第245話 辺境伯との対談(2)
黙っている俺に辺境伯は、紅茶を一飲みしたあと、
「よい。そんなに緊張するな。あくまでも儂の予測だからのう。だが――、中らずと雖も遠からずと、言ったところかのう」
つまり、事前に得ていたこちらの情報から、推測したということか。
藤和さんが、異世界人には、極力、情報を渡したくないと言った理由が、やっと分かった気がする。
相手は、同じ人間で、同じように思考している。
そして、文明レベルは、日本の方が遥かに上だけど、異世界の人は、貪欲にそれらの情報を得ようと画策している。
「少しは、目が覚めたかのう」
「それは、どういう……」
「言わんと分からんのか?」
「……」
「少しは理解できたようで何よりだ。良いか? ゴロウ。お主の回りには、たしかに良い人材が揃っておる。だが――、それを生かすも殺すもお主なのだ。それを理解して行動しなさい」
「はい……」
「儂が、辺境伯の身分でいる内は良い。だがな――、いつか世代交代する時がくる。その時に、その体たらくでは、守りたい者も守れないぞ? もっと思慮深く、回りの意見は聞く必要はあるが、場の状況に流されないように立ち回る術を身につけるようにの。さて――」
そこで辺境伯は、テーブルの上に置かれていた鈴を鳴らす。
すると執事の男性が部屋に入ってくる。
「はい」
「すぐにゴロウ近くの建物で、貴重品が保管しやすい建物――、煉瓦作りが良いな。そのような建物を買い上げるように」
「分かりました」
「それと、すぐに利用できるように」
「分かりました。ノーマン様」
執事の男性が、部屋から出ていく。
「アロイス」
「はい」
部屋の外で立っていたアロイスさんが室内に入ってくる。
「お前は、手練れの兵士の魔法師を見繕いゴロウが貴重品を保管する場所に警備として配置しておくように」
「分かりました。すぐに手配をします」
「うむ」
アロイスさんが礼をしたあと、部屋から出ていく。
「――さて、このようなところでよいかの? のう? ゴロウ」
「対価については――」
「そうだのう。別に無料でも構わんが――」
「そこはキチンとしておきたいと思います」
「理由を聞いても良いか?」
「対価を払われない仕事というのは、己の受ける仕事の重要性を理解出来ないからです」
「ふむ。よかろう」
そこで笑みを浮かべた辺境伯は手を組み俺を見てくる。
「――では、ゴロウ。お主が支払える対価というのは、何になる?」
「唐辛子を毎月1キロというのはどうでしょうか?」
「唐辛子?」
「ふむ……、どのような物か気にはなるのう」
「香辛料の一種になります。胡椒は痺れるモノで生鮮食品の――、肉などの保存に利用できますが、唐辛子には殺菌、防腐効果があります。それに適量摂取することで健康にもいいとされています」
「なるほど……」
どうだろうか? 俺の提案は飲んでもらえるか?
以前にワイバーンの食事を食べた時には、ほとんど味のない料理ばかりだった。
味があったとしても本当に簡素な味付け。
「どうでしょうか?」
「以前に、ゴロウの仕えていた国に赴いた時には、色々な味があったが……」
「それでは――」
「うむ。分かった。それでは唐辛子というモノで手を打つとしよう」
「ありがとうございます」
ここで、ようやく神田町で購入して、ずっと読んできた本が生きた。
俺が読んだ本には唐辛子は、15世紀から17世紀の大航海時代まで、西洋には唐辛子は存在していなかったと書かれていた。
もしエルム王国が北欧と同じような立ち位置あるとしたら? と、過程して話を進めてみたが、上手くいった。
「――では、すぐに移動したいモノを移動した方がよいだろう? すぐに戻るとよい」
俺は頷き立ち上がる。
そして頭を下げる。
「どうした?」
「ご教授ありがとうございます」
「よい。息子にしてやれなかった事をしているだけだからの。それと――」
「はい?」
「辺境伯家を継ぐことも考えておいてくれ」
「辺境伯をですか?」
「うむ」
「それは、どうしてですか?」
俺には魔法を使う事は出来ないし、辺境伯領を管理できるほどの器が無い事も、分かっている。
何せ、一つの店を運営管理維持するだけで精いっぱいなのだ。
だから――、
「言ったであろう? 儂が、もし死んで、お主と全く関わりの無い者が当主になったら、どうするつもりだ?」
「それは……」
さっきも辺境伯は言っていた。
「もう曾孫もいるからのう。そろそろ引退してもおかしくはない。だが――、儂の分家は殆どおらん。だから、直径のお主なら問題ないと考えておる」
「ですが、俺には魔法は……」
「魔法は使えなくても膨大な魔力を有して居る。それだけで国の結界を維持することはできるし、それだけで辺境伯領を王家から管理し任させることは、容易に想像がつく。それに――、お主が臣下となれば、ルイーズ王女殿下の立場も安定するからのう」
「……ルイーズ王女殿下のことは分かりますが、国の結界維持というのは?」
「このエルム王国が他国から攻められないようにと、初代国王が張った結界のことだ。今は、その結界維持の為に優秀な魔法師が駆り出されておるが、それも長くは続かん。儂の息子――、ゴロウ、お主の父親であるゲシュペンストですら王都に結界を張るだけで精一杯だったからのう」
「つまり、俺には、国全体を被うほどの魔力が?」
「うむ。あると思っておる。それだけの力があるなら王家も、冷遇はせぬであろう。だからこそ、お主には辺境伯領を継いでもらいたい。異世界との橋渡しもあるからのう」
「……でも、そうなると自分の家族も巻き込まれることになります」
「そこは切り分ければよいであろう? ゴロウの世界に行けるのは、ゴロウと、それにつれて行かれる者だけだ。ルイーズ王女、姫巫女のリーシャ。この二人を、こちらの世界の家族として王家に登録すればよいのだ。それに向こうの世界では、どちらにせよ、一夫一妻制度なのだろう? ならば、その方が、ゴロウにとっても良いのではないのか? まぁ、お主は、しばらくは眠る時間が無いほど忙しくなると思うがの」
「……少し考えさせてください」
「うむ。よく考えるようにの」
「はい」
すぐに答えは出せない。
俺は、ナイルさんと一緒に馬車に乗ったあと、辺境伯邸を後にした。
辺境伯邸から馬車が出たあと、前後し揺れる馬車の中で――、
「ゴロウ様」
「どうかしましたか? ナイルさん」
「あまり思いつめない方が宜しいかと思います」
俺とナイルさんとの会話を間近で聞いていたナイルさんが気を使ってくれたのか話しかけてきた。
「そう見えますか?」
「はい」
頷くナイルさんに、俺は小さく溜息をつく。
あくまでも心の中だけで考えていたのに、それを見透かされてしまうとは――。
「ナイルさんは、家督相続とかは、あったりしたんですか?」
「私は、貴族家の四男ですから。家督相続とか家督の跡目には、殆ど関係はないですね。それに、今は、貴族ではありませんし。家名もありませんから」
「そうだったんですか」
「はい」
「もしかして、ルイズ辺境伯領の騎士団には、元・貴族の方は多いんですか?」
「多いですね。6割は、元・貴族で構成されています。ですから、魔法が使える兵士が多いわけですが……」
「その言い方だと、魔法は貴族の特権みたいに聞こえますね」
「以前は、そうでしたけど、いまは一般人と血が混じりましたので民間人でも魔法が使える方は多いです」
「そうなんですか」
「はい」
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