第59話 税理士契約(1)

 レジスターを予約してから2日が経過した。

 おそらく今日中には届くと思う。

 ただ――、一つ問題があった……。


 お昼ご飯は、恒例の素麺。

 ずるずると麺を啜る音が居間の中に響き渡る。

 俺はチラッと桜の方を見て、どう話を切り出すべきかと考えてしまう。


 話しておかなければならないのは税理士のこと。

 まだ雇うかどうかは決まってはいない。


 ――だが、今後のことを考えると税理士と契約しておくメリットが大きい。


 そう一番のメリットは俺が楽を出来るという点だ。


 ただ、問題が一つあった。

 それは桜が、真正面から拒絶した田口(たぐち) 雪音(ゆきね)さんが税理士だと言うこと。

 どちらにせよ、税理士としての仕事を頼めば否が応でも店に何度も顔を出すことになる。

 桜に相談するのは筋と言えよう。


「桜」

「おじちゃん、どうしたの?」

「じつはな。税理士を雇おうと思うんだがな……」


 おそらく税理士と言っても桜の年齢ではピン! と来ないだろう。

 いざと言うと時に上手く説明が出来ない歯がゆさを感じる。


「ぜいりしは必要なの!」

「税理士を知っているのか?」

「うん。『それゆけ! コンビニ』のゲームでぜいりしを選ばないとだつぜいで店長がつかまったりしたの」

「そ、そうか……」


 やけにリアルなゲームだな。

 そこまで俺もやり込んでいないから分からない。

 ただ、桜が税理士を雇う事に前向きなのは吉報とも言える。


「それでな。税理士の資格を持っている村長の孫にお願いしようと思っているんだけどな。桜は、どう思う?」

「ぜいりしだけの付き合いならいいの。――で、でも! おじちゃんと桜の家には泊めたらだめなの!」

「わかった」


 とりあえず桜の承諾も得たことだし、さっそく村長の家に電話でもするか。

 電話の子機に村長自宅の電話番号を入力する。

 

 トゥルルルル――、ガチャ。


「田口ですが――」

「お久しぶりです。月山です」

「あら! 五郎ちゃん? どうかしたの?」


 電話口に出たのは田口村長の奥さんである田口(たぐち) 妙子(たえこ)さん。


「村長はいらっしゃいますか?」

「ええ、いるわ。少し待っていてね」


 保留音が流れる。

 しばらく待っていると音が途切れ――。


「五郎か。どうかしたのかの?」

「はい。実は、目黒さんから税理士を雇った方がいいとレクチャーを受けまして――」

「ほう。それで孫に依頼したいということか?」

「無理でしょうか?」

「ふむ、少し待っておれ」


 村長は保留ボタンすら押さずに大声で「ゆきねー、五郎から電話だぞ!」と、自分の孫を呼ぶ為に叫んだので全部、電話口を通して聞こえた。


 しばらくするとドタドタと言う音と共に「おじいちゃん! 保留ボタン押してないから!」と、言う声が聞こえてくる。


「お待たせしました。雪音です。月山五郎さんですよね? どうかしたんですか?」

「実は、雪音さんにお願いしたい事があって電話しました」

「私にですか?」

「じつは税理士を探しているのですが、雪音さんは税理士の資格を持っていると――」

「もっています。……でも……、私は桜ちゃんに嫌われて……」

「姪っ子は大丈夫だと言っているので――。一度、相談などどうでしょうか?」

「…………そうですか? 本当に大丈夫なんですか?」

「はい」

「……それなら、わかりました」

「予定などは、何時頃空いていますか?」


 なるべく早い日取りで予定を組みたい。

 後々にズレ込んで納品伝票の数が嵩むと話し合うのに時間が掛かるからだ。


「今から、お伺いしても大丈夫でしょうか?」

「もちろん! お待ちしています。あと田口村長に代わって頂けますか?」

「分かりました。少々、お待ちください」


 保留音が流れる。


「おお、五郎か。どうかしたのか?」

「はい。実は、雪音さんに月山雑貨店の経理をお願いしようと思いまして――」

「なるほど。それは良いかもしれんな。問題は、異世界の話をどうするかだの」

「はい。そのことを踏まえて村長に意見を伺おうかと――」


 都会で一人暮らしの時には自分一人で何でもできると思っていた。

 気が付くことは無かった。

 何故なら、一人でお金を稼ぎ生活を出来ていたから――、だから気が付かなかった。


 どんな時でも周りの人が助けていてくれていたということを。

 それを結城村に帰ってきてからと言う物、痛いほど痛感している。

 

