第191話 フーちゃん、フィーバーする。
「はい! フーちゃんに曲芸一回を注文するのにジュース1本だよ!」
和美ちゃんが即席のハリセンを持って、外に積んだジュースの入っている段ボールをパンパン! と叩いている。
そんな和美ちゃんの前には、動画主が並んで立って居り飛ぶようにジュースが一本ずつ売れていく。
もちろんキンキンに冷えたやつだ。
「本当に、いいんでしょうか」
俺は、店内の品出しをしながら手伝ってくれている恵美さんに話しかける。
「まぁ、娘も桜ちゃんも遊びの感覚で楽しんでいますし、たまには、こういう息抜きもいいのかと思います。ここは、自然は多いですけれど、刺激って少ないですから。子供って、刺激を求めますから」
「たしかに……」
まぁ、法外という価格ではないし、お年寄りが孫に何かを買ってあげるという感覚で大勢の生主がお金を払っているのだから良しとしておくか。
あまり口を出しても、あれだからな。
お昼になり、昼食を桜や和美ちゃんが食べた後も、次から次へと交代するかのように県外から車がひっきりなしにくる。
そして――、午後3時を過ぎた頃には、二人とも疲れたのか眠くなったようなので、撮影会を切り上げた。
母屋に連れていったあと、居間で横になると二人はすぐに寝てしまう。
きっと疲れたのだろう。
――そして、店先に戻ると、生主達も蜘蛛の子を散らすように居なくなっていた。
店の中に入り、レジを操作していた恵美さん。
そんな彼女は外を見て――、「撤収するのは、早いですね」と、話しかけてきた。
「まぁ、編集とか色々ありますからね」
そう俺は言葉を返しながら、和美ちゃんが机として使っていた重ねられた段ボールを畳んで片付けていく。
「月山さん」
「はい? 今日の、店の売上がすごいです」
「ですよねー」
和美ちゃんが途中から、炎天下の中だったこともありアイスクリーム2本でフーちゃんの芸を見せると値段を釣りあげたのだ。
つまり、飲料関係とアイスクリーム関係、そして冷食を電子レンジでチンして食べられる奴とカップ麺は殆ど売れた。
「これは、明日も忙しくなりそうですね」
「はい。月山さんが昼食に行っている間に、雪音さんが商品の発注をしていました」
「そうですか」
それにしても……。
俺は店先で尻尾を振って番犬のように座っているフーちゃんに向けて、買い置きしているお徳用サイズの安いドックフードの入った器を置く。
「よく頑張ったな。明日も、来たら頼むぞ」
フーちゃんは、俺の労いの言葉が理解できたのか、自身の前に置かれた器を見て――、「うーっ! がるるるるるっ! わんわんっ!」と、頭を撫でようとした俺の手に噛みついてきた。
ほんと、仔犬だから、そこまで痛くないが――、どうして、俺にだけ、そんなに懐かないのか謎で仕方ない。
夜遅くになり、10トンの大型トラックと、冷凍車が雑貨店の駐車場に入ってくる。
「月山様。お待たせしました」
トラックから降りてきたのは、藤和さん。
「すいません。急ぎで商品を持ってきてもらって」
「いえ。それよりも、異世界で商品を売られたのですか? いつもと違う様子なのですが……」
どうやら、藤和さんにフーちゃんの撮影会の事は話していないらしい。
「いえ。実は――」
俺は、商品が多く売れた理由を掻い摘んで話す。
それに藤和さんは何度か頷き――。
「なるほど。つまり特需が発生しているという事ですか」
「簡単に言うと、そんな感じです」
「そう致しますと、納品の計画を立てるのは難しそうですね。安定的な消費ではなく、一過性の物ですから」
「そうですよね」
「はい。ただ……」
藤和さんがスマートフォンを取り出し、何か操作をして俺を見てくる。
「この特需を利用しない手はないですね」
「それは、どういう……」
「これからのことを考えまして、村長に協力を要請しましょう。結城村には、以前に村長からお聞きしましたが、幾つかの特産物があるようですので、軒先で販売してもらいましょう」
