第425話 大寒波襲来(6)
「答えになっていないわよ! はい! じゃないの! どうなの?」
俺の肩を掴んで揺さぶってくるエルフの女性。
「ディアルーナ様!」
ナイルさんが、慌てて俺の肩を掴んでいたエルフの女性の手を振りほどき、彼女を羽交い締めにして距離をとってくれる。
「大丈夫ですか? ゴロウ様?」
メディーナさんが、俺とエルフの女性との間に立つと、背中越しに聞いてくる。
「大丈夫です。それよりも、彼女は……」
「ディアルーナ様です。エルフの族長です」
「……正確には副族長よ。それよりも兵士君、いつまでか弱い女性の体に触れているつもりなのかしら?」
「ディアルーナ様が、ゴロウ様に危害を加えないと判断できるまでです」
「……そう。でも、勘違いしているわ」
次の瞬間には、ナイルさんの体は高さ3メートルまで吹き飛んでいた。
「私は、落ち着いているもの。だから、兵士君に止められることもなく危害を加えるつもりは最初から無かったわ」
遅れて、高く飛ばされていたナイルさんの体が、地面の上に背中から叩きつけられる音が聞こえてくる。
「ぐはっ!」
「副隊長! ――クッ!?」
「無駄なことは止めなさいね。私だって、クレメンテほどではないけれど、それなりに戦えるの。それにエルフ族は、長寿なのだから、人間よりも武術に秀でているもの」
地面の上に倒れていたナイルさんは、きちんと受け身をとったのか何度かせき込みしながら立ち上がる。
「あら? しばらく動けないように投げ飛ばしたはずだけど……、不思議ね?」
驚いた表情をするエルフ族の女性。
「まぁ、いいわ。そこの者」
人差し指で俺を指差してくる女性。
「俺ですか?」
「そう。貴方、名前は?」
「月山五郎ですが……」
「やっぱり……。そう……。私はエルフの森に住まうエルフ族とハイエルフ族の副族長をしているディアルーナと言うわ」
ニコリを笑いかけてくる彼女は、自身の名前をディアルーナと名乗ってきた。
一見、友好的に見えるが、目が笑っていない。
「副族長ですか?」
そういえば、俺はハイエルフの事に関しては、あまり知らないと言う事に思い至る。
「ええ。そうね」
情報収集をするつもりはなかったが、思わず聞き返してしまった事に、何の感慨もなく言葉を返してくるディアルーナと言う女性。
「その様子からして、姫巫女からはエルフとハイエルフについての話は聞いていないのかしら?」
聞いてないも何もリーシャは藤和さんの所で社会勉強中という労働に勤しんでいる。
「もしかして夫婦生活は円満に行ってないのかしら?」
「まだ結婚式は上げていないので……」
「そういえば、クレメンテからもリーシャが結婚したという報告は受けていなかったわね。それは失念していたわ」
溜息をつくエルフの副族長は、俺に近づいてくる。
「ディアルーナ様! ゴロウ様に、安易に近づくことは――」
「肩っ苦しいわね。辺境伯の兵士は――」
「そこまでにして頂けますか? ディアルーナ様」
いきなり声が響き渡る。
その声に、エルフの副族長は、メディーナさんの目の前で足を止める。そして、ナイルさんの方へと視線を向けると、そこにはアロイスさんと数人の兵士が立っていたが――、兵士達の服装は、肩当と胴当てだけの簡素な何時も見慣れているルイズ辺境伯領の兵士のモノではなくハーフプレートメイルと呼ばれる中世の鎧を着こんでいた。
「まったく、もう嗅ぎ付けてきたの? アロイス」
「はい。ディアルーナ様、屋敷からいきなり消えるのは止めてもらいたい。ディアルーナ様の存在が、どれだけ民に影響を与えるか――」
「アロイスさん?」
「これは、ゴロウ様。ルイズ辺境伯領に戻ってきているとは思いませんでした」
「――いえ。それよりも、どうしてここに……」
「エルフ族の副族長のディアルーナ様が、突然、屋敷から消えましたので探して此処まできました」
「つまり……」
俺は、エルフ族の――、エルフの女性へと視線を向ける。
彼女は両手を広げると――、
「まったく、しつこい男は嫌われるわよ?」
「こちらの一存で、お呼びしたのは申し訳なく思っております。ただ、結界は既に再構築されておりまして――」
「そうね。それは分かっているわ。これだけ緻密な結界を展開できるなんてハイエルフ族の、クレメンテか姫巫女くらいだもの。ただ、ずっと屋敷で軟禁状態だったのだから、気になって部屋から出てしまうもの分かるでしょう?」
「それは……」
「それに、異世界からの転移者が――、ゲートを開くモノが、この世界に無事に来れる事がどれだけ凄い事か――。アロイス、貴方も分かっているはずよ? だから、こうして、そのゲート開ける人間に興味が沸いて会いにくるのも分かるでしょう?」
「ですが、それでしたらノーマン様を通して頂ければ……」
「そんなのは、分かっているわ。だから言ったでしょう? いきなりゲートが開いたから、次にいつゲートが開くか分からないから、此処に来たって――」
どうやら話を聞く限り、軟禁を受け入れてはいたが、好奇心には勝てなかったというところか。
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