あすふふふぁると

エリー.ファー

あすふふふぁると

 落下することは目に見えている。

 大事なのは死なないことだ。

 多くの工夫を凝らしてはいるが、結局落下死などということが起きない。

 これにつきる。

 落ちて死ぬ。

 これをなくすこと。

 これが人類の悲願だ。

 投身自殺などあってはならない事象である。それらは多くの人間の命を奪い、多くの人の未来を奪ってきた。悪びれる様子もなく、人々の人生に深くよりそっている。

 私は研究者だ。

 どんな手を使っても、人々を守ること。

 これが使命なのである。

「博士。」

「すまない、研究者と呼んでくれたまえ。」

「大丈夫です。そんなつまらないところを気にしている人間はいません。」

「いや、気にしてるから。現に私は気にしてるから。」

「気持ちは分かります。そうなっちゃいますよね。でも、博士。」

「気持ち分かってないじゃん。」

「分かってるよ、うっさいな。」

「はあ、なにそれ。こっちは博士なんですけど。」

「研究者じゃないの。」

「間違えた。」

「そういうとこじゃん。分かんないかな、そういうとこじゃん。」

「あんまし、何度も言わないで傷つくから。」

「なんかなあ。付いていきたくなくなるんだけど。」

「ええ。それは、ごめんじゃん。」

「ごめん、とかそういうのから、もういい。そういうことじゃないんだって。」

「あ、うん。その、分かった。」

「分かったって、何が。言ってみてよ、何が分かったの。」

「あ、えぇと。」

「ほら、分かってないじゃん。分かってないのに、早く終わらせたくて直ぐ分かったっていう癖、治せないよね。」

「分かったよ、だからごめんって。」

「ほら、また分かったよ。何それ、どういう分かったよ、なの。黙れってこと。」

「そうは言ってないけど。」

「でも、分かってないのに、分かってるって言うのはもう嘘でしょ。そうしたら、もう仲良く研究はできないよ、本当にごめんだけど。」

「え。なんで。」

「それは、自分で考えてみたら。まあ、あれでしょ、どうせすぐ分かったとか言っちゃうんだろうし。」


 別にこれでうまくやっていけているのだからいいわけだが、はたから見ると中々に殺伐としている。

 長くやれているものというのは、必ず歪な形で一つの完璧な球体になるような、そんな空気を持っている。

 多くの人からすればそれらがより才能というものの価値を上げて、ただひたすらに鮮やかな未来を想像させるのである。

 ありふりれていないものにこそ価値を見て、そこから発生する世界に夜明けを見る。

 研究というある意味、見えにくいもの。分かりにくいものに神を宿らせることに必死になっている者たちがいて、その犠牲者がいる。

 分かり切った物語を、より誇大に語ることを仕事であると勘違いしているのである。


 間もなく研究は終了する。

 完結などではなく、ここで終わりである。

 これ以上の研究はなされないことが決定した。

 この研究施設も閉鎖ということになる。

 多くの者たちの関わりがあり、それによっていくつかの重要な研究結果を導き出すことができた点については、胸を張りたいところである。しかしながら、多くの諸問題に対するアプローチは確立されておらず、一切の糸口も見つかっていないものが大半というのが実情である。

 間違えてはならないのは、これ以降の研究が誰にも引き継がれないという点である。

 何も積み重ならず、何も生まれず、何も残らない。

 それがこの研究が行きついた結論である。

 何人かの研究者が拳銃自殺を行ったが、それも失敗した。

 この場所では何もかもが邪魔される。

 研究の終了も邪魔されるだろう。

 もしも、そうであるなら嬉しい限りではあるのだが。

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