第248話 フォークリフトの声

 アタッシュケースが置かれていた居間は、朝食までにナイルさんと共に板を張ったあと、畳を設置し終えることが出来た。

 そして、朝食を皆で摂る。


「メディーナさん。店を開ける前に、先に異世界へ連れて行きますと用意は終わりましたか?」

「はい。殆ど荷物は持ってきていませんので」


 小さなバック一つを持って彼女は言葉を返してくる。


「そういえば、メディーナさんは、アイテムボックスとかの魔法は使う事はできないんですか?」

「あれは、空間魔法の一種になりますので、かなり上位の魔法で、素質も必要になりますからエルム王国でも使えるのは一握りだけだと思います。身近な方だと、エメラス様くらいでしょうか?」

「そうなのか」


 聞いていた通り、やはり、かなり特別な魔法らしいな。

 それにしても日本で購入した服は持って行かないんだな。


「洋服とかは、もっていかないんですか?」

「はい。それらは仕事着だと思っていますから」

「そうですか」


 まぁよくよく考えてみれば、メディーナさんの考えを尊重しておいた方がいいな。

 余計な情報を異世界側に与えるのは良くないし。


「それでは、そろそろ行きますか」

「はい! それでは、副隊長、行って参ります」

「気をつけてな」

「はい」


 メディーナさんとナイルさんとの会話が終わったのを見届けたあと、俺はメディーナさんを連れて異世界へと赴く。

 そして、彼女を異世界に置いたあと、戻って来て――、そのままバックヤードから店の正面へと移動したあと雑貨店を開店させた。




 莫大なお金を異世界に保管した事もあり、かなり気が楽になった俺は、商品を品出ししながら首を鳴らして小さく欠伸をした。


「ねむっ――、そういえば殆どというか、まったく寝てないな」

「月山さん」

「どうかしましたか? 根室さん」


 少し前に出勤していた根室さんが子機を片手に話しかけてきた。


「神田自動車から電話が入っています」

「神田自動車から?」


 俺は首を傾げる。

 神田自動車は、フォークリフトを購入した会社だ。

 何故に、わざわざ電話をしてくるのか? と、言う疑問が浮かぶ。


「はい。月山です」

「ああ。お久振りです。神田自動車社長の神田栄吉です」

「その節は、どうもお世話になりました」


 まだ店を開けたばかりの頃だから、運転資金が無かった時に、お世話になった人だ。

 

「いえ。じつは、フォークリフトの定期点検にお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

「別に構いませんが?」

「それでは、本日、お伺いしても?」

「はい。店には、ずっといますので。場所はわかりますか?」

「ネットで検索しましたので」


 そう返してくる社長さんに、俺は頷き――、


「それではお待ちしています」

「それでは、月山様、宜しくお願いします」


 電話が切れる。

 そして、子機で母屋の方へ電話をかける。


「雪音さん?」


 電話に出た相手に名前を尋ねるが――、


「桜なの! おじちゃん、どうしたの?」


 本当は、雪音さんから桜に伝えて貰う予定だったが、本命の桜が電話に出たから、そっちの方がいいか。


「今日、フォークリフトを売ってくれた人が、フォークリフトの点検にきてくれるみたいだから、手伝ってくれないか?」

「わかったの!」

「そうか」

「うん! フォークリフトさんがね! 幻の5速が! とか言っていたの!」

「幻の5速?」


 ちょっと何を言っているのかよく分からないな。


「うん!」


 何だか、桜がフォークリフトと会話できるような言い方をしているんだが……。

 まぁ、それは気のせいだろう。

 

