第60話 税理士契約(2)
「どうぞ、麦茶でも――」
人数分のコップに麦茶を注いだあと、桜と共に座布団の上に座る。
「ありがとうございます」
「いえ――。それでは、さっそく話を始めたいと思うのですが……」
俺は村長の方へと視線を向ける。
どこまで雪音さんに異世界の事について話したのか? と言うことを視線で確認しようとして。
「まったく話しておらんの」
「……そうですか……」
「話していない? 何の話ですか?」
「いえ――。その話は、またあとで」
「は、はい」
「今回、雪音さんにお願いしたい仕事というのは月山雑貨店の経理に関してです。雪音さんは税理士の資格をお持ちと言う事でしたのでお願いできますか?」
「はい。それと私は行政書士の資格も持っていますので――」
「そうなんですか?」
「はい」
税理士の資格だけでなく、行政書士の資格まで持っているとは……。
それが、どうして保育士になったのかと思ってしまうが――、余計な事は聞かない方がいいな。
「分かりました。それでは、月山雑貨店の経理をよろしくお願いします」
「はい!」
「それと……」
ここは、もうストレートに言ってしまった方がいいだろう。
「じつは――、うちの月山雑貨店は、異世界と繋がっています」
俺の言葉に、雪音さんが首を傾げながら「――え?」と、言葉を返してきた。
「あの……、月山さん。今は7月ですけど……」
申し訳なさそうな表情の雪音さん。
まったく俺の話を信じてはいない……、そんな眼差しだ。
それに7月と強調してきたのは、おそらくだが――、4月1日のエイプリルフールネタだと思われたからだろう。
「いえ、エイプリルフールとかではなく――、本当に異世界と繋がっているんです」
「えっと……、おじいちゃん」
助けを求めるかのように雪音さんが、村長の方へと視線を向けるが、「雪音、本当のことだ」と、頷きながら俺の言質を肯定する表情を見て――。
「冗談は止してください。二人して――、私をからかっているんですか?」
「いえ、本当のことなので――」
「おじいちゃん、冗談よね?」
「本当のことだが……」
「またまた冗談を――」
雪音さんが、出した麦茶が入ったコップを手にもって口に運ぶが――、その手は幾分が震えているようにすら見える。
そして一口飲んだあと、コップをテーブルの上に置く。
「もしかして、私が都会に行っていた間に結城村って変な宗教が流行っていたりしますか?」
どうして、そういう結論になるのか突っ込みたい所だけど、とりあえず横に置いておくとする。
それより問題は、異世界と店の入り口が繋がっている事を信じてもらえない点にある。
「村長、信じてもらえないようですがどうしましょうか?」
「うむ……」
村長考える。
そして、俺もどうしようかと考えるが……信じて貰う一番の方法は直接、異世界に連れていくのが早いという結論にしかたどり着かない。
「村長、異世界に彼女を連れていくことは――」
「別にかまわんが――、こちらの世界の人間は、異世界に一度でも招かれた者以外は異世界には行けないと聞いたのう」
「それって……」
「うむ。五郎の父に異世界に連れて行ってもらおうと思ったが儂は行くことはできなんだ」
「なるほど……」
それだと雪音さんを異世界に連れていくことは無理か。
「あの……、大変失礼ですが――、月山さんもおじいちゃんも夏の暑さで……」
「大丈夫ですから! 本当に大丈夫ですから!」
「儂は正気だ」
「……でも、異世界とか大丈夫ですか? 現実と物語の区別はついていますか? 私、友達にカウンセリングをしている人がいますので紹介しますよ?」
すごく心配そうな表情で、村長と俺を見てくる。
まさしく哀れみを込めた目で!