「ふむ……、孫娘と一緒にそちらに行くとしよう。その時に、異世界についての話も孫娘にするとしようかの」

「やはり話しますか?」

「うむ。経理を担当するのなら不可解な商品仕入れにもすぐに気が付くからの」


 そうなるよな……。

 まぁ、村の外に話が漏れるよりかはいいか。

 村長の家族内だけで話が収まっているのなら、それがベストだろうし。


「分かりました。お待ちしています」

「うむ」


 話が一段落したところで電話を一端切る。


「おじちゃん、誰かくるの?」


 桜が、寝ているフーちゃんの両手を弄りながら上目遣いで聞いてくる。


「ああ。店の経理を雪音さんに頼むことになりそうだから、その事について村長と一緒にくるそうだ」

「わかったの! 桜、用意してくるの!」


 畳の上から立ち上がると桜は居間から出ていく。

 そして、しばらくするとフリルのついたサマードレスを着て居間に入ってきた。

 その服装を見て俺は思わず首を傾げる。


 どうして、さっきまで着ていたサマードレスではいけないのかと……。


「桜、さっき着ていたワンピースは?」

「せんたくきの中に入れてきたの」

「どうして着替えたんだ?」

「それゆけ! コンビニでね! アルバイトを面接するときにね! 服装って項目があるの! その項目に清潔な服装でって書いてあるの。だから、お仕事頼むときは、きちんと服装をするの。おじちゃんも着替えるの!」


 物置状態のクローゼットの中から持ってきたのだろう。

 ハンガーに掛かっている俺のスーツを桜は突き出してくる。


「桜、スーツが必要なのはきちんとした商談の時であって――、村長と俺は知らない仲ではないんだぞ?」

「ゲームでね! おじちゃんみたいな事を言っていたキャラがいたの。親しき仲にも礼儀ありなの!」


 グイグイと来る桜に、仕方ないと内心ため息をつく。

 そしてYシャツをタンスから取り出したあと、まずはYシャツを着てスーツの上下を着る。

 そしてネクタイをすれば、とりあえずはどこかのサラリーマンの完成。


「桜、どうだ?」


 隣に立っていた桜を見下ろす。

 すると、桜は呆けた様子で俺を見上げていた。

 目が合うと頬を赤らめて、あからさまに視線を逸らしてくる。


「似合わなかったか?」

「……そ、そんなことないの」


 スーツに着替えたあと、俺と桜は居間で時間を潰す。

 

「遅いな……」

 

 俺は、居間の壁に掛けてある時計を見ながら呟く。

 すでに俺が着替えてから1時間ほどは経過している。

 村長の家からは、車でなら30分の距離だったはず……。


「事故という線はないよな」


 結城村は、人口300人ほど。

 移動は車がメインだが、車が走ることなんて滅多にない。

 月山雑貨店の前の道路は、外部と繋がるメインストリートだが――、30分に一台、車が通ればいいほどである。

 下手をすると数時間、車が通らない時もよくある。


 だからこそ、塩の搬入がスムーズに行えたということもあるのだが――、そこは少し微妙な気持ちになってしまう。


 ちなみに桜と言えば、畳の上でフーちゃんを弄って遊んでいる。

 

 ――ピンポーン


 久しぶりに聞いたインターホンの音。

 踝さんとか、親しい村の人間はいきなり玄関を開けて入ってくるからな。

 まぁ、村長も含むだが――。


「はいはい」


 玄関の戸を開ける。


「五郎さん、お待たせしました」


 頭を下げてくる雪音さん。

 服装はパンツルックの白のレディーススーツを着ている。

 化粧もしているので、それで時間が掛かったのだろう。


「いえいえ、お待ちしていました」

「なんじゃ、五郎。ビシッ! とスーツを着ておってからに――」

「まぁ、仕事の話ですから。村長は、普段着のままですね」

「うむ」

「それでは雪音さん、どうぞ上がってください」

「はい。それでは失礼します」


 雪音さんは、上がり框(かまち)で自分自身が履いていたヒールと、村長のサンダルを揃えると俺の後に着いてくる。

 最近では応接室として利用している部屋に通す。

 





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