第247話 辺境伯との対談(4)
メディーナさんのツッコミが冴えている。
「ま、まぁ――、職務を忠実に遂行しているという事は見て取れました」
「それは命令ですから」
棘のある答えに、ナイルさんは口角を引き攣らせる。
ここは、俺がフォローしておこう。
「メディーナさん。とりあえず、雪音さんにアタッシュケースを店の方へ移動する事を伝えておいてください」
「分かりました」
家の中へと去っていく、メディーナさん。
「ナイルさん。自分達も、アタッシュケースを異世界に持っていくことに専念しましょう」
「……分かりました」
「ナイルさん、無理を言ってメディーナさんにイノシシを捌かせたのはこちらですから」
「それは分かっていますが、あのように言われたことはありませんでしたので」
「ほら、異世界に来て色々と思うところがあるのかも知れませんよ?」
「それは……そうですね」
「ナイルさんが戻ってくるまでは、メディーナさんがルイズ辺境伯領に行く予定でしたから」
「そうですか。それでは、紙幣の移動が終わりましたら1日ほどルイズ辺境伯領にメディーナを帰国させても宜しいでしょうか?」
「そうですね。定期的な休暇は必要ですから。ナイルさんも、一緒に――」
「いえ。流石に王族の方が、こちらの世界に来ている状態で何かあれば困りますので交代で、こちらの世界に居ます」
「分かりました」
二人で靴を履いてから母屋の外へと出る。
「それでは、先ほど説明した通り、表の通りに空き地にアタッシュケースを運ぶように! 迅速に! 静かに! 分かったな!」
ナイルさんの命令に頷く兵士達は、極力、音を立てないように母屋の中へと入っていき、アタッシュケースを両手に1個ずつ持ち、母屋から出ていく。
そして母屋の敷地を出たあと、店の前の駐車場――、シャッター前にアタッシュケースを積んでいく。
一度で運んでいくのは20ケース。
そんな様子を確認したあと、俺は母屋へ戻る。
そして1ケースから、2000万円ほど取り出し箪笥の中に仕舞っていく。
これは店の運転資金と急な出費の為だ。
「五郎さん? 箪笥の前で、どうかしましたか?」
「――いえ。店の運転資金を入れただけです」
「全部、異世界に持っていってしまうと、急な出費の時に困りますからね」
「はい。それよりもイノシシの血抜きの方は終わったんですか?」
「今は、血を抜いている状態です。後程、解体する感じですね」
「なるほど。それまでには、ナイルさんと戻ってきます」
「はい。お気をつけて」
雪音さんと別れたあと、俺は店の正面へと向かう。
すでにケースは70ケースほど積まれている。
そんな様子を見ながら、俺は店のシャッターを開けたあと、兵士の人達に店の中へ、お金が入っているアタッシュケースを運び込んでくれるようにと頼む。
店の通路から、空いているスペースまで次々とアタッシュケースが積まれていき、3時間ほどで、母屋からアタッシュケースの移動が完了した。
「よし! お前ら! これから辺境伯領に戻るぞ!」
響き渡るナイルさんの号令。
そんな号令を聞きながら、俺はシャッターを閉めた。
その後は、日本に連れてきた兵士達とナイルさんを、異世界へと戻す為に、行動する。
バックヤード側から、一人ずつ店内へと連れていき――、最後にナイルさんをバックヤード側から店内へ。
あとは、シャッターを開けた。
明るい陽射しが、開けたシャッター側の入り口から差し込んでくる。
「よし、このケースを全て! 向かい側の建物へ運び入れろ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
ナイルさんの命令に従った兵士達が一斉に、1億円が入ったアタッシュケースを手に店から出ていく。
そんな彼らを見たあと、俺もナイルさんと外へ。
外では、何台もの幌馬車が停まっていて、建物から持ち出されていた家財道具を兵士達が積み込んでいた。