話がまったく進まないと思ったところで、桜が大きめの声で「フーちゃん!」と叫ぶ。
すると軽快な音が廊下から聞こえてくる。
――そして、部屋にフーちゃんが入ってくる。
「わんっ!」
ピョン! と飛ぶと空中でクルッと一回転すると桜の頭の上にスタッ! と座りペタッと横になった。
まるで何かの曲芸師のようだ。
一体、桜とフーちゃんは、どこを目指しているのだろうか。
「おば――、おねえちゃん」
一瞬、雪音さんの額に青筋が浮かんだのは気のせいだろう。
「この子は異世界の犬なの!」
「――え?」
ハッハッハッハッと、舌を出しながら桜の頭の上で寝そべり尻尾を振り乱している子犬。
そんなフーちゃんの姿を見て――。
「五郎! 異世界の動物を連れてきたのか? 衛生面とか病原菌とかは大丈夫なのか?」
最初に口を開いたのは田口村長であった。
「ごめんなさい……」
田口村長の剣幕に最初に口を開いたのは桜。
涙をポロポロと零しながら謝罪の言葉を呟いていた。
「桜、きちんと注意をしなかった俺が悪いんだから気にするな」
桜と俺を見て村長の動きが止まる。
「え? ご――、五郎? これは……、一体……」
「村長、じつは……、異世界から犬を連れてきたのは桜なんです」
「……なん……だと……?」
村長が絶句する。
「村長に相談するべきでした。申し訳ありません」
犬のことを言わなかったのは俺の判断ミスだ。
姪っ子である桜に物事の道理を説くのは親の仕事だからだ。
それを怠ったことで問題が生じるのなら、その責任を取るのは俺の役目。
「そうか……」
振り上げたコブシをどう降ろせばいいのか迷っている村長に助け船を出すことにする。
「はい。ですから、一番悪いのは桜の父親役である自分です。未成年である子供が過ちを犯した場合の責任は私がとりますので!」
「う……うむ……。わかった……」
「おじちゃん、ごめんなさい」
桜も自分が仕出かした問題の本質は理解していないと思うが、薄々と今のやり取りで理解したのだろう。
あとで桜が納得できるよう何が悪いのか教えるとしよう。
――あとは……。
俺は桜を抱っこして膝の上に乗せたあと頭を撫でる。
とりあえず桜を落ち着かせないとな。
「田口村長、じつは異世界の行き来の際には結界が存在していて、その結界により病原体などがシャットアウトされます。そのため、桜が子犬を異世界から連れて帰りましたが問題ないです」
「そうか……。だが! とりあえず検査には連れていくようにの」
「分かりました」
「おほん! それで桜ちゃん、桜ちゃんを一人の大人として見て説明しておくがの。どんな生き物でも病気を持っていることがあるのだ。その病原を早い内に摘み取らないといけない。だから、生き物を飼うときは、最初に病院に連れていくようにの」
「……うん」
俺が説明するはずだった内容をサラッと村長が説明してしまった。
村長の言葉に小さく元気なく頷く桜。
そんな桜を見て村長は完全に意気消沈気味だ。
「桜、俺がきちんと村長に言わなかったのが、そもそもの原因だから、あまり思いつめなくてもいいからな」
「ううん。悪い事は悪い事なの……」
5歳の子供が、こんなに聞き分け良くていいのだろうか?
俺は内心で溜息をつきながら視線を雪音さんの方へ。
正直、いまのやりとりで場が静まり返り何ともいえない雰囲気が漂ってしまっている。こんな状況では異世界の話を継続するのは無理がある。
「村長、経理の話についてですが――、異世界の事も含めて、また後日の話し合いでも大丈夫でしょうか?」
「そうだの……」
村長も同意してくれたのでお開きにでもするべく立ち上がると、「お待ちください」と、雪音さんが俺を制止してくる。
「雪音さん、何でしょうか?」
「異世界という話は俄かには信じきれませんが――。父と桜ちゃんが嘘をついているようにも見えませんでした。よければ一度、私を異世界に連れて行ってもらう事はできますでしょうか? 百聞は一見に如かずと言いますので」
彼女の方から提案してくる内容。
たしかに、直接連れて行った方がいいだろう。
「分かりました」
異世界に連れていけるかどうか分からないけど、雑貨店のバックヤードを見るだけで納得はしてくれるはずだ。
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