第75話 まぐろの刺身

「すみません、それではホテルに戻って貰えますか?」

「分かりました」


 ホテルに到着したところで料金を現金で支払い、ホテルにチェックインしたあとは、桜と一緒に風呂に入る。

 そのあと、どうしようか? と、迷っていたところで――、何時の間にか桜はベッドで寝ていた。

 どうやら、睡眠時間に関係なく夜だから寝てしまうという生物のプロセスに沿っているらしい。


「――さて、俺も少し寝るか。とりあえず、朝9時頃に卸売市場にいけばいいか……」


 スマートフォンを弄り午前8時に時刻を設定したあと、目を閉じた。




 ――翌日。


「おじちゃん! すごいの! 赤いのがいっぱいなの!」


 現時刻は、朝10時。

 すでに札幌市中央卸売市場・場外市場は多くの店が開いていて活気がある。

 やはりというか夏休みの7月末という事もあり家族連れの旅行客が顧客層の大半を占めているのが一目で理解出来てしまう。


「桜、手を離さないようにな」

「うん! でも、フーちゃんは連れて来られればよかったのに……」


 異世界から連れてきて以降、ずっと一緒だったフーちゃんは現在ホテルでお留守番中である。

 一応、食品を扱うエリアということを鑑みて犬は連れてきていない。

 何かあれば店の人の迷惑にもなるという配慮からだが――、当初は桜も納得していなかったが、そこは一生懸命説明し何とか理解してもらった。


「朝食でも食べるか」

「ごはん?」

「そう、海鮮丼は美味しいぞ」

「かいせんどん? それって海の幸なの?」

「まぁ、そんな感じだ」


 桜と一緒に近くの食堂に入りウニやイクラ、エビやホタテに魚をふんだんに使った海鮮丼を注文する。

 まだお昼前という事もあり、殆ど待たされることなく目の前にどんぶりが置かれる。


「すごいの! おじちゃん! 見た事がないものがいっぱいあるの!」


 目をキラキラさせて、テーブルの上に置かれている海鮮丼を見ている桜。

 

「食べていいの?」

「ああ、食べよう」


 木の割り箸を割ってから「いただきます」をして海鮮丼を食べる。

 久しぶりのウニにイクラ、さらに新鮮なエビや魚の切り身などが口の中で踊り、まさしく――。


「おいしいの! 口の中が宝箱なの~」


 そんなセリフを桜が言っていた。

 どこかで聞いたフレーズだが、気にせずに食べることにする。

 海鮮丼を食べ終わったあとは、市場内を見て回りカニなどを購入していく。


「おじちゃん、カニって何?」

「ヤドカリの一種って聞いた事がある」

「へー。食べられるの?」

「もちろんだ! すごく美味しいぞ!」

「本当に!?」

「桜は、カニを食べたことは?」

「ないの!」

「そうか」

「でも、カニっていっぱい種類がいるの」

「そうだな」


 見渡した限りでもズワイガニ、タラバガニ、活毛ガニ、花咲カニ、アブラカニと色々と店頭に並んでいる。


「どれが美味しいの?」

「どれが美味しいと言われてもな……」


 正直、関東に住んでいた時は――、というか一人で暮らしていた時はカニとか殆ど食べたことがなかった。

 カニというのは高級品で高いし。

 ただ、店の人にカニは何が美味しいですか? と、聞くのも失礼と言ったものだろう。


「とりあえず安いカニでも買って配達してもらうとするか」 

「お家でカニが食べられるの!?」

「いや――、普段からお世話になっている田口村長や皆に送る分を買うだけだから――」

「――!?」


 桜、絶句――、この世の終わりだ! って表情をしたあとガクリと肩を落とす。


「いや、今送ってもダメになるから、帰りに買って帰るから」

「本当に!?」


 いきなりの花が咲くような笑顔に早かわり。

 最近、桜は喜怒哀楽を良く見せるようになってきてくれたな。



  

 札幌に来てからすでに一週間が経過していた。

 

「1800万円か……」


 札幌を中心とした問屋や金の買い取り店を回っただけでなく、ネットに登録されていない店にも食指を伸ばしたのが良かったのか、想像よりも遥かに金を捌くことが出来た。

 

 これなら旭川や釧路や帯広まで行かなくても大丈夫そうだが……。


「いや――、此処は……」


 ノートパソコンを開きエクセルを起動する。

 画面には北海道の北側――、旭川や釧路、帯広などを含めた地域の問屋などが一覧で表示される。

 ネットに掲載されていない問屋だけで131店舗。

 一店舗あたり20万円分の金を売ったとして2600万円くらいにはなるだろう。

 さらに道を走っている時に金の買い取りをしているネットに載っていない店で売れば、もしかしたら持ってきた金を全て売り切ることが出来るかも知れない。


「ふむ……」


 だが――、あまりにも一気に売るのはリスクが高いと言わざるを得ない。

 ここは、かなり高い手数料を取られるが目黒さんに金の装飾品の処分を頼んだ方が堅実かも知れないな。

 それに、あまり家を空けるのも良くはないし……。


「おじちゃん、今日は何処にいくの?」


 テレビを見ていた桜がフーちゃんを頭の上に載せたままベッドの上で寝そべり話しかけてくる。


「明日には帰るから、今日は帰る準備をするから市場に行ってカニを買って家に送ってもらうように手配をする予定だよ」

「そうなの?」

「ああ、――という事で市場に行くとするか」

「わかったの!」


 桜がお出かけの用のワンピースを着ている間に、俺は荷物を纏める。

 さすがに一週間もホテルに泊まっていると散らかすつもりはなくとも散らかってしまうものなのだ。


 桜が準備をしている間、バッグにお金を詰めて部屋に備え付けられている金庫に入れておく。

 次に、着る予定のない服をキャリーバッグに入れたあと部屋の隅に移動する。


「とりあえず、こんなものか」

「おじちゃん、用意が出来たの!」

「わん!」

「フーちゃんは、お留守番な」

「くーん」


 桜と一緒にタクシーで札幌市中央卸売市場・場外市場へ行きカニを購入。

 クール宅急便で送ってもらうように手配したあと、海の幸を堪能しホテルに戻る。


「ただいまなの!」

「いま戻ったぞ」

「わんわん!」


 何か土産物を買ってきたのかと思っているのかフーちゃんは俺の近くで飛び跳ねている。


「ほら、ドックフードを買ってきたぞ」

「……ワンワン!」


 どうやら気にいらなかったらしい。


「……ほら、マグロ買って来たから……」


 一応、調べたところマグロの赤身なら食べていいと書かれていたので少量だけ購入してきた。

 部屋に備え付けのお皿の上にマグロを載せ、「食べてよし!」と、言うとガツガツと食べだす。

 それを見ながら、俺は思う。


 ――家に帰ったらドックフードメインになるんだが大丈夫だろうか? と……。




 翌朝、ホテルをチェックアウトした俺達は、車で来た道を戻る。

 高速道路を走り、函館に到着後は船に車を乗せて海の上の人に――。

 

「ようやく着いたな……」


 津軽海峡青森フェリーターミナルに到着した頃には、午後4時を過ぎていた。

 ちなみに桜とフーちゃんは長時間の移動の為、疲れたのかすでにお眠モードである。


「とりあえず近くで一泊してから帰るか」


 このまま運転して結城村まで帰ってもいいが――、到着の時間は深夜になりそうだし、焦る必要もないだろう。

 それに何より桜が乗っているのだから安全第一でいかないとな。


 


 ――翌日。


「おじちゃん、家に帰るの?」

「いや、ちょっとアウガ新鮮市場に寄ろうと思っている」


 桜の問いかけに言葉を返しながら運転をするが――、桜は「あうが?」と、首を傾げている。

 ちなみに、俺も初めて聞いた名前の市場だったりする。

 さっき青森市内で泊まったホテルをチェックアウトした際に、観光で来たのでしたらとホテルの従業員の人が教えてくれたのだ。


「こっちだな」


 シャッター街を抜けて青森駅の方へと車を走らせる。

 すると交差点に差し掛かったところで、右奥に幾つもの商店街が並んでいるのが目に入った。

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