第212話 王家側との交渉(2)

 その問いかけに、俺は、藤和さんの方をチラリを見る。


「陛下。先代の当主様ゲシュペンスト様は、一ヵ月一度は体調が優れないという理由で、エルム王国に戻っていました。それを参考にされますと――」

「あの歴代の魔法師の中でも最強の力を持つ男でも一ヵ月に一回となると……、ルイーズは魔力を殆どもっておらんからな。一週間に一度は、戻った方がよいのかも知れんな」


 この期間については、正直ハッタリだ。

 既に故人となっている以上、いくらでも嘘をつくことはできる。

 実際、ナイルさんは、一ヵ月以上、戻ってないし。

 ただ、それを知っているのは辺境伯や、それに近しい人達だけで、王族の方々は知る由もない。

 何しろ、命が掛かっているのだ。

 自分の体で人体実験のような真似はできないだろう。

 それに、俺と繋がりを持っておきたい王宮側としては、庶子の子とは言え王族の血を引くルイーズ王女殿下を無碍に扱うこともできない。

 そう考えると――、


「はい。私も、そのように考えています」


 あくまでも期間を決めたのは国王陛下と言う体で話を持っていく。

 それに頷く国王陛下は、お茶を一口飲んだあと、ソファーに背中を預ける。


「それにしても、このソファーもそうであるが、建物の中の調度品や家具は、それなりに費用は掛かったのでないか?」


 すると、突然、こちらの財政を確認するかのような口ぶりで話しかけてくるが、俺は冷静を装いつつ、藤和さんの方を見てバトンタッチする。


「国王陛下。ルイーズ王女殿下は、エルム王国の血を引かれる尊い方です。その方と婚姻を結ぶ事――、王女殿下が住まわれるエルム王国との貿易・外交の拠点とする場所において予算を出し渋るなど、そのようなことは月山家は行いません。そんなことは当家の恥となりますし、何よりもエルム王国を軽んじる行為になります。そのような行為を、ルイズ辺境伯領の、辺境伯様を祖父として持つ五郎様が良しとする訳がありません」

「なるほど……」


 藤和さんの説明に、笑みを浮かべる国王陛下。

 

「そなたのエルム王国王宮側、並びに王家に対する考えは理解できたぞ? ツキヤマよ。お主を臣下として持つ事が出来ぬのは些か、残念ではあるが、王家に対して、これだけの支出をして尚且つ、忠誠に近い考えを持つのであれば、我としても許可を出そうではないか」

「それでは――」

「うむ。ルイズ辺境伯領での商業活動を認めるとしよう。ただし、商品を販売する際には、その商品を先に王家へ届けるように。良いな?」

「分かりました」


 何とか、こちらのもてなしで納得してくれたようで、俺はホッと胸をなでおろした。

 少ししてから、辺境伯を初めてとして王家の方々を再度ヘリコプターへ乗せて雑貨店の駐車場に移動したあと、異世界へ無事に届けることで事なきを得た。




 店先から異世界へと出ていく辺境伯や国王陛下たちの後ろ姿を見送ったあと、俺は、店の中のシャッターを下ろすボタンを押す。

 そして一息つく。


「はぁー、やっと帰りましたね」


 俺は深く――、本当に深く溜息をつく。

 一時はどうなるかと思ったが、何とかなるものだ。

 もしかしたら、俺も交渉事に関しては多少は成長しているのかも知れない。

 

「ゴロウ様」

「……ナイルさん?」

「はい。ナイルです」

 

 俺は近くで執事服を着こんだままの藤和さんへと視線を向けるが、その笑顔は心なしかお怒り気味な気がする。

 いや、実際には怒っているのだろう。

 何せ、異世界側の人間に、俺が国王陛下の接待に関して良い印象を持っていないと言う事が分かってしまったのだから。

 とりあえず、無言で圧力を掛けて来る前に、ナイルさんが店内に残っている事くらいは知らせて欲しかった。


「……ど、どどど、どうして、ナイルさん……が?」

「ああ。そんなに緊張しないでください。ゴロウ様が、王家に対して、どう思っているかを王宮側に伝える事はありませんから。私が、此処に残ったのは、ノーマン様からの指示です」

