第213話 リーシャがやってきた。

 バックヤードから母屋に出たあと、藤和さんと一緒にヘリコプターに乗り、山岳救助隊にヘリコプターを返したあと、俺が運転するワゴンRで迎賓館に向かう。

 

「藤和さんは、スーツの方が似合いますね」

「ありがとうございます」


 俺はヘリの返却手続きをしている間に、ボストンバックを片手に持ってきていた藤和さんはスーツ姿へと。

 やはり普段からスーツ姿を見慣れている事もあり、執事服はどうも。


「それより月山様も、交渉事が上手くなりましたね」

「いえ。自分はまだまだ」


 実際、今回の国王陛下を、どう歓迎するかは藤和さんが筋書きを描いたわけで、俺は、それを実行したに過ぎない。


「それでもです」

「それにしても、国王は秋田市を見て驚いていましたよ」

「でしょうね」


 藤和さんは、自信満々に頷く。


「やはり確信が?」

「はい。一度、月山様と異世界の市場で市場調査した事があったかと思いますが」

「そういえば――」

「その際の文化レベルを、地球の文化水準レベルと比較して確認致しました。そこで、私が導き出した答えは、異世界の文明レベルは地球で言う所の紀元前3300年から紀元前1200年頃と推測致しました。ただ、一つ問題がありまして――」

「問題ですか?」

「はい。異世界には、魔法があると言う事です。魔法があると言う事は、現代の科学に代わる技術体系の存在を考えた方がいいですから。ただ、ルイズ辺境伯領の主都には、それほど大きな建物は存在していませんでしたから、建築技術から、それほどでもないかと――」

「なるほど……。つまり建築技術を国王陛下に見せることで、下手に、こちらの世界に干渉してこないようにと?」

「はい。一応、持たせたアタッシュケースの中には、そう言った資料は入れておいたのですが、資料は資料ですから」

「百聞は一見に如かずという事ですか」

「そうなります。あ――」


 話をしていた所で藤和さんが、声を上げる。

 珍しいこともあるものだと思ったところで――、


「月山様、劇団員への支払いですが――」

「あ、それは大丈夫です。きちんと持ってきていますので」


 一応、雪音さんに許可を取った上で、自宅からお金を持ってきてある。

 ほぼ全財産だが――。


「田口雪音さんが、よく許可しましたね」

「必要経費だと」

「そうですか。――では、劇団員への支払い額ですが……」


 そこで、劇団員に支払う額について藤和さんは呟く。

 その額は思っていたよりも大きいが払えない額でもない。

 中々に絶妙な経費だ。


 迎賓館に到着し、俺と藤和さんは車から降りる。

 そして建物の中に入ったところで――、


「藤和。どうだったか? 私達の演技は?」

「パーフェクトだったよ。それよりも、劇団員の方々も疲れただろう?」

「そうだね」


 国王陛下が滞在したのは3時間ほどだが、それでも、休憩なしでずっと演技をしていたのだ。

 疲れないと言う方がおかしい。

 

「あの、これを――。また頼むことがあると思いますが、その時は、また宜しくお願いします」

「もちろんだよ! 良い稼ぎになった! いつでも連絡してほしい!」


 俺は劇団員の団長から渡された名刺を懐に入れる。

 そして――、大型トレーラーに乗って迎賓館を去っていく劇団員に頭を下げた。


「終わりましたね」

「はい、何とかなりました」


 俺の全財産は、現在10万円を切ってしまっている。

 早めに何とかしないと。

 もう一度、国王陛下が襲来したら破産してしまう。


「とりあえず鍵を閉めて帰りますか」


 俺は迎賓館の鍵を閉める。


「ゴロウ様!」


 すると、どこかで聞いた事があるような声が上空から聞こえてくる。

 

「思わず顔を空へと向ける」


 何も見えない! だが! 本能が危険を知らせてくる! 避けろと!

 俺は咄嗟に、俺は右側に避ける。

 それと同時に――、


 ――ズドンっ! と、言う大きな音が周囲に響き渡る。


 舞い上がった煙。

 その煙が徐々におさまっていったところで、煙の中から土方服を着たリーシャが姿を現した。


「どうしてリーシャが、ここに……」


 リーシャは、藤和さんのところで運ちゃんとして更生して労働していたはずでは?

