第70話

『デカイのになんでそんな速いんだよ!?』


 初っ端の相打ちで、ケイとリカルドはお互い様子見を済ませた。

 そして、次に始まったのはシンプルな殴り合いだ。

 魔闘術で全身強化したケイは、体格的に自分の方が速度は上だと動き回る。

 撹乱かくらんさせるつもりでリカルドの死角へと動くのだが、190はあるのではないかというような体格で、リカルドはきっちりついてきた。

 そのため、ケイは内心では愚痴をこぼしていた。


「ッラー!!」


「ぐっ!?」


 170程度の身長のケイに、肉の壁ともいえるリカルドの拳が迫り来る。

 普通の人間なら、その風圧で吹き飛ばしてしまいそうな威力をしているが、ケイはそれをギリギリで躱し、懐に入って連打を与える。


『いくら早くても回転速度は違うだろ?』


 移動速度は差がなくても、体の大きさによる回転速度は話が違う。

 同じパンチでも、出して引くの動作には顕著に速度の差が出た。

 

「ハッ!!」


「うっ!?」


 ケイが4、5発殴りつける。

 しかし、リカルドもただ殴られているのではなく、殴られると同時に拳を振って来た。

 その拳がケイの腹へ突き刺さる。

 深く入った重い攻撃で、体が軽いケイは弾かれるように飛んで行く。

 どうやらリカルドは、自分が殴られた瞬間ならケイが目の前にいると見越し、姿を確認せずに拳を振るという戦い方を選択したようだ。


『何て一撃だよ? こっちの5発を1発でチャラかよ!?』


 飛ばされながらも、ケイはしっかりと着地した。

 殴られる瞬間僅かに体を引かせて、衝撃を抑えようとしたのだが、それでもかなり響いた腹を左手で抑える。

 数では多く殴られたリカルドは、パッと見あまり効いていないようで、体勢を整えたケイに向かって一気に迫ってきた。


『目が眩むような速さだ! エルフとか関係なく、こんな人間がいると言うのか?』


 ケイがリカルドの攻撃力と耐久力に驚いている中、リカルドの方もケイの移動速度と反射速度に内心驚いていた。

 総合的な速さだけならケイの方が上なのかもしれない。

 ケイの攻撃は確かに痛いが、体格の差通り軽い。

 とはいっても、あの速度で数多く殴られたら、リカルドですら膝をつくことになりかねない。

 多少の被弾は覚悟してでも、無理やり相打ちに持ち込む。

 特に、狙いは腹。

 腹を殴ればあの厄介な速度を鈍らせられる。

 そうすれば、さらにこちらが有利になる。

 こういった殴り合いには自信があるリカルドは、このまま殴り合いで勝負を決めてやろうと、ケイへと迫る。  


「ぐっ!?」


「っ!?」


 先程と同じような攻防になる。

 ケイが手数で攻め、リカルドは相打ちのボディーを撃ってくる。

 どちらも被弾するが、体が軽いケイは殴られるたびに飛ばされた。


「うぅ……」


 速い反応で少しは衝撃を減らそうとしているが、そんなのお構いなしで衝撃が伝わってくる。

 そのため、たった数発で足に違和感が生じてきた。

 鏡がないので自分では気が付かないが、ケイの顔色は悪くなりつつあった。


「…………仕方ない」


 殴った数では完全に上だが、このまま殴り合いでは自分が完全に負ける。

 負けたとしても別に構わないが、ただ負けるのは男が廃る。

 腹を抑えるケイに、リカルドがまたも迫り来る中、ケイはあることを決めた。


“パンッ!!”


