第63話 整地問題
そういえば、踝さんの実の父親は、かなり前に亡くなっていると聞いたことがある。
この地――、結城村を離れて20年少し……、少しずつでも時間は経過しているという事なのだろう。
「そういえば、桜ちゃんは田舎の生活には慣れたのか? 此処は何も無いからな。退屈じゃないのか?」
「退屈かどうかと聞かれれば、殆ど桜は家に居てゲームをしているか犬と遊んでいるか居間で寝転がっていますからね」
俺は答えながらも桜は、子供らしい遊びどころか友達も殆どいない事に今更気が付く。
自分が小さい頃は、自転車に乗って友達の家まで遊びに行ったものだが――、桜には同年代の友達と言えば、最近は来なくなった和美ちゃんくらいしかいない。
「やっぱり友達は必要ですよね」
「さあな。一人で遊ぶのが好きな奴も中には居るから一概には言えないからな」
二人で立ち話をしていると、白のワゴン車が目の前に停車する。
車体には、ステッカーで踝建設と書かれた。
「なんだか踝さんの家だけで結城村の建築を独占しているように見えますね」
「そんなつもりはないんだがな――、前は他にも建設会社があったんだが……、後継者不足で潰れたりしたんだよな」
車のエンジン音が止まり年齢的には、俺と同年代くらいの男が下りてくる。
体格としては細身と言った印象を受ける。
「すいません。お待たせしました。踝(くるぶし) 誠(まこと)と言います」
「月山五郎です」
差し出してきた名刺を受け取る。
そこには、株式会社 踝建設と書かれている。
「兄から先ほど電話でお伺いしましたが……」
「はい。こちらの――」
俺は自宅前の使っていない畑の方を見る。
「なるほど……。それで、用途は一体どういう事にご利用される予定なんですか?」
「あそこに見える仮設トイレを設置しようと思っているのですが――」
「兄さん、カタログを見せてもらえますか?」
「ああ」
俺が村長に渡されたのと同じカタログを見ていく誠さん。
「そうですね。私としては、アスファルトで地面を覆う必要はないと思いますが――」
「そうなんですか?」
「はい。このカタログに書かれているスペック――、主に重量でしたらローラー車を使って畑を転圧――、重い機材なので地面を踏み固めたあとに砂利を敷くだけで問題ないと思います。この広さですと300坪ですので200万円もあれば出来ると思いますよ? それにアスファルトやコンクリートは、熱を持ちますし何より元・畑ですと……、どんなに手入れをしても罅が入ったりして手入れが大変ですからね。砂利を敷いた方がいいと思います。ただ――」
「ただ?」
「雑草が生えてきますので定期的な除草作業は必要になってきますけど」
「なるほど……」
金額的に200万円というのは、妥当な価格かどうかは分からないが――。
どちらにせよ、土地を有効活用しようとは思ったのだ。
誠さんの兄である踝(くるぶし) 健(けん)さんが態々、電話で呼んでくれたのだから……、その点を踏まえると――。
「分かりました。それでは、それで作業の方をお願いできますか?」
「いいのですか?」
「はい。支払いは現金で大丈夫でしょうか?」
「構いません。それでは、契約書を作って参りますので、のちほど――」
誠さんは、すぐに車に乗り込むと来た道を戻っていってしまった。
ずいぶんと忙しないな。
「五郎、相場を調べなくて良かったのか?」
「どうせ、建築関係の仕事に従事しているのは彼くらいでしょう?」
「そうなんだがな……、結城村から外の業者に頼むという方法も取れただろう?」
「たしかに……、そうなんですけどね。――それでも、多少安いよりかは知り合いに頼んで融通を効かせてもらう方がいいでしょう?」
「そうだな。それじゃ、俺も誠が契約書を持ってくるまでは店内の方を決めてしまうか――」
踝さんが、店内のシャッターを開ける。
その後ろ姿を見ていると、振り返ってくると――。
「そういえば、五郎」
「なんですか?」
「工事業者への依頼って初めてか?」
その言葉に俺はそういえば……、と、考える。
問屋との取引はしている。
冷蔵・冷凍ケースを購入するときも取引はあった。
――ただ、本物の工事業者への依頼は宗像冷機さんだけになる。
ただし、それは問屋さんを通しているので直接の依頼はと言うと首を傾げるところだろう。
「そういえば、工事業者への依頼を直接したことがないですね」
「そうか。基本的に、工事業者への依頼は前金払いと後金払いの2回に分けられることが多い。たしか、アイツの会社もそういう形を取っていたはずだ」
「前金ですか……」
あまり聞かない制度だが――。
「ああ――、よく一軒家のブロック塀を立てている土方とかいるだろう?」
踝さんの言葉に俺は頷く。
たしかに、よく新築の家の壁を作るために何人もの人が作業をしているのを見たことがある。
「そういう土方や、建設業界の人間と契約を結ぶ場合には大抵は前金を支払う制度になっているんだよ。今回が200万円だとすると――、前金は100万円ってところだな」
「わかりました。用意しておきます」
郷に入っては郷に従えと言うし、円滑なお金のやり取りは今後の人間関係に大きな影響を与えるからな。
その点はしっかりとしておいた方がいいだろう。
「それじゃ、俺は残りの店内作業をやるから」
「今日は、職人さんは他にはいないんですね」
いつもは従業員を連れてきているというのに顔を出したのは踝さんのみ。
「ああ、村長からの依頼でプレハブ小屋を作っているからな」
「プレハブ小屋?」
「昨日の夜、急に仕事の依頼があったんだよ。何でも結城村の特産品を作るから、それなりの倉庫を作ってくれって――」
「なるほど……」
おそらく異世界から持ち込んだ物を売る算段の為に倉庫を作っていると思うけど、ずいぶんと行動が早い。
すでに規定路線で動かしているって感じか?