 俺は藤和さんの方へ視線を向けるが、


「月山様。リーシャ殿の魔力が枯渇しかけていますので、一度、異世界へ連れて行ってください」

「あー」


 そういえば、そんな話があったな。

 それにしても何か月も、藤和さんのところで仕事をしていたわりには元気だよな……。


「ひ、久しぶりだな。リーシャさん」

「もう! ゴロウ様と、私の仲なのですから、リーシャ! と、親しみを込めて、呼び捨てにして構いませんわ!」

「そ、そうか……。それで、リーシャの方は仕事は順調なのか?」

「はい! 見てください! これを!」


 リーシャは、巨乳の間から赤い手帳のようなモノを取り出す。


「パスポートか?」


 それは紛れもなく異世界ではなく外国へ行くための身分証明書。

 ――というか、リーシャは異世界人なのに身分証明書が取れた方が俺にとっては不思議というか驚愕なんだが……。


「藤和さん……」

「蛇の道は蛇ですよ? 月山様」


 つまり深くは詮索するなってことか。


「冗談ですよ。そんなに不信感ある瞳で見ないでください。田口村長に、日本での戸籍を作って頂いただけです」

「それは大丈夫なんですか? 公文書偽造罪とか……」

「大丈夫です。私と妻が後継人になっただけですので」

「後継人に?」

「はい。私の父が外国で一夜を共にした女性との間に生まれた子供という設定にしてあります」

「……はぁ」


 かなり無理矢理だなと思いつつも、大型トラックの車の免許を取らせる為に戸籍を用意したりと、藤和さんは、リーシャに対して、かなり気を使って大切にしているようだ。


「ちなみにリーシャは、ずっとトラックの運転手をするつもりなのか?」

「違うわよ!」


 トラックの運転手なら、ある程度は自由が利くから魔力の回復の為に、うちに寄るという事もできる。

 だが、リーシャからの答えは違った。


「つまり何かしらの事業を手伝うのか?」」

「ふふん。私は世界を股に掛けるの!」

「世界を?」

「藤和が――、じゃなくて藤和社長が、ホンジャラスに支店を立ち上げるから、そこの支店長を! って、言ってくれているの!」

「ホンジャラス……」


 俺の記憶が正しければ治安は――、とくにリーシャが行く場所では……。

 もしかして藤和さんは、リーシャのことが嫌いなのでは? と、一瞬思ってしまう。


「冗談ですよ。冗談」

「えー、そうなの?」


 不満げに口を窄めるリーシャ。

 彼女は、ホンジャラスを知らない。

 知らないなら、それでいい。


「はい。リーシャさんには、月山雑貨店のお手伝いと商品の搬送を手伝って頂ければと思っています」

「つ、つまり! 私は、ゴロウ様の嫁! 花嫁修業は終わりってこと!? ねえ! 藤和! じゃなくて社長」

「そうなります。ただ、すぐではありませんので」

「そうなのねー」


 がっかりとするリーシャ。

 まぁ、リーシャの生態から見て、我慢出来ている時点ですごいからな。

 以前のリーシャだったら、俺を目の前にしたら衣類を脱いで裸で突っ込んでくる事も考えられた。

 その事を考えれば、今は理知的に話が出来るだけ藤和さんの社員教育がすごいというのが薄々と理解できてしまう。


「ま、まぁ……とりあえず、リーシャ」

「はい!」

「今日の夜には異世界に行って魔力の回復でもするとするか?」

「つ、つまり――」

「デートではないからな」


 俺は先制してツッコミを入れておく。

 ぶーっと、頬を膨らませるリーシャを見て――。


「それでは、藤和さん。今日は、リーシャはうちで泊りますので」

「はい。お願いします。リーシャ、魔力が回復したら戻ってきてください」

「分かりました! 社長!」


 啓礼のポーズを取るリーシャ。

 一体、何を見て学んだのだろうか? と、思わず、心の中でツッコミを入れてしまっていた。





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