第277話 辺境伯との会話(1)
「ナイルさん」
「はい」
「少し、話をしませんか?」
「話ですか?」
「ええ」
俺は、そう返事をしながら、湯飲みと急須を持ち、縁側に座る。
10月半ばということもあり、肌寒いが――、耐えられないほどでもない。
俺が敷いた座布団にナイルさんが座り、少し沈黙が流れたところで、俺は口を開く。
「嫌なら別に答えなくてもいいんですが――」
そう、俺は前置きをする。
答えるかどうかなんてものは、コイバナ関係においては強制するのはおかしいことだ。
俺が、そう前置きをしたことで、ナイルさんが神妙な顔つきになる。
「ナイルさんは、根室恵美さんに好意を抱いているんですか?」「
「――なっ!」
一瞬で、顔を赤く染めあげるナイルさん。
それは、もう分かりやすいほどに。
「ご、ゴロウ様!?」
「……」
「わ、私は、あくまでも騎士として! ルイズ辺境伯領の騎士団――、副隊長として異世界にゴロウ様達の身を守る為に護衛騎士として派兵されています。そのようなことは――」
「そうですか……」
「はい」
これ以上は、突っ込まないようにしよう。
どうやら、ナイルさんは騎士という仕事を優先しているようだし、余計なことを言うのは野暮というものだろう。
そこで、ナイルさんが一瞬、視線を後方へと向けた。
「ゴロウ様。ユキネ様がお風呂から出たようです」
「――え?」
「ドライヤーの音が聞こえました」
「あ、ほんとだ」
どうやら、ナイルさんとの会話に夢中になってしまっていた事で、ドライヤーの音を聞き逃していたようだ。
「それでは、ゴロウ様、私は、本日は、休みを頂きます」
「分かりました。あ――」
「どうかされましたか?」
「そろそろメディーナさんを連れてきた方がいいですか?」
「そうですね。そろそろ休暇も終わったと思いますから」
「――では、後程、異世界に行ってきます。ついでに、ノーマン辺境伯に伝えないといけない事もありますから」
それに、今日は1億円近い買い物をしたからな。
お金の補充もしておかないといけないし。
「そういえば、ノーマン様にルイズ辺境伯領を継がれることを伝えるのでしたね」
「ええ、まあ――」
「分かりました。それでは、私も一緒に同行します」
「宜しくお願いします」
異世界に行くことを決めてから30分ほどしてから、雪音さんがパジャマ姿でお風呂場のある方向から姿を見せる。
「お風呂頂きました――って、あれ? 五郎さん」
「はい?」
俺は、居間で一人、パソコンを使って、紀元前時代の情報を調べていたので、いきなり自身の名前を疑問符つきで呼ばれたことに、驚いた。
「――いえ。五郎さん、服装が外行きだと思って……、どこか行かれるのですか?」
「そうですね。とりあえず、辺境伯に会いに行こうと思っています」
「あ――、それって後継者問題に関してですか?」
「そんな感じです。ただ、辺境伯が許可を出してくれるかどうかは分かりませんが――」
「大丈夫ですよ! 以前に、私も会いましたけど、五郎さんのことを本当に大切にしているのが伝わってきましたから!」
「そうですか」
俺は時計を確認する。
時刻は、午後9時少し過ぎ。
異世界では、朝の9時くらいだろう。
これなら丁度いい時間かも知れないな。
「それでは、雪音さん。自分は、ナイルさんと一緒に異世界に行ってきますので、あとのことはお願いできますか?」
「分かりました。いってらっしゃい」
居間から出てナイルさんとメディーナさんが普段使っている客間の前――、戸の前に立ち何度か襖をノックし――、
「ナイルさん、そろそろ出立しようと思いますが、いいですか?」
「少しお待ちを――」
ナイルさんが、異世界風のTシャツとズボンという出で立ちで、襖を開けて出てくる。
「それでは行きましょう。ゴロウ様」
ナイルさんを供だって、店のバックヤードへと向かう。
バックヤード側の扉を開けると鈴の音が鳴る音が聞こえてくる。
俺は、ナイルさんの手と手を繋いだまま店の中へと足を踏み入れた。
店の中は、異世界に繋がったことを示すように、窓を通して煌々と太陽の灯りが入り込んできている。
店内のシャッターを開けたあと、俺達は店の外に出る。
「副隊長! ようやくお戻りに!」
店を出ると同時にナイルさんに走り寄る金髪碧眼の美女。
「どうやら、結構前に休暇は終わったようですね」
「はい! 副隊長が戻ってくる間! 店の前で護衛をしながら、ずっと! 待っていました!」
「そうですか。それでは、今日から異世界での護衛に復帰できるという事でいいですか?」
「ハッ!」
「分かりました。それでは、早馬をノーマン様に出してください。ゴロウ様が会いたいという旨を、ノーマン様に伝えてきてください」
「ゴロウ様がですか? どう言った趣旨を?」
「それは会ってから話すと報告してください。いいですね?」
「はっ!」
ナイルさんに命令を受けたメディーナさんが馬にヒラリと乗ると、手綱を巧みに操ると馬を走らせ――、あっと言う間に、その背中は見えなくなった。
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