「そういうことで、リフォーム踝は繁忙期に入っているわけだ。まぁ、五郎の店に関しては、作業も終盤だし一人でも数日あれば終わるから安心してくれていい」
「別に中途半端な作業になるとは思っていないので――」
「なら良かった」
踝さんが軽トラックから資材や道具を降ろして作業を始めたのを見届けてから家に戻る。
居間に入れば、桜がフーちゃんのお腹に顔をあてて「スーハー、スーハー」と深く深呼吸しているのが見えるが――。
フーちゃんが、「きゅーん」と切ない表情で俺を見てくるが……、俺はそのまま台所に戻ってホットケーキを焼く。
「桜、ホットケーキができたぞ」
「ホットケーキなの!?」
バッ! と立ち上がった桜は畳の上に正座すると颯爽とおやつを食べ始める。
「桜、フーちゃんが嫌がるような事はするなよ?」
「嫌がること?」
「フーちゃんのお腹に顔を当てて匂いを嗅いでいただろう?」
「うん……」
「どう見ても嫌がっているようにしか見えなかったぞ? 相手が嫌がる時は無理強いはしないこと――、いいな?」
「うん……」
素直に頷く桜の頭を撫でる。
一緒にホットケーキを食べたところでインターホンが鳴る。
「おじちゃん、音が――」
「ああ、音が鳴ったな」
結城村に戻ってきてから、インターホンが初めてに近いレベルで利用された。
玄関までいくと戸も開いていない。
「なんだか調子が狂うな」
ガラガラと言う音と共に戸をスライドさせて開ける。
「踝さんですか」
「はい。見積書が出来ましたので、お持ちしました」
すぐに客室としての居間に案内し――、何時も通り麦茶を出す。
「いやぁー、暑いですね」
出した麦茶を一気飲みすると開口一番の言葉がソレ。
本当に暑いから仕方ないか。
「本当ですね」
桜が、踝さんが飲んで空になったコップを台所の方へと持っていく。
そして、すぐに中身――、冷えた麦茶が入ったコップを踝さんの前に置くと俺の隣に座った。
「ずいぶんとしっかりとした子供なんですね」
「うちの自慢の娘ですから」
自分が褒められるよりも桜が褒められた方が嬉しく感じるのは、少し変だろうか?
「それでは、こちらが見積もり書になります」
渡された見積書を見ていくが金額的には想定の範囲内。
「それで何時頃、作業は終わる見込みですか?」
とりあえずトイレの設置などを考えると早い段階に工事に着手してもらい作業を終わらせてもらいたいんだが……。
「そうですね。一日もあれば終わると思います」
「一日ですか?」
「はい。アスファルトやコンクリートを使う訳ではないので――」
「なるほど……」
それなら、すぐにでも作業を進めてもらいたい。
「分かりました。それでは作業の方をお願いできますか? それと、こちらの方が前金になります」
封筒に入った金額は100万円。
見積金額が182万円少しだったところをかんがえると妥当な金額と言ったところだろう。
「承りました。それでは、契約書がこちらになります」
受け取った契約書に印鑑を押していく。
そのあとは、踝さんを玄関まで見送る。
その後ろ姿が見えなくなり玄関の戸を閉めたところで――。
「おじちゃん、桜は良い子?」
「ああ、いい子だ」
桜の頭を撫でながら言葉を返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます