第140話 リーシャとの交渉

「構いませんが……」

「ありがとうございます」


 律儀に確認を取らなくても大量に積載されている商品の置き場所がないのだから、断らなくてもいいと思う。

 まぁ、礼節を大事にするのは藤和さんのいい所でもあるけど。


「――では、私は運転手と明日の事について話をしてきますので」


 そう言うと藤和さんは駐車場に集まって談笑をしているトラックの運転手達に話しかけていた。

 内容は、明日の商品の受け渡しや賃金の支払いなどと言った内容。


「俺も店を閉めるか」


 明日のイベントについて不安がないのか? と、言えば不安はある。

 何せ、猟友会のイベントで月山雑貨店が関与するのは、今回が初めてなのだ。

 しかも仕入れた商品の量が量だけに全部とは言わなくても、それなりに捌けてほしい。


「五郎さん! レジの方のチェックは終わりました」

「ありがとうございます」


 店を閉めていたら、何時ものように雪音さんがレジ閉めの手伝いに来てくれたのでスムーズに閉店作業が進む。


「月山様」

「ああ、藤和さん。もう少し待っていてください」

「五郎さん。それでは売上金は、母屋の方へ先に持っていっておきますね」

「よろしくお願いします」


 雪音さんが、雑貨店の表から出ていくのを藤和さんと自分で見送ったあと、二人して店を出たあとシャッターを閉める。


「――さて」


 一息ついたところで、「月山様」と、藤和さんが話しかけてくる。


「どうかしましたか?」

「いえ。月山様は、たしか独身でしたよね?」

「そうですが……」

「田口様とは、どこまで進んでいるのですか?」

「どこまでとは……」

 

 ビジネス的な繋がりが基本的な藤和さんらしからぬ問いかけに俺は首を傾げる。


「とくに、これと言った進展はありませんが……」

「将来的には、結婚を予定されているのですよね?」

「一応、結婚を前提にお付き合いをすることは田口村長には伝えてありますが……」

「そうですか」


 何度か頷く藤和さん。

 何か、俺が結婚するかしないかで問題でも起きるのか? と、考えてしまうが、それで藤和さんとの取引が変わるとは思えないが……。

 

「月山様」

「――っと……。何か?」

「これから異世界に向かうに当たって月山様に一つ伺っておきたい事があります」

「それは、母屋の方では?」

「いえ、母屋では聞けない内容ですので――」


 そこで一度、口を閉じる藤和さん。

 何となくだが、重苦しい雰囲気に思わず唾を呑み込んでしまう。


「それは……、雪音さんには聞かせられない? と、言う事ですか?」


 結婚の話をしてきた後に、俺に聞きたい内容――、そして母屋では話せない事柄と言ったら雪音さんに聞かせられない内容としか思えない。


「はい。異世界との交易に関しまして最悪の場合を想定した場合、エルム王国と戦争になる可能性があります」

「それは……」

「ただし、それは相手が此方の世界と向こう側の世界を繋ぐゲートを自由に使える場合と限りますが――」

「たしかに……」

「――ですが……交易をするにあたってもっとも重要なのは信頼です。その信頼を勝ち取るのは容易ではありません」

「……それは、分かっていますが――」

「利益を提示して相手を懐柔する術もありますが、中世以前の文化を持つ国――、王族や貴族を相手にする場合、簡単に! それも高い確率で相手か信頼を得て譲歩を引き出す方法があります」

「それは……、もしかして――」

「はい。婚姻関係を結ぶことです。月山様は、辺境伯の血筋と言う事ですので王家所縁の王女などを正室に迎えることが出来るのでしたら……」

「それは考えていません。自分は、雪音さんに結婚を前提に付き合うことを約束しましたので、その意思は命を掛けても変える気はないです」

「…………そうですか。無粋な話をしてしまい申し訳ありません」

「いえ。あくまでも一つの案として提示してくれたんですよね?」

「そうなります」

「それなら自分は、気にしないので――」

「分かりました。それでは、異世界に行く前に軽く母屋の方で今後の方針を説明させて頂きます」




 母屋に戻り、戸を開けたあとに靴を脱いでいると――、


「五郎さん、おかえりなさい」

「ただいま」


 言葉を交わす。

 雪音さんはさらに――、


「今日もよろしくお願いします」

「いえ、こちらとしても大事な商談ですので、お気になさらず」


 ニコリと笑みを浮かべて藤和さんに挨拶をする雪音さんと、若干困った表情で、それに応対する藤和さん。

 雪音さんは、すぐに話を切り上げると「お茶を用意します」と台所に向かってしまう。

 俺と藤和さんは今後の――、異世界での対応を含めて話し合いをするために客間へ。


「――さて、今後の対応についてですが……」


 雪音さんが用意してくれた麦茶に互いに口をつけた後、藤和さんがビジネスバッグの中から資料を取り出す。

 それも複数枚。


「この資料に使われている写真は――」

「はい。月山様が、以前に異世界の市場に行かれた時に撮られたデジカメのデーターを流用させて頂いております」

「なるほど……」

「まず、本日――、異世界に赴く際に、大事なことは相手側との繋がりを維持する事です」

「それは分かっていますが……」


 そんなことは言われなくても分かっている。

 そもそも交渉相手との繋がりが切れることは一番やったらいけないことで――、最低限でも話し合いの場を設けられるだけで、今後の対応にある程度は交渉の余地が出来る訳で――。


「そうですか」


 藤和さんは、俺の答えに満足そうに? 頷く。


「――それでは、次にこちら側と異世界側とのゲートについてですが、この事について私達は知らないことが多すぎると思うのです」


 知らないこと?

 心中で思わず首を傾げてしまう。


「異世界に移動できて、異世界とこちらの世界間を通過するときには病気が治る事と、自分が手を繋いでいない人は通り抜けができないことですよね?」


 十分、ゲートについては分かっている。

 藤和さんにもゲートについて説明はしているはずなのに、知らない事が多すぎるというのはこれ如何に?


「月山様に教えて頂いた内容は、あくまでも表面的な物でしかないと私は考えています」

「なるほど……」


 何を知りたいのかよく分からないが、とりあえず頷いておこう。


「どうやら月山様も、お気づきだったようですね」

「――ええ、まあ……」

「まずゲートについてですが、まったく異なる世界同士を安定して繋げていることはおかしいと考えています。それは、どのようなコストを払って、どのくらいの期間――、繋げられているのか? と、考えています」

「その事については、偶然開いたと聞いていますが……」

「…………そ、そうですか。それは私には――」

「申し訳ありません。伝えそこなっていました」


 無言になる藤和さん。

 そんな彼は額に手を当てたあと、手にしたメモ帳に走り書きをしていく。


「月山様、他に何かゲートについて知っている事とかありましたら教えて頂けますか? 例えば維持の為に何かをしているとか、管理者がいるとか――」

「維持には、特に何かしている事はないですね」

「それでは管理者がいるとかは?」

「いるにはいますが……」

「居るんですか!?」


 身を乗り出してくる藤和さんに俺は若干引き気味ながら頷く。


「いますけど、かなり変わった問題児ですよ?」

「その方とは懇意にしていますか?」

「懇意にはしていないですね」


 一方的に男女の関係を迫られてはいるが、正直言って俺はああ言う肉食系女子は好きではない。

 たしかに胸は大きくて顔もよくてスタイルも良い。

 ただ、性格が……。


「つまり、仲が悪いと?」

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