第57話 お洒落

「五郎、異世界の――、古代文明に近いのなら塩の対価を民芸品などで受け取ることはできないのか?」

「民芸品ですか?」

「うむ。たとえばペルシャの絨毯というのは知っておるかの?」

「はい。名前だけは……」

「今の時代は民芸品の方が高く売れる。そして、その方が足は付きにくい。何せ、村で生産しているとして売れば問題ないからの」

「なるほど……」

「それに――」

「雇用も作れるのう」

「雇用?」

「うむ。我が結城村は人口が300人しかおらん。若者は街や都心部に移ってしまう。それは何故か分かるか?」

「仕事がないということですか?」

「そのとおり!」


 村長が立ち上がる。


「五郎、店を繁盛させるためには人口が増える必要がある」

「それは分かっていますが……」

「そして人口を増やすためには仕事が必要だ」

「そうですね」

「そこで! 異世界の手作り民芸品を村の工芸品として偽って売れば雇用も作れるというもの! ゴホッゴホッ」

「村長、麦茶を飲んでください。そんなに興奮したら血圧が――」

「すまないの」

「いえ。――ですが、人を雇うと言う事は人件費が掛かるってことなんですが?」

「これから大きな商談が増えてくるのなら致し方ないこと。それに――、成功者を妬む者も何れ出てくるかも知れないからの。後々、起きるかもしれない問題回避(リスクヘッジ)の為に投資しておくのも手じゃろう?」

「――ですが、そうなると……。自分一人ではどうにも……」

「五郎。結城村には、どれだけ暇な年寄が居ると思っている。そのくらいは寄り合い所の人間で何とかする。もちろん働いた分の手当は貰うがの」

「大体、どのくらいを……」

「そのへんは、目黒と相談だの。あやつなら民芸品として金の細工をオークションというところで販売していると言っておったしの」


 目黒さんがオークションを!?

 それって……、インターネット経由か?


「そんな呆けた顔をしてどうした?」

「いえ、以前に目黒さんの家に行ったときには、パソコンとは無縁の家だったので……」

「なるほどの。五郎は、まだまだ人を見る目がないようだの」

「目黒の家は、衛星通信アンテナを200万円掛けて20年前に設置しておった」

「衛星通信……、――20年前に? まだ光回線も……」

「人は見かけによらんということだ。――さて、話は戻すが――、この金の装飾品に関しては、別の都道府県まで行って売った方がよい」

「分かりました」

「うむ。今後の事については一度寄り合い所を通して檜(ひのき)家、鏑木(かぶらぎ)家、田口(たぐち)家、月山(つきやま)家で話し合うとしようかの」


 話が一段落ついたところで――、村長が帰っていくのを見送る。

 そして――、村長が乗った軽トラックの姿が見えなくなったところで……。


「あっ……」


 借りていたブルーシートを返すのを忘れていたことを思い出した。



「おじちゃん」

「もう起きたのか?」

「うん……。どこかいくの?」

「そうだな、とりあえず目黒さんの所に行こうと思っている」

「わかったの」


 眠そうな足取りで自分の部屋に向かう桜。

 そして、その後ろをトコトコと付いていくフーちゃん。

 桜が家にいる時は、付かず離れず一緒に行動しているように見える。


「桜にずいぶんと懐いているんだな」


 一人納得したあと、家の戸締りをしていく。

 もちろんタンス預金が200万円ほどあるので、そのお金については封筒からバッグに入れておく。

 しばらくすると、台所から水の流れる音が聞こえてくる。

 台所の方へ行くと桜が踏み台の上に乗って何度も顔を洗っているのが見えた。

   

「桜、水には気を付けるんだぞ」

「はーい」


 どうやら殆ど眠気は取れたようだ。

 まぁ、車に乗ったら桜は寝てしまうのであまり意味は無いと思うが――。

 出かける用意が終わったところで。


「おじちゃん」


 桜が居間に入ってくると、その場でクルクルッと回ると桜が着ていたフリルの付いたワンピースの裾が浮き上がる。

 

「おじちゃん、これどう?」

「――ん? 用意出来たならいくぞ」

「むーっ!」


 何か知らないが桜がムスッとした表情を見せてくる。

 そして、自分の足元をウロウロしていたフーちゃんを抱きかかえると「プイッ」と、呟いて玄関から出て行ってしまう。


 ちなみに桜が着ているワンピースは、夏場でも涼しいと店員に勧められた服で桜のお気に入り。

 サマードレスという物らしいが、肩が出るような作りのワンピースは、俺としてはあまりよろしくないと思っている。


 桜が、どうして怒ったのか――、その理由が分からない。


「もしかして……、服装を褒めて欲しかったとか? いやいや――、それはないだろ。まだ5歳だぞ? ――ん……、……5歳? そういえば、以前にママ友掲示板に5歳からは反抗期があるとかないとか書いてあったな。もしかしたら桜も反抗期なのか?」


 急いで、パソコンを立ち上げてママ友掲示板のチャットログに書き込む。

 朝早いから誰か相談に乗ってくれればいんだが……。


 五郎)子供が反抗期なので、どうしたらいいですか?


 スレを立てる。

 ――すると、すぐにレスがつく。


 元・保育士Y)初めまして――、娘さんは何歳ですか?


「保育士か……、元でも保育士なら子供に詳しいかも知れないな。それにしても、この時間に相談に乗ってくれるって事はニートなのか? いや、そうとも限らないよな……。とりあえずチャットで教えてもらうとするか」


 五郎)5歳です。

 元・保育士Y)反抗期ですと口が悪くなったり、怒ったり泣いたり暴れたりします。そういうことはありますか?

 五郎)そのようなことはないです。

 元・保育士Y)それでは、どうして反抗期かと思われたのですか?

 五郎)娘がお気に入りのワンピースを着てきたのですが――、それでどうか? と、聞かれたのですが……。

 元・保育士Y)それで褒めてあげましたか?

 五郎)いいえ。とくに褒めるような事はないかと思って……。

 元・保育士Y)娘さんは、服装を褒めて欲しかったと思います。一度、褒めてあげてはどうでしょうか?

 五郎)まだ5歳ですが……。

 元・保育士Y)小さくても女の子は女の子です。きちんと褒めてあげましょう。

 五郎)わかりました。相談に乗って頂きありがとうございます。


 チャットログを閉じてからパソコンを閉じる。

 家から出ると桜が車に寄りかかりながら俺の方を見てくる。


「おほん! 桜」

「……」

「そのワンピース、すごく似合っているぞ」

「――!? ほ、ほんとうに!?」

「本当だ。最初から似合っていると思っていた」

「………ほんとうに?」

「もちろんだ」


 俺の言葉に桜は笑顔になる。

 それにしても、服装で褒められるだけでこんなに笑顔になるとは……、俺にはよくわからない。


「5歳でも女は女か……。――ん?」


 そこで俺は若干違和感を覚えるが――、それが何か分からない。

 何かを見落としているような気がするが……、気のせいだよな。


 桜をチャイルドシートに乗せたあと、金の装飾品が入った袋は助手席後ろの床に置く。

 そして車のエンジンをかけた。

 車を運転していると桜がペットのフーちゃんと何やら話しているのが聞こえてくる。

 話していると言うより一方的に桜が語り掛けているというのが正確な所だが――。

 バックミラーで後部座席を確認する。

 フーちゃんは、チャイルドシートに乗っている桜の両手に抱きかかえられているのが見える。


「フーちゃん、今から行くお家では静かにしているの」

「わん!」


 間髪入れずフーちゃんは小さく吠える。

 まるで桜の話している言葉が分かっているようだ。

 まぁ、偶然だと思うが――。


「フーちゃん、酔わない?」

「わん!」

「私が寝ても悪い事しちゃだめなの」

「わん!」


 …………本当に偶然だよな?

 思わず心の中で突っ込みつつも――、さすがに犬が話すとか、そんな非科学的な事がある訳が無いと自分の常識を信じることにする。

 

 





 

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