「とりあえず、あとで御店の人が来るから手伝ってくれるか?」

「任せるの!」


 元気よく返事をしてくる桜。


「お姉ちゃんには変わる?」

「雪音さんには、フォークリフトを点検する業者が来るとだけ言っておいてくれるか?」

「うん! わかったの!」

「今度こそ! 桜ちゃんには負けないの!」


 電話が切れる。

 何だか最後の方で何だか和美ちゃんの叫び声が聞こえてきたが、きっとゲームで勝負しているんだろう。

 子機をカウンターの上に戻す。


「根室さん、フォークリフトの点検の為に業者がきますので、自分が居なかったときは教えてください」

「分かりました」


 俺は、根室さんにお願いしたあと、バックヤードからバケツとモップを取り出し、バケツの中に水を入れたあと、外へと移動してから窓をモップで拭きながら掃除する。


「ゴロウ様、そのような仕事は私がやります」

「大丈夫ですよ。店の外を綺麗にするのは自分の仕事なので」


 まぁ、暇だから他にやる事もないからな。


「そうですか。それにしても――」


 周囲を見渡すナイルさん。


「どうかしましたか?」

「いえ。最近、どこからか見られているような気が――」

「気のせいでは?」

「そんなことは無いと思いますが……」


 俺も、周囲を見渡すが、とくに見られているというか見てきているような車も人影も見当たらない。


「きっと気のせいですよ」

「そうですかね。それにしても、異世界というのは、月日によって、随分と気候の変化があるのですね」

「春夏秋冬のことですか。これでも、10月で、まだ秋に入ったばかりですから、寒くなるのはこれからですよ?」

「ゴロウ様が、冬服を買う為に、連れて行ってくれた理由が分かった気がします」

「ですよね」


 そこで、俺は口を閉じる。

 そして――、ハッ! と、した。


「ちょっと、ナイルさん」

「どうかしましたか? ゴロウ様」

「ナイルさんに言われて、気が付きました」

「え? 何をでしょうか?」

「石油タンクの確認です」


 俺が、実家を離れて20年以上。

 ほぼ廃屋同然だった母屋に置かれている石油タンク。

 それが、今も使えるとは限らない。

 それを完全に失念していた。

 急いで、母屋に向かい、母屋の裏手側に置かれている石油タンクを確認するが――、白色だった石油タンクは赤さびが浮いていた。

 上部から蓋を開けて見れば、下には光が見えた。

 つまり、タンクに穴が開いている状態。


「……これは、やばいな」


 クーラーと、コタツで暖を取ることは可能だが、東北地帯の豪雪部では電気が途絶える可能性だってある。

 それを考えると、石油タンクを用意するのは死活問題だ。

 携帯電話で、中村石油店に電話をする。


「まいど、中村石油店です」

「五郎です」

「おお、五郎か。どうかしたか?」

「実は、外に置いていた石油タンクなんですが、錆びて穴が開いてまして、それで使い物にならなくなっているんです」

「なるほど。それで石油タンクが必要だということか」

「はい。出来れば、大きめの石油タンクで――、店の方でも使うことを考えると500リットルの石油タンクを4つほど欲しいです。何とかなりますか?」

「少し待っておれ」


 数分、待たされたところで――、


「五郎、待たせたな。一応、在庫はある。屋外用灯油タンクジャンボタイプ490リットルになるが、それでよいか?」

「そうですね。あとは石油もお願いします」

「分かっておる。価格は、490リットルで一台85000円じゃな」

「そのくらいなら――」

「タンクは4台で34万円に消費税と言ったところか。あとは2トン近くの石油になるからの。1リットル140円だから――」

「ちょっと、待ってください」

「どうかしたのか?」

「いえ。石油って1リットル37円とかだったはずでは?」

「何時の話をしておる。いろんな税金が加算されて、いまでは1リットル140円付近が東北地域での相場だぞ?」

「とんでもない値上がりですね……」

「うむ。まぁ、お主なら問題なかろう?」

「それはそうですが……」

「2000リットル付近になるから、灯油だけで28万円。あとはタンクで4つで――、設置費用も含めて70万円くらいあれば足りるぞ」

「それでお願いします」


 命には代えられない。

 それにしても出費がえげつないな。


 




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