第256話 月山五郎の覚悟
「計画というほどの計画ではないんですが――」
「それでも教えて頂けますか? あくまでも私がしたのは状況証拠と、今まで取り組んできた内容からの予測に過ぎませんので」
「分かりました」
俺は深呼吸し――、
「まず、ルイズ辺境伯領の伯爵位を継承することを決めました」
「やはり……」
「そこは、想定済みだったという事ですか?」
「はい。今後、異世界との取引をしていく上で、異世界側で地盤固めは必要不可欠ですから。それにしても思っていたよりも――」
「何か?」
「いえ。それで、月山様が辺境伯領を継ぐという話は、ノーマン辺境伯様にはお伝えしたのですか?」
「打診は受けましたが保留中です」
「なるほど……。それでは、辺境伯領を受け継ぐかどうかの対応については、しばらく保留で問題は無さそうですね」
その藤和さんの言葉に俺は首を傾げる。
藤和さんなら、すぐに後継者としての立場を擁立するようにとアドバイスをしてくると思ったからだ。
「不思議ですか?」
「はい。藤和さんなら、すぐにでも辺境伯に話を通すようにと伝えると思っていたので」
「まぁ、本来なら、それでいいと思いますが――。今回は、事情が事情ですので……。――それで月山様、他には?」
仕方ない。
とりあえず計画の全貌を説明した方がいいな。
俺は計画の内容を藤和さんに説明していく。
すると――、
「なるほど、菱王マテリアルを噛ませて表の資金を調達すると――。その案は悪くはありませんね。外資系による土地の買い占めには、役場への影響力のある田口様が働きかけるのも効果があります。そうしますと、一番の問題は、菱王マテリアルとの交渉ですか」
眉間に皺を寄せ乍ら、そう語る藤和さん。
「まず鉱山の権利、さらに採掘の権利は、すでに此方が押さえています。よって日本でも指折りの大財閥であっても、金鉱山を奪う事は正攻法ではできません」
「奪うって……」
「莫大な利権が絡んだ場合、上級国民は、そのくらいはします。まして相手は大財閥。何を仕掛けてくるかはある程度は想像はつきますが、想定外のことは起きるものです。そこで、菱王マテリアルには採掘したあとの何割かを月山様に治めてもらう方向にしましょう。ただ、その何割かについては菱王マテリアルの人間と交渉する必要がありますが」
「ですよね」
「はい。それと、先ほどの辺境伯領の後継者問題ですが、今は、地球の方だけで手一杯になりますから、異世界とのバランスを取って領主の引継ぎ作業を行う時間はありません」
「それで今はって言ったんですか」
「はい。当分の間は、地球の方だけで手一杯です。何しろ、交渉相手は、日本の土地を買い漁っている外資系と、日本最大の大財閥ですから」
「そうですよね」
「はい。それとガソリンスタンドの建設ですが、土地の買い占めが終わるまでは実行には移さないでください。下手に情報が外に漏れると、交渉相手側に、こちらの弱みを握られる可能性があります。踝建設にも、測量も中止するように伝えてください。測量だけでも、憶測が流れる可能性はありますから」
「分かりました」
俺は、すぐに田口村長の携帯電話に電話をする。
藤和さんとの会話内容を伝える。
「うむ。わかった。それでは誠には、うまく伝えておく。そうすると、店の建設もストップしておいた方がいいかの?」
「はい。お願いします。土地の買収が全て終わるまで――」
「分かった」
電話が切れる。
「藤和さん。村長からはOKだと」
「流石は田口様です。それでは、月山様。菱王マテリアルとの交渉の日時に関してですが、全ての土地の買収が済んだ後にしましょう」
「それだと、土地の売買に支障が出ませんか?」
「取引に関してはペーパーカンパニーを利用します。結城村、結城村関係者が土地を購入しようとしている事を悟られないようにするためです」
「そううまくいきますか?」
「今は、動画サイトでソロキャンプとか流行っていますよね?」