「また明日も、動画サイトの投稿主が来るとは思えませんが……」
「月山様は、フーちゃんの動画を見ましたか?」
「一応は……。すごい動画視聴数が回っていましたが……」
フーちゃんの動画は、少なくても100万再生は回っていた。
それは、かなり多いと見て間違いない。
ただ――、問題は、フーちゃんの動画の為だけに、田舎の山間の盆地にまで連日くるかどうかが問題なわけだが……。
「まず基本的に動画を投稿している方は、登録者数を伸ばす事と視聴数を伸ばす事を優先しますが、それ以外に気を付けていることがあります」
「気を付けていること?」
「はい。炎上しないかどうかということです」
「たしかに……。炎上すると大変ですからね」
「はい。ですので、無難なペットの動画に転向する方は非常に多いです。さらに視聴回数をキープできるとしたら――」
「否応が無しに再来店すると?」
「はい。ただ――、ブームというのは去る物ですので、今後の金山計画を含めて深層心理に結城村があったという事実を認識してもらう手には使えます。しかも、大勢多数の方に」
「なるほど……。そこで結城村が、どういう場所で、どういう特産物があるのかを動画サイトを通じて積極的に流してもらうと」
「そういうことです。ちなみに、フーちゃんの動画は、すでに上がっています。しかも、SNS上では、動画投稿を始めた初日にフーちゃんの動画を投稿した人は軒並み収益化のラインである投稿人数を一瞬で超えているようですので――」
「フーちゃんフィーバー……」
思わずボソッと呟いてしまう。
「そうですね」
俺と藤和さんが話している間に、トラックの運転手は荷物が載っているパレットごと駐車場に置いていき、10分もかからず常温でも保存できる物は荷下ろしが終わる。
それからはアイスクリームの搬入になり、流石に夜とは言え夏場。
アイスクリームはすぐに溶けてしまうので、俺と藤和さんとトラックの運転手で手分けしてアイスクリームを冷凍ケースへと並べていく。
全てが終わったのは、日が代わるころ。
藤和さんが差し出してきた伝票にハンコを押して、長い一日が終わった。
藤和さんと別れたあとは、フォークリフトを母屋の方まで移動し、予め桜に入れて貰っていたエンジンを切る。
母屋に戻ったあとは、雪音さんが夜食を作ってくれている間に、いまは桜が使っている部屋の襖を開けるとベッドでは、フーちゃんを抱くようにして桜が寝ていた。
そっと襖を閉めてから、風呂に入り夜食を食べる。
「今日の売り上げは、すごかったですね」
「おかげで今日は商品の搬入で腕が死にました」
俺はプルプル震える腕を見せながら語る。
「大丈夫ですか?」
「何とか……。集中豪雨みたいな感じではなくて、もっと平均的にお客様には利用して欲しいですね」
「それは難しいですよね」
「ですよね」
俺と雪音さんは、互いに見つめ合う。
「そういえば、雪音さん」
「はい?」
「実は言っていなかったことが――」
「何でしょうか?」
雪音さんは、首を傾げながら俺を見てくる。
そんな彼女に異世界で起きた出来事を掻い摘んで話す。
「そうですか……。五郎さんを貴族にしたいと……。あとは、婚姻関係を結びたいと――」
何故か知らないが、台所の空気が少し下がった気がした。
「それは……」
「それは駄目なの! ねー。フーちゃん!」
「わん!」
雪音さんが何か言う前に、桜が、こっそりと廊下から台所を伺うようにして立っていた。
最近では背中まで伸びていた栗色の髪は、腰近くまで伸びていて、現在は就寝の為にお団子頭にしてはいるが――、桜の頭の上にはフーちゃんが、スフィンクスのように乗っていた。
相変わらず絶妙なバランスだ……。
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