「辺境伯様から?」


 コクリと頷くナイルさん。

 俺はその様子に思わず首を傾げる。

 辺境伯が、騎士団副団長を、わざわざ俺の近辺に配置する意味が分からなかったからだ。


「はい。今後の店舗運営に関しまして、必要な手続き等などで詳細を詰めるようにと書類も渡されています」


 ナイルさんが取り出した書類を見て、藤和さんが「書類を?」と、小さく呟く。


「確認してください」


 書類を受け取った藤和さんは、流し読みしていく。


「月山様」

「はい?」


 書類を読み終わったところで藤和さんが、俺の方へと書類を手渡してくる。

 俺も書類を受け取り、書類に書かれている文章を確認する。

 その文章は異世界文字で書かれているが――、


「藤和さん、これ、読めたんですか?」

「はい。言語を読めるようにしておくのはビジネスマンとしては常識ですので」

「ですよね……」


 俺は話すことは出来るが、文字の方は……と、思って文章を見たところで、首を傾げる。

 何と、異世界の文字が母国語と同じレベルで読めるようになっていたからだ。

 もしかして、俺にも隠された能力が!

 それは良いとして、文章に書かれている内容は、月山雑貨店を昼間の間は営業して欲しいという内容だった。

 正確な時刻からすると、日本の時刻に直すと午後9時から午前9時まで。

 

「これは……、かなり無茶ぶりなのでは――」


 本格的に店を営業するとしても、店である以上、値札の設定やレジの設定など、やる事は山ほどある。

 そんなことは、店舗を少しでも経営していたら分かることだ。


「はい。ゴロウ様でしたら、そう言われるとノーマン様も分かっていた為、私が残りました」

「つまり、ナイルさんは異世界の窓口ってことですか」

「はい。そうなります」


 なるほど。

 ナイルさんが残った理由がようやくわかった。

 ただ、日本での月山雑貨店の営業時間は、午前9時から午後9時までだから、商品の補充や値札などを考えると、ちょっと対応が難しい。


「月山様」


 考え込んでいると藤和さんが話しかけてくる。

 もしかしたら藤和さんなら良い案があるかも知れない。


「何か良い案でも?」

「はい。この際ですから、日本で経営する店舗と、異世界で商売する店舗、それぞれを分けてみたら如何でしょうか? 既存の店舗は、異世界と繋がっていますので、結城村で運営する店舗を建てるという感じになりますが」


 そう、来たかー。

 でも、たしかに異世界用の店舗と、日本用の店舗の二つで分けておけば値札を一々、交換する必要はないし、レジの設定も楽だよな。

 それに何より異世界なら、異世界用の商品を置くことも出来る。


「なるほど……」


 ただ問題は、初期費用が大変な事になると言うこと。

 先行投資という意味合いも込めて借金をするという形も……。


「ナイルさん」

「はい。ゴロウ様」

「辺境伯様に、異世界専用の店舗を用意するので、資金調達の為に塩を大量に購入して欲しいと伝えてもらえますか?」

「分かりました」

「あとは……」

「まだ何か?」

「じつは、ずっと考えていたんですけど……」

「何をですか?」

「俺が、毎回、手を引いて店舗の中に客を呼び込むのって効率が悪いと。店舗に入る時の、仕様を変更する事とかって出来ないんですか?」

「それは、私もわかりませんが……、ハイエルフの方なら何か分かるかもしれません」

「そういえば、ゲートを作る時にもハイエルフの方に協力してもらったんでしたっけ?」

「はい」


 コクリと頷くナイルさん。


「――では、ハイエルフの族長クレメンテ様と対話できるように、ノーマン様へ連絡しておきます」

「よろしくお願いします」


 俺はシャッターを開けて、ナイルさんを店の軒先から外へと出した。

 彼が馬に乗って辺境伯邸へ向かったのを確認した後、俺はシャッターを閉めた。







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