第74話 卸売市場

 桜もフーちゃんも寝ていることだし近くの札幌市中央卸売市場に行って何か買ってくるとするか。

 結城村でお世話になっている人達にも何か土産を買っていった方がいいからな。


「とりあえず桜もフーちゃんも熟睡しているよな……」


 ベッドでは、完全に睡眠モードに入っているようで、フーちゃんを抱きしめたまま桜は完全にお眠モード。

 無理に起こす必要もないが――。

 一言言ってから出かけた方がいい……、よくないよな……。


「仕方ない。ホテルのルームサービスでも桜が起きたら頼むとするか――」


 部屋に備え付けられているルームサービスの一覧表を見ていくが――、内容は殆どイタリアンやラーメンといった内容ばかり。

 北海道に居るという特色が殆どないが、まあいいか。


「とりあえず、風呂に入るとするか」


 さすがに涼しいとは言っても汗を掻かない訳でもないからな。

 風呂から出たあとは、桜とフーちゃんが寝ている隣のベッドで横になる。

 

「ふぁあ~」


 眠気が襲ってくる。

 やはり長時間の運転で俺も疲れているようだ。

 そりゃ4時間近くも運転していればそうなるか……。


「とりあえず寝ておくか」


 桜を風呂に入れるのは起きてからでも遅くはないだろうし。




 体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、俺の寝ているベッドにフーちゃんと桜が乗っていて俺を見下ろしていた。


「桜、起きたのか?」

「うん。フーちゃんが最初に目を覚ましたの」

「なるほど」


 そういえば犬は殆どが浅い睡眠で済ますと何かの本で読んだことがあるな。

 まぁ、それはいいとして――。

 くーっという音が桜のお腹から何度も聞こえてくる。

 そっちの対処を先にした方がいいだろう。


「何か食べにいくか」

「食べに行くの!」

「わんっ!」


 スマートフォンで時刻を確認するが、窓から見える風景が夜を呈している事から犬が一緒に入れるような店があるとは到底思えない。

 念のためにペット同伴の店があるか調べていくが――。


「すすきのにあるみたいだな」


 時刻は午後10時を過ぎているのに、ペット同伴の店が開いているというか居酒屋がある事に少し驚く。

 やはり少しでも集客を増やそうという店舗の意気込みだろうか。

 飲食店関係は、ペットを嫌う嫌いがあると言うのが20年以上前には定説だったが、いまはそうでもないのかも知れない。

 ここは、うちが雑貨店を営業開始したら見習うべきだろう。


 部屋を出たあと、フロントでタクシーの手配を頼むことにする。

 寝起きで車の運転をすれば判断を見誤る可能性もあるからだ。


「すみません」

「はい。どうかなさいましたか?」


 フロントの受付をしている男性が、作業を一端中断して俺達を見てくる。

 年齢は20代後半。

 身嗜みも佇まいもホテルマンと言った様相で様になっている。


「タクシーの手配をお願いしたいのですが――」

「分かりました。お名前を頂いても?」

「月山五郎です」


 部屋番号も聞かれたので伝える。

 男は、パソコンで此方の情報を確認したあと、「すぐに手配致しますので――、それでどちらまで行かれる予定ですか?」と聞いてきた。

 タクシーを呼ぶ上で、遠出をするかどうかの確認だろう。

 俺達の場合は、近場での食事がメインなので――、「札幌市内を見て回りたいと思っています」と答えておく。


「かしこまりました。それでは、ロビーの方でお待ちください」

「わかりました。桜、いくよ」

「うん」


 フーちゃんが入っている籠を手に持ちながら俺と桜はロビーに並んでいるフカフカの椅子に座る。


「おじちゃん! 体が沈むの!」

「だな……」


 俺としては、体が沈む椅子というのは好きではない。

 特に仕事場や面接で体が沈む椅子というのは居住まいがどうしても難しいからだ。

 

