第141話 リーシャとの交渉(2)
「仲は悪くは無いと思いますが……」
こればかりは藤和さんには説明し辛い。
何せ、藤和さんはリーシャさんのことを見たことがないからだ。
「つまり――、ゲートの管理者とは特別に仲がいいわけでもなく――、対価も払ってもいない。なのにゲートの維持をしてくれている方と言う事ですか?」
「そうですね……」
そういう纏め方をされると、まるで俺が悪いように聞こえる。
まるで俺は女性を良いように利用しているだけの男に見えてしまう。
「とりあえず、ゲートの詳細については交渉のイニシアチブを取る為に絶対に必要になるものです。まずは辺境伯と商談を行う前に、管理者の方と話し合いの場を設けた方がいいかも知れません」
「そんな時間が取れますか?」
「取れる取れないではなく、やるしかありません。今回の交渉の場に赴く前にゲートに関しての情報を把握しておくことは最重要問題です。私も失念していました。こんな重要な事を――」
藤和さんが、眉間に皺を寄せているが、俺としては異世界と日本を行き来できるのが俺次第なので特に問題無いと思っているが……。
「そうですね」
一応、深刻そうな表情をしている藤和さんに便乗して俺も頷いておく。
それよりも問題は、藤和さんが話していた通り、リーシャと連絡がつくかどうかが問題になる。
下手をすると明日には王族を招いて猟友会の集まりを見てもらう必要もあるし、その為の交渉もしないといけない。
正直、時間がまったくない状況で移動に数日は掛かるエルフが住んでいる森まで移動するのは不可能。
「ただ難しいかも知れないですよ?」
「難しい? その管理者は、町には住んではいないんですか?」
「それは分かりません。じつはリーシャさんは、近くの森に棲んでいるエルフらしく移動に数日、時間が掛かるそうです」
「――それは……、困りましたね。つねに町に居るものかと思っていました」
「少し変わったエルフですから……」
「どうして遠くを見るような目で語っているのですか?」
「いえ、ちょっとばかり変わったエルフなので……」
「そうですか。それは肉を食べるエルフのような?」
「もっとですね……」
「もっと! ですか……。なるほど……」
――ん? なんか納得したぞ?
もしかして、エルフとは名ばかりのサキュバスと言う事を何となく知ったとか?
――いや、それは無いよな……。
「お茶を持ってきました。どうぞ――」
「すいません」
藤和さんが礼を言いながらお茶を口にし――、俺もお茶請けを口にしたあと熱いお茶を飲む。
夏だが、お茶は熱いに限る!
「何か妙な話をしていましたけど、話は纏まったんですか?」
「――! はい。ですよね? 月山様!」
「ええ、まあ……」
さすがに婚姻の話などをしていたという事を、雪音さんが居る前で暴露するほど俺は不誠実な人間ではない。
そもそも、雪音さんとは正式にお付き合いをさせて頂いている訳だし、そんな状態で余計な気苦労をかけさせるなど日本男児としてあり得ない事だ。
「本当ですか?」
ニコリと微笑みながら、藤和さんをジロリと見る雪音さん。
そのあと俺の方へと視線を向けてくる。
そして――、ジッと、目を背けずに俺の方を無言で見てくる。
おかげで交差する視線に耐えきれなくなり、俺から目を背けてしまう。
「――そ、そろそろ向こうに行きましょう! 早めに行った方がいいですし……」
微妙な空気になったのを察してくれたのか藤和さんが助け船を出してきてくれるが――。
「五郎さん」
先に立ち上がり部屋から出ていった藤和さんを追いかけるように部屋から出ようとしたところで、服を掴まれる。
振り向くと――、
「私は、五郎さんを信じていますからね? 約束しましたよね? 隠し事は駄目ですよ?」
「――あ、はい……」
ジッと俺を見てくる雪音さんに俺は頷くことしかできない。
「田口様」
「藤和さんは黙っていてください」
「はい……」
有無を言わさない雪音さんの言葉に藤和さんは閉口。
やはり、さっきの話は聞かれていたとみていい。
「自分は雪音さんと結婚を前提としたお付き合いをしていますので、他の女性には目移りするような事はないです」
とりあえず率直な気持ちだけ伝えておく。
余計な言い訳をしても意味はないと思ったから。
「はい!」
――あれ? 何か知らないが、いきなり機嫌が良くなったぞ?
「あの……、雪音さん?」
「はい!」
「怒っているのでは?」
「どうしてですか?」
「だって……さっきは――」
「少しだけモヤってきました! でも、私と結婚前提で付き合っていて、命を掛けてくれているのなら、すごく嬉しいと思いました……、でも……」
「でも?」
何かあったか?
「直接言ってほしいかなって……」
「……」
なるほど……、良くわからん。
乙女心と言う奴なのか?
念のため、藤和さんの方を見ると小さな声で「ごちそう様です」と、呟いていた。
食事を摂ったあと、玄関で靴を履いていると雪音さんが、「五郎さん、いってらっしゃい」と、見送ってくれる。
「……行ってきます」
そう言葉を返す。
「藤和さん、余計なことはしないでくださいね?」
「善処します」
ニコリと、俺と藤和さんを送りだしてくれた雪音さん。
母屋を出たあとは、中庭を通り雑貨店のバックヤード側へ。
扉を開け――、鈴の音が鳴るのを聞きながらバックヤードに足を踏み入れたところで、店内が明るい事を確認しつつ店の中へと入る。
「ラブラブですね」
俺がシャッター開閉のスイッチを押そうとした所で、藤和さんが話しかけてくる。
「そうですか?」
「はい。それにしても――」
「それにしても?」
「…………いえ。何でもありません。それよりも、ゲートの管理者の方に出来れば会っておきたいモノですね」
何か言いかけたところで、藤和さんは閉口してしまう。
俺としては別段、話すこともないのでシャッターを開けるボタンを押す。
ガガガガと、音を立てて店前のシャッターが上部に上がっていき――、入口から陽光が差し込んでくる。
「――さて、参りますか」
「そうですね」
藤和さんの腕を掴み店の外へと出ると、店の周囲を警戒していた兵士の姿が目に入るが――、
「へんですね?」
最初に異変に気が付いたのは藤和さん。
俺もすぐに兵士が談笑をしていて、俺達には何の感心も示さない事に気が付く。
「これは――」
以前に、同じような現象に合ったことがある。
その時は――、
「月山様、何か心当たりでも?」
「はい」
俺はコクリと頷く。
「ゴロウ様!」
「リーシャか」
空に浮かんでいる人影が一つ。
それは、漆黒の――、コウモリのような翼をパタパタと羽ばたかせながら滞空しており、犬のようにハート型の先端を持つ黒い尻尾をこれでもか! と、言うほどブンブンと振り回している。
「……月山様。あのサキュバスは?」
「エルフです……」
「…………」
無言になり、眉間を揉みながら思案し出す藤和さん。
「なるほど……、さすがは異世界……、私達の常識からはかけ離れているという事でしょうか。――ん? そうしますと……肉食というのは精肉ではなく……そっち方面の……なるほど……、これは難しい案件ですね」
何やら一人ごとをブツブツと呟いている。
そんな間にも、静かに俺達の前に降り立ったリーシャは、頭を下げてくる。
「お久しゅうございます。ゴロウ様が、私を必要としているのを感じて急いで伺いました!」
赤い縦線の入った赤い瞳を潤ませて俺に近寄ってくる。
正直言うと、「別に、必要としてはいない」と! バッサリと切って捨てたい所であったが、今後のことを考えると藤和さんが親睦を深めておいた方がいいと助言してくれていたので、面と向かって言う事はしない。
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