「あ、まさか……」
「そのまさかです。その流行に乗りましょう。ソロキャンプの為に山を買う。そのための資金は、月山様が出すといことで。ここからは時間との闘いですので、そうですね……、今は10月ですので……、あと5か月と言ったところですね。土地の買収、菱王マテリアルとの交渉、それら全てを含めて――、本当に時間がありませんが、頑張りましょう」
面白そうに笑みを浮かべる藤和さん。
「もしかして、楽しんでいませんか?」
「はい。こんなに期限がギリギリに切られている交渉は久しぶりですので、私としては楽しみです」
藤和さんは、そう呟くと、今後の事について話し始めた。
――翌朝。
「五郎さん、大丈夫ですか? 今日は、お休みしていた方がいいのではないですか?」
昨日と言うか今日の朝方まで、藤和さんと話し合っていた為、いまの俺は絶賛寝不足であった。
「ふぁああ。大丈夫です」
欠伸をしながら答える。
まるで説得力はないが、そこは勘弁してほしい。
そして朝食を摂りつつも、テレビを見ている桜の方へと視線を向けた。
フーちゃんのお腹を撫でている姪っ子の桜。
「おじちゃん!」
「どうした?」
「桜も来年から小学校なの!?」
「ああ、そうだな」
「桜、友達できるかな?」
「桜なら大丈夫だ」
来年の4月からは、桜も小学校に通うことが出来る年齢になる。
それまでに、ある程度、俺を取り巻く環境も安定させないといけない。
それと同時に、手が震えて箸を落してしまう。
「ゴロウ様!? どうかされましたか?」
一緒に食事をしていたナイルさんが心配し話しかけてくる。
「いえ。ちょっと寝不足だったので」
「五郎さん?」
俺の言い訳に、雪音さんはジッと此方を見てきているまま。
「そうですか? ――では、何かあったら言ってください」
ナイルさんは、俺に何事もないと分かるとアッサリと引いてくれた。
その二人に対して、俺は心の中で礼を言う。
一瞬、手が震えたのは――、藤和さんから忠告された内容を思い出したからだ。
金山の所有権問題。
それに対して菱王マテリアルだけでなく国が関わってくる可能性があると藤和さんが示唆したから。
でも、それはあくまでも可能性の話。
雪音さん、そして桜には、伝えることはできない。
不確定なことを伝えることで不安を与えるような真似はしたらいけない。
「ごちそうさま。少し店の方を見てきます」
俺は立ち上がり、母屋から出たあと、裏手の河原に行き大きめの石の上に座り、川の流れへと視線を向ける。
そして、自分の手を見る。
まだ震えはおさまっていない。
「ハハハッ――」
思わず乾いた――、小さな笑い声が口から洩れる。
覚悟はしたはずだ。
それでも、一歩でも間違えたらと思うと、体の震えは止まらない。
20年以上も一人で暮らしてきた。
だからこそ、何か問題が起きて路頭に迷った時も、自分ひとりだけの責任を背負えばいいと思っていた。
だが――、いまは違う。
雪音さんや、姪っ子の桜――、さらには村の皆の期待を裏切れないという重圧まである。
「俺って……弱いよな……」
親父は、異世界に帰れなくなった後、一人で店を切り盛りして大黒柱として生きてきた事を考えると、自分が小さく思えて仕方ない。
――それでも!
俺は震える右手を左手で掴み――、震えを抑える。
「もう決めたんだ……。覚悟はした。だから――、あとは前に進むだけだ」
「わんっ!」
振り返る。
そこには、頭の上にフーちゃんを載せた桜の姿が。
「おじちゃん、大丈夫?」
心配そうな表情で見てくる姪っ子の桜を見て、俺は石の上から落りたあと、フーちゃんを抱き上げたあと、桜の頭を撫でる。
「ああ、大丈夫だ」
そう、自分に言い聞かせる。
俺には守る者がいる。
――だから大丈夫だ。
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