第3話

「……まずは何をしよう?」


 焚き火にあたり、しばらく体を温めて服も乾いて来た頃、ケイはこれからのことを考えた。

 まず、今の体であるエルフの事を理解しようと、アンヘルの記憶を探り始めた。


「…………ひどいな」


 記憶を呼び起こすと、エルフが減っていったのも当然のように思えた。

 エルフには幾つかの守るべき使命があり、それを馬鹿真面目に守ってきたことも数が減ってきた原因かもしれない。


 1つ、エルフは生物の命を奪うことを禁ずる。

 2つ、エルフは肉を食す事を禁ずる。

 3つ、エルフは他の生物を使役することを禁ずる。


 これらが、神によって長命を与えられたエルフに課せられた使命であると、代々受け継がれてきたらしい。

 この使命を守るとなると、人族がエルフを奴隷にすべく近寄ってきても大した抵抗ができないではないか。

 怪我はさせても命を奪うななどと言っていることと同義で、「生物の命」といっていると言うことは、魔物のことまでも入っている。

 この世界では魔物も存在して、魔素によって生物や物質が変異したり、魔素が自然と集まる事で自然発生したりと色々原因はあるらしいが、いずれにしても人々にとっては危険な生物だ。

 それらの命を奪うことで、人に限らず他の生物は自然と肉体が強化されていく。


「RPGで言ったら、一生レベル1でなければならないってことだろ?」


 ケイが呟いたように、その概念があるか分からないが、レベルが上げられないエルフが、普通にレベルを上げた人間に勝てるはずがない。

 2つ目の、肉を食べてはいけないということは、ベジタリアンだということだろう。

 そういった設定の小説を読んだことあるので理解はできる。

 しかし、最後の魔物の使役まで駄目だとなったら、完全に詰みだ。


 この世界には魔法もある。

 そして、その中には従魔術と呼ばれるものがある。

 動物や魔物と契約して、戦闘や生活に利用することができるようだ。

 自分が戦闘に長けていなければ、従魔が代わりに戦えばどうにかなるという発想からできた魔法らしい。

 エルフが自分で命を奪えないなら、従魔に命令して命を奪えば身を守ることができるかもしれないと考えたが、その従魔を持つことも許されていないらしい。


「……教唆犯になるってことか?」


 ケイの思った通りで、命令したことは自分がしたことと同じだということになるみたいだ。

 レベル1では抵抗しても無駄。

 従魔にやらせても駄目。

 エルフにはこれまで逃げの1択しか存在していなかったようだ。


「冗談だろ? そんなクソルール守ってたらあっという間にまた死んじまうよ!」


 流れ着いたここがどこだか分からない。

 もしかしたら人や魔物に遭遇するかもしれない。

 それなのに、そんな訳の分からない使命を守っている訳にはいかない。


「エルフの掟だかなんだか知らないが、こんなの死んでまで守るべきもんじゃない。こんなの無視だ!」


 これまでどれ程の年月が積み重ねられた伝統だか分からないが、今のエルフの状況から考えるに、こんなのは悪しき伝統でしかない。

 今のこの命は、ケイがアンヘルという少年から奪い取ったという気持ちも僅かながら存在している。

 そんなバカげた伝統なんかよりとてつもなく重い。

 良いものは受け入れ、悪しきものは切り捨てる。

 中身はどちらかというと日本の男子高校生のケイは、それが生きていく上で大事だと考え、この掟には従わないことにいあっさり決めた。


「それはもう良いとして、まずは寝床探しだな!」


 掟のことはもうどうでもいい。

 それよりも、今はこれからのことが大事だ。

 海面に映った今のケイは幼く、アンヘルの記憶からだと5歳。

 そんな子供が生き残るためには、なるべく人や魔物に見つからないようにしなれければならない。

 そのためにも、まずは安全に寝泊まりできる場所の確保が必要だと考え、ケイは焚火の火を消し、周囲を警戒しながら海岸から離れ始めた。


「……そうだ! 何か武器になる物は……」


 海岸から離れ、人が通っていないような草むらをゆっくり歩くケイは、今このとき何かに出くわした場合のことを想像し、今さらながら持ち物から武器になりそうなものを確認し始めた。


「ナイフだけか……」


 魔法の指輪の中で武器になりそうなものは、薬草や食材となる野草を採取するときに使うナイフしか見つからなかった。

 リーチの短い五歳児がナイフで魔物に挑まなければならないなんて、何の罰ゲームだろう。

 しかもこの体、さっきじゃがいもを食べたとはいえ、碌に食事をしていないせいで痩細っていて体に力があまり入らない。

 こんな状態では、どんな魔物でも出た瞬間殺されること間違いなしだ。

 とはいっても、これしかないのでナイフを出して腰に装着した。


「……主食はジャガイモしかないようだから、植えて増やしたいところだな……」


 警戒をしながら進むが、ケイはこれからの食料のことが気になった。

 先程魔法の指輪のなかに何か食料がないか探ったが、ジャガイモしか入っていなかった。

 この付近に米や麦が生えている訳もないだろう。

 となれば、今持っているじゃがいもを増やすしかない。

 魔法の指輪には、他に炭水化物となる物は何もない。

 唯一の食料ジャガイモがなくなった場合どうしたらいいか分からない。

 これから先のことを考えたら、軽々に食べてしまうのはいかがなものか。

 先程大きめと小さめのジャガイモは食べ、残りは8個しかない。


「畑もつくらないとな……」


 そんなことを考えながら少し坂になっている茂みを登っていった。






◆◆◆◆◆


「ん?」


 周囲を警戒しながら10分ほど歩いていくと、そこだけぽっかりと空いたように樹々が生えていない場所にたどり着いた。

 その中央には小さい穴の開いた大きめの岩があり、今の小さいケイなら雨風凌ぐには十分そうな感じだ。


「ここなら海岸に近いし、多少の畑も作れそうだし、良いんじゃないか?」


 ケイが上って来た坂は流れ着いた海岸の上にある平地、もしも嵐や悪天候で波が高くなってもよっぽどのことがない限り波にのまれることはないだろう高さだ。

 好条件の場所が見つかり、ケイはここを拠点にすることに決めたのだった。


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