「っ!?」


 腰のホルスターから抜いた銃で、迫るリカルドの足下へ一撃放つ。

 突然の武器での攻撃に、リカルドはケイへと迫る足を止めて、後方へとステップを取る。


「……それが武器ですか?」


「えぇ……、当たっても大怪我はしないと思いますか、痛いですよ?」


 昨日のうちにルールは知らされていた。

 武器の使用は自由。

 降参させるか戦闘不能になればそこで終了。

 これだけしか知らされなかった。

 他にも細かく決めた方が良いのではないかとリカルドに尋ねたが、これで十分だろうと言われた。

 ケイが汚い手に出ないと思っているのだろうか、もしくは舐めているのかと思わなくもなかった。

 そのため、開戦当初は殴り勝ってやろうと思って、拳勝負に打って出たのだ。


「面白いですね……」


 先程撃ったケイの弾は、地面に穴を開けている。

 射線が辛うじて見えるほどの速度の攻撃に、リカルドはまたも楽しそうに口角が上がった。


『これだから脳筋は……』


 リカルドがその笑顔をすると、何だかまたも体が大きくなったような錯覚に陥る。

 錯覚というより、本当に筋肉が肥大したのかもしれない。

 楽しいだけで強くなるなんて、全くもって理不尽な存在だ。

 ケイはいつもの戦闘スタイルで戦うことにした。


“パンッ!!”


「クッ!?」


 ケイはリカルドの太もも目掛けて引き金を引く。

 銃口を見て判断したのか、リカルドは右に飛んで銃弾を避ける。


『……何で躱せるの? イカレてんじゃないか?』


 たった2発目で銃の特性を理解したのだろうか。

 もう躱したことに、ケイは本気で引いた。


“パンッ!!”


「ヌンッ!!」


 3発目を撃つと、リカルドは手の甲で魔力の弾を弾いた。

 生身でそんなことができるなんて、獣人の体はどうなっているのか。

 というより、


『どんだけ硬いんだよ!?』


 生身の拳で弾を弾くなんて芸当を目の前でやられ、ケイはめちゃくちゃ焦った。


“パンッ!!”


「チッ!!」


 至近距離の殴り合いから一転、今度はお互いの距離へ引き込む戦いへと変化した。

 距離を詰めようとするリカルドに対し、ケイは銃撃でリカルドとの距離を取り続ける。

 速度的には同等だが、リカルドが近付こうとしても、その分ケイも同じだけ動いて距離を取る。

 フェイントで上手く誘導しても、銃撃で足止めされてまた元の距離に戻る。

 何度かこの攻防が続き、リカルドは少しイラ立ち始めたようだ。

 またも銃弾が飛んで来て、ケイとの距離が元に戻ったため、思わず舌打ちをしている。


『ブーメランだな……』


 距離を置いての戦い方に変え、ケイは少し前に息子のカルロスに言ったことを思い出していた。

 島でファウストと戦った時、カルロスは至近距離で戦って勝ちたがった。

 そんなカルロスに、勝ちたいなら距離を取れとアドバイスしていたが、今その言葉がそのまま自分に帰って来ていた。

 そんな皮肉な状況ながら、ケイはやっぱり親子なんだなと思った。


「……ハハハ、どうやらこっちも素手では無理だな」


「っ!?」


 このままでは、ズルズル攻防を続けても、折角ケイに与えたダメージが回復されてしまう。

 そう判断したリカルドは、魔法の指輪から木剣と木のナイフを取り出した。

 木剣は150cmほどの長さでかなり長く太い。

 その大きさからして重そうにも見えるが、それを軽々右手に、そして左手にナイフを持ち、リカルドは軽く前傾姿勢に構えた。


「とうとう父上に武器を出させた!?」


 リカルドが武器を出したことに、王族専用の観覧席では王太子のエリアスが驚きの声をあげた。

 これまで、他国の強いと言われた人間と1対1で戦っても、最後まで素手で戦ってきたあの父が、初めて武器で戦うことを選んだからだ。

 獣人はどの種族も総じて遠距離の相手と戦うのが難しいという面がある。

 とは言っても、難しいだけで距離を詰めてしまいさえすれば何の問題にもならなくなる。

 父が距離を詰め切れないなんて、そんな相手がいるとはエリアスは想像していなかった。

 そもそも、細く小さいエルフのケイが、そこまでの相手だとは思っていなかったため、驚きは倍増だ。


「ケイ殿たちエルフという種族は、距離を取った戦いが得意です。いくら父上でも、素手で戦うのは危険です」


 エリアルの弟であるファウストは、ケイとその息子のカルロスと何度か手合わせをした。

 ファウストは器用なので、遠距離戦なら弓を使って戦えば良いだけだが、魔法のバリエーションに驚き、カルロスに一回不覚をっとった。

 そういった攻撃が来ることを分かった今でも、カルロスはなかなか苦労する相手だ。

 ケイはそのカルロスの上位互換。

 いくら父でも、その土俵で素手では厳しい。

 それが分かっていたので、ファウストはエリアスのようには驚いていなかった。


「「「「「ワー!!」」」」」」


 観客も、王に本気を出させたとケイへ称賛する。

 しかし、リカルドを相手にいつもまで持つか、などという会話も紛れて聞こえてきた。

 それだけ、リカルドが負けるとは思っていないようだ。


「行きますよ!!」


 わざわざ一声かけてから、リカルドは行動を開始した。


“パンッ!”


 リカルドはこれまでと同様に、銃口を自分に合わさせないように右へ左へ動きながらも、ケイへ接近を試みる。

 武器を出したからと言っても、距離を取った戦いで有利に進めるのがケイの戦略。

 高速で動き回るリカルド目掛け、距離を取ろうと引き金を引く。


「っ!?」


 一直線にリカルドに向かって行った銃弾を、リカルドは左手のナイフで弾き、そのままグングン距離を詰めてきた。

 ケイは戦うにあたって、リカルドに致命傷を与えることを忌避した。

 折角の大きな後ろ盾になってくれそうな国の王に、そっちが望んだこととはいえ大怪我でもさせたら、後々のことが不安になる。

 始まる前は殴り勝つつもりだったが、場合によっては銃を使うことになる。

 なので、銃には核となる弾を抜いて、魔力の球を発射するだけにしておいた。

 これなら当たっても貫通力はなく、痛みを与えるだけで済むはずだ。

 そうやって威力を少しは落としたとはいえ、魔弾が当たればとんでもなく痛い。

 その高威力の魔弾を木のナイフなんかで防ぐなんて、とんでもないナイフ捌きだ。


「くっ!?」


 銃撃が効かないため、ケイは距離を詰められる。

 そのため、ケイは冷静に次の行動に移った。

 弾が効かなくても、まだ牽制には効く。

 移動をしながら銃で牽制すればまだ大丈夫だと、闘技場を広く使いリカルドから離れようとする。


「シッ!!」


「っ!?」


 距離を取ったままで戦おうとするケイに向け、リカルドは先程防御に使ったナイフを投擲してきた。

 進行方向に合わせるように投げたナイフは、丸太のような手で投げられているため、とんでもない速度でケイに迫った。

 当たれば木なのに刺さりそうなナイフを、ケイは慌てて回避する。


「ハー!!」


「なっ!?」


 ナイフを躱して僅かに速度が緩んだケイに、リカルドは一気に距離を縮める。

 そして、でかい木剣で思いっきり薙ぎ払ってきた。


「ぐっ!? 『何て力だよ!!』」


 ケイの武器は銃だけではない。

 主に防御用に持っている腰の短刀で、その木剣の攻撃を防御する。

 しかし、しっかり防いだにもかかわらず、ケイはそのまま吹き飛ばされた。

 使うとは思わなかったが、一応木の短刀にしていたのは失敗だった。

 ケイの短刀はその一撃を防いだだけで、ひび割れるように砕けてしまった。


『ナイフで弾を防ぐのと、投げて避ける方向を限定し、距離を詰めて大火力の木剣で攻撃か……』


 短刀が壊れてしまったが、予備のがもう1本だけ残っている。

 ケイは魔法の指輪からその予備を取り出し、先程の攻防を分析する。


『ベタだけど、あの肉体なら最適な戦い方だ』


 獣人は知能が低いから力任せに野蛮に戦うと、昔人族の町でケイのもう1人の人格であるアンヘルが密かに聞いたことがあるが、どうやらそれは間違いだ。

 最大の武器である身体能力を、最大限利用するにはこういったシンプルな戦法の方が正しいのだ。


「さて、次々行きますよ」


 これで距離を詰めることができると確定した。

 リカルドは魔法の指輪からまたも木のナイフを取り出し、ケイに向かって構えを取った。


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