第55話 店内改装(1)


「ナイルさん」

「何でしょうか? どうかしましたか?」

「実は、以前に桜が一人で異世界に来たことがあるようなんですが……」

「そうなのですか? 兵士からは何も聞いていませんが?」

 

 すぐにナイルさんは兵士達に話を聞きにいき……、すぐに戻ってきた。


「ゴロウ様。やはり兵士達は、サクラ様のお姿を一度も見たことがないと言っておりました」

「それでは金髪の角の生えた女性というのは知っていますか?」

「金髪の角の生えた……」


 ナイルさんが顎に手を当てながら考え込む。


「もしかして――」

「何か心当たりが?」

「はい。それはエルフだと思います。金髪碧眼の美女で頭には小さな角が生えており耳が長い種族です」

「それは、サキュバスのリーシャさんのように?」

「ゴロウ様。リーシャ様は、ハイエルフです」

「すいません、つい……」

「いえ――。ですが、彼女らの前では言わないでください」

「分かりました」

「それよりも、どうしてサキュじゃなくてエルフが?」

「分かりません。――ですが……、エルフは、幻覚の魔法や吸性の魔法、あとは結界の魔法が得意なので、もしかしたら何か意図があって桜様に接近したのかも知れません」

「意図ですか……」

「はい。ご心配でしたら、リーシャ様へ連絡を取りますが……」

「いえ、結構です」


 こっちが気を付けておけばいいだけだからな。


「……ですが、何かあった場合に困りますのでノーマン様にはご報告をしておきます」

「分かりました」


 一応領主には報告はしておいた方がいいだろう。

 そのことも含めて桜を連れてきたのだから。


「ふむ……。なるほどー―、エルフが接触してきたのか」


 異世界に、桜が来た時に出会った女性の特徴を伝えたところでノーマン辺境伯が塩をどこに運ぶかの名簿を見ながら頷く。


「ノーマン様、どういたしましょうか?」

「そうだのう。とりあえずはリーシャ殿に報告をすることが先決になるのう」


 ナイルさんとノーマン辺境伯の話を聞いていて、俺は内心ため息漏らしながら『仕方ないか……』と、心の中で呟く。

 正直、グイグイと押してくる女性は、前に別れた彼女を彷彿とさせるので苦手意識があるが――、仕方ない……。


「ゴロウは、それでよいかの?」

「――は、はい」


 唐突に話しかけられ一瞬だが、口ごもってしまう。


「それでは、儂の方からリーシャ殿へ連絡をしておこう。あとは、他に何かあれば報告をするのだぞ?」

「ありがとうございます」

「よいよい。曾孫の――、サクラを守るためなのだ。気にすることはない。それでは、そろそろ戻った方がよいのではないのか?」

「そうですね」


 すでに、腕時計の時刻は、地球時間で午前7時を過ぎている。 

 

「うむ。それではサクラ、また遊びにきなさい」

「うん! おじいちゃん!」

「――う、うむ。孫というのは良いものだな」

「ノーマン様」

「コホン! ――さて、また何時でも来るとよい。毎日来てもよいからな?」

「それでは、失礼します」

「またの」

「ばいばい」


 

 桜と一緒に店の中に入ったあとシャッターを閉める。

 そのあと、バックヤード側から外に出ると、すっかりと日は登っていて蝉が鳴いている声が聞こえてくる。


「今日も暑くなりそうだな」

「おじちゃん……」


 桜が、俺の手をギュッと握りしめてくる。


「どうした?」

「もう大丈夫?」

「――ん? 何がだ?」

「からだ……、いたくない?」

「もう大丈夫だよ。それより、朝食にするか? 桜は何が食べたい?」

「プリン!」

「それは、ご飯じゃないからな」


 

 

 家に戻ったあとは、大人しくお留守番をしていたフーちゃんにミルクを上げたあと、俺と桜は朝食(そうめん)を食べた。

 そして、桜は異世界に行ったことで相当疲れたのだろう。

 桜は、俺の布団でフーちゃんと一緒に寝てしまった。

 そんな桜の表情を時折見ながらパソコンで金の買い取りをしてくれる店舗を探してはプリントアウトしていく。


 ――ピンポーン


「はいはいー」


 玄関まで行き引き戸を開けようとしたところで、毎度の如く戸が訪問者により開けられるが、訪問してきた人物に俺は内心で首を傾げる。

 何故なら、訪問してきたのはリフォーム踝の社長である踝(くるぶし) 健(けん)さんだけではなく田口村長も一緒だったからだ。


「踝さんと村長がお揃いでどうかしたんですか?」

「うむ。ちょっと相談があるんだが良いかな?」

「はい。こちらへどうぞ」


 二人を客間まで案内したあと、麦茶とコップを用意する。

    

「どうぞ」

「すまないの」

「悪いな」


 田口村長と踝さんに麦茶