それと同時に、建物の中からは新しい家財道具が持ち出されてこない事から、すでに全ての家財道具は持ち出し終えたのだろうと察した。
「やっぱり人数が多いと違いますね」
「人海戦術ですから。それに我が軍は優秀ですから」
ナイルさんが誇らしげに語る。
俺とナイルさんが会話している間にも、10人の兵士と、他に異世界側に待機していた兵士達が次々と店に入ってはアタッシュケースを店から持ち出し、向かい側の建物へと運んでいく。
あっと言う間に、店内からアタッシュケースが消えていく。
そして30分ほどでアタッシュケースを店内から運び終えた兵士達は、ナイルさんに休むように命令されていた。
「――さて、ゴロウ様。一度、異世界に戻るとしましょうか?」
「そうですね」
あとのことは、こちらへ頭を下げてきた執事の方にお願いすれば問題ないだろう。
ナイルさんと共に店に入ったあとはシャッターを閉めてバックヤードを通り、店から出る。
随分と時間が経過したのか、すでに周囲は明るくなってきている。
「もう朝ですか」
そう呟くナイルさんに、
「たぶん午前5時から6時頃だと思いますけど」
――と、俺は言葉を返した。
母屋へと戻ったあとは、縁側の方へと向かう。
そして縁側では、血抜きが終わったイノシシをメディーナさんと雪音さんが解体していた。
「すいません。遅くなりました」
「大丈夫です。それよりも一匹しか解体していませんから、手伝ってもらえますか?」
雪音さんの話に俺は頷く。
「ナイルさん。イノシシの解体とかは?」
「問題ありません。四足歩行の魔物の解体は、冒険者時代に腐るほど行いましたので」
「分かりました。――では、俺がサポートするので、解体の方はお願いします」
ナイルさんの助手をする形で、俺はイノシシの解体を手伝う。
次々と解体されていくイノシシ。
そして4匹のイノシシの解体が終わった頃には、目覚まし時計が鳴った。
時刻は、午前6時半。
「それでは、私は朝食の準備をしてきますね」
解体が終わったあと、雪音さんは、すぐに朝食の準備に向かった。
そして――、
「メディーナ」
「はい? どうかしましたか? 副隊長」
「少し休暇を与えます。ルイズ辺境伯領内で、休んできてください。異世界に来てからというもの、ずっと緊張しているでしょう? 少しは、心身ともにリラックスしてきてください」
「いいのですか?」
「どうぞ」
「ゴロウ様も?」
「はい。疲れていては仕事の効率が落ちますから」
俺も同意を示す。
ここで断るという選択肢はない。
「分かりました! それでは、すぐに仕度に行ってきます!」
嬉しそうに母屋へと戻っていくメディーナさん。
「さて――、ナイルさん」
俺は、母屋を囲っている壁に立てかけてある畳と板へと視線を向ける。
それは、紙幣の入っているアタッシュケースにより、居間の床が抜けたら困るからと言う理由で取り外したもの。
「畳と板を戻すとしましょうか」
「そういえば、それがありましたね」
俺とナイルさんは二人で畳をはめ込む際に畳の下に引く板を運んでは釘を打ち固定していく。
そして畳を二人で運び並べたところで――、
「おじちゃん、おはようございますなの」
「もう起きたのか?」
「うん。テンテンカンって音がしたの……」
その桜の言葉に、俺とナイルさんは思わず視線を逸らした。
間違いなく音の原因は俺達だったからだ。
「そ、そうか……」
「あれ? おじちゃん。この部屋にあった一杯のケースは?」
「異世界で保管する事になったから、ここにはもうないんだよ」
「そうなの?」
「ああ」
「そうなんだ……」
桜は何となく納得したのか居間から出ていく。
廊下に顔を出すと桜は、走り寄ってきたフーちゃんを抱き止めて、俺の部屋へと入っていく。
何をするのかと、自室へと向かう。
すると、桜は、敷いてある俺の布団の上で、フーちゃんを枕にして寝ていた。
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