかに言ってることはそうなので、そう言われるとファウストは何も言い返せなくなってしまう。


「やめなさい、ファウスト。今のリカルドは私も諦めているわ」


「そう。無駄~!」


 息子のエリアスとファウストに詰め寄られても、リカルドは全く表情を変えようとしない。

 それどころか、明日のことを思ってワクワクしている様子だ。

 そんな様子に、王妃のアデリナとその娘のルシアは無駄だと諦めている。


「そうですね。俺たちも諦めよう」


「兄上……」


「話は終わりだ。早いが眠らせてもらう」


 母で駄目なら、息子の自分たちが何を言っても無意味。

 なので、エリアスとファウストも説得を諦めるするにした。

 それを見て、話を切り上げたリカルドは、明日の戦いを万全の調子で迎えるために、早々に寝室へ向かっていったのだった。






「…………何? この規模……」


 翌日、予定通り闘技場に案内されたケイは、現状を見てポカンとするしかなかった。

 昨日のリカルドの笑みはこれのことだったようだ。


「「「「「ワー!!」」」」」


 ただの手合わせだから、こじんまりと済ませるかと思ったのだが、ケイと美花(ついでにキュウ)が案内されたのは大規模な闘技場だった。

 控室に案内されてから少しずつ人の声が聞こえてくるようになったので何となく察していたのだが、明らかに観客を入れている。

 もしかしたら、兵にでも見せるつもりなのかと思っていた。

 しかし、それはまだ考えが甘かった。

 闘技場内に入っていくと、多くの人、人、人が、ケイの登場を大歓声で迎え入れたのだ。

 たしかに兵らしき人間もいるが、服装から察するに、多くの市民で席は溢れかえっている。


「「「「「「「ワー!!」」」」」」」


「お待たせした」


 ケイ以上の大歓声を背に、カンタルボス国王のリカルドがゆっくりと登場した。

 金髪に黒い髪が混じり、虎人族というだけあって虎柄になっている髪をなびかせ、軽装とも重装とも言えないような程度の鎧を纏っている。

 余裕がにじみ出ているように見えるのは、一国を背負う王だからだろうか。


「……これはさすがに驚きました」


 ここまでの大歓声の前で、実力差を見せつけたいのだろうか。

 言ってはなんだが、命を取られないのであれば負けた所でケイは恥ずかしいとも思わない。

 最初のうちに、国の関係性を市民にも分からせる考えなのかもしれない。

 そうだとしても、確かにケイが文句を言える立場ではない。

 せめて軽く非難めいたことを言うしかできない。


「薄々気づいていませんでしたかな?」


「何かあるとは思っていましたが、こんな形だとは思いませんでいた」


 昨日の対話で、リカルドはケイと話しているうちに明晰な頭脳の持ち主だと推察していた。

 ファウストの反応を見ていたのだから、何かあるということは予想していたはず。

 そう問いかけると、案の定察していたらしく、大観衆に見られているこの状況でも、慌てふためくような態度をしていない。


「それにしても大規模ですね?」


 王都にはこれほどの人間が住んでいるのだろうか。

 パンパンに詰まった観客席を眺め、ケイは呆気にとられる。

 昨日町中を歩いた時、ケイたちに向けられていた視線の意味はこれだったようだ。

 王が戦う所を見れるのは、強さが重視される獣人市民からしたら、最高の娯楽なのかもしれない。


「6万人収容できるこの国で最大の闘技場です」


「6……」


 前世でもこんな人数に見られるようなことはなかった。

 それもそのはず、ただの普通の高校生だったのだから。

 ミュージシャンのコンサートすら行ったこともないのに、初めて見聞きするような人数に、緊張をするというより、人ごとのように感じてしまう。


「……さて、ではやりましょうか?」


「……そうですね」


 緊張を感じるようになる前に、さっさと始めた方が良いかもしれない。

 リカルドの提案はケイにとっても都合がいい。

 登場前にしてきた準備運動も意味がなくなりそうなので、お互いある程度離れた位置に立ち、戦いの合図が鳴るのを待つことにした。






“ヒュ~……”“パンッ!!”


““フッ!!””


「ゴッ!?」「がっ!?」


 花火のような合図と共に戦闘は開始された。

 そして、お互い打ち合わせをしたかのように、開始早々にしかけた。

 ケイは魔闘術を発動して、消えたような速度で一気にリカルドに殴りかかり、リカルドは大腿四頭筋や下腿三頭筋などの強力に発達した筋肉を使い、爆発的な速度を出してケイへ迫り拳を突き出した。

 繰り出された拳はお互いの頬にぶつかり、相打ちとなり2人ともダメージを追った。

 ただ、体が軽いからなのか、殴られた反動でケイだけ開始時に立っていた元の場所へ戻された。


「…………フフッ、ハハハッ……!!」


「…………」


 ケイ同様に口から血が出たことを確認したリカルドは、目の色が変わったように感じた。

 獰猛な獣が、獲物を見定めたような目つきだ。

 その目に、ケイは背筋がゾクッとして無言になった。

 どうやらリカルドを本気にさせてしまったのかもしれない。




「父上相手に素手喧嘩ステゴロ勝負?」


「狂ってる……」


「「………………」」


 闘技場の一角にある王族用の観覧席に座って、試合開始直後の交錯を見ていたカンタルボス王国王太子のエリアスと弟のファウストは、ケイのまさかの行動に一気に額から汗が噴き出た。

 王妃のアデリナと娘のルシアは、驚きで言葉も出ていないようだ。

 ファウスト以外の3人は、ケイがファウストに勝っているとは知っている。

 それでも、リカルド相手に素手でのタイマンを挑むような人間だとは想像していなかった。

 ケイと手合わせした経験のあるファウストでさえ、ケイのこの行動が信じられない。

 魔力が多いエルフという人種の本領は、遠距離戦闘によって発揮されるはず。

 リカルドの接近を阻止するように、ケイが距離を取って魔法や銃で攻撃する。

 そんな戦いを予想していたのに、まさか自分から殴りかかるとは思わなかった。

 ファウスト自身、父に対してそんな無謀な行動を取るなんて考えたことがない。

 せめて一撃入れるために考えたのが、父や兄にない手先の器用さを利用した手品のような戦闘スタイルだ。

 兄も強いが、武器無しで父に挑むなんてしないし、できない。

 それを躊躇なしに行うなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「「「「「「「…………………」」」」」」」


 そう思ったのはファウストだけでなく、この会場にいる全観客が驚きで歓声が止まった。


『ただの筋肉ダルマじゃないようね』


 この会場でただ1人、美花だけはケイの速攻勝負を予想していたので、逆にリカルドのことを感心していた。

 ただ、その内容が酷いため、口に出さなかった。



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