 ――つまり、俺は堅い椅子の方が好みである。


「パソコンデスクほしいな」

「ぱそこんですく?」

「パソコンを置く机みたいなものだよ」


 あとは、デュアルモニター用にディスプレイも2台買っておきたい。

 これからは仕事メインで使う事になるだろうし。

 モニター一台だと効率悪いからな。


「月山様、タクシーが到着致しました」


 先ほど、受付担当をしていた男性が話しかけてくる。


「いま、ホテルの前にタクシーが停まっておりますので――」

「ありがとうございます」


 礼を言い桜と一緒にホテルを出てタクシーに乗り込む。

 

「お客さん。どちらまで行かれますか?」

「すすきのまでお願いします」

「わかりました」


 ススキノに到着したあとは、桜と居酒屋で食事をする。


「それにしても、さすが札幌――。居酒屋にまでジンギスカンがあるとは……」


 どうやら、桜もフーちゃんも羊の肉が好物となってしまったようだ。

 俺は必死に焼いてフーちゃんのお皿に載せていく。


「お会計は4500円になります」


 ローストビーフの時と比べると、ずいぶんとリーズナブルになったと思うが――、よくよく考えると外食で4500円って結構高いよな。

 まぁ旅行に近いから別にいいけど、少しずつ食生活を安めにシフトしていかないと、あとあと大変になりそうだ。


 居酒屋を出たあと――、「おじちゃん、ホテルに帰るの?」と桜が聞いてくるが――。

 桜は睡眠をシッカリととったこともあり、目はパッチリと開いている。

 ちなみにフーちゃんは……、お腹がいっぱいになったのか籠の中で寝ていた。

 しかもお腹を上にして――。


 この犬は、野生をどこかに忘れてきてしまったのか? 少し、フーちゃんは犬としての危機的意識と言うのが足りない気が最近してきた。

 俺は心の中で小さく溜息をつく。

 そのあとは移動の為に待たせていたタクシーに乗り込んだあとは、「札幌中央卸売市場までお願いします」と伝えるとタクシーは走りだす。


 しばらくして、タクシー内のAMから、「本日未明、大沼周辺にて3メートルを超える熊の死体が発見されました。これは、戦後で最も大きな個体と猟友会が発表しており――、その死因からは不明瞭な点も多く近隣の住民には……」と、音声が流れてくる。


「戦後最大……」

「お客さん、熊を見た事は?」

「――いえ、見たことは看板に書かれているくらいしか――」


 俺の呟きにタクシー運転手が話しかけてくる。

 ちなみに、イノシシは見た事があるが熊は見た事が無い。


「そうですか」

「3メートルを超える熊は珍しいんですか?」

「そうですね。基本的に、熊は1メートル50センチから大きくても日本だと2メートルを少し超えるくらいですから」

「なるほど……」


 あまり人間とは身長は変わらないくらいか。

 それにしても、大沼って俺達が泊まっていたバンガロー付近なんだが……、そんな熊と会わなくて良かったと心の底から思う。

 



 しばらく他愛もない話をしていると、やけに街灯の少ないエリアに車が差し掛かる。


「お客さん。卸売市場には、どのような用件で?」

「買い物とかですね」

「この時間は殆どの店が閉まっていますけど、いいんですか?」

「――え?」

「札幌市中央卸売市場場外市場は、多少は前後しますが午前6時から午後5時までが営業時間で、それ以降は殆どの店が閉まってしまうんですよ」

「そう……なんですか?」


 たしかに車から見る光景には営業している店は殆ど見られない。


「でも24時間営業って書いてあったような……」

「それは業者用の場所ですね」

「そうですか……」

「おじちゃん、いちば見られないの?」

「営業時間外でダメみたいだ」

「お客さん、来るなら午前中に来るといいですよ。お昼少し前なら北海道の幸を存分に使った丼も安く提供している店もありますから」

「海の幸なの!? 海が食べられるの!?」

「はははっ。お嬢さん、海は食べられないよ」

「えーっ!」

「桜、海の幸ってのは海で捕れる海産物――、魚とかカニとかウニとか貝を含めた色々なことを指しているんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 タクシーの運転手が同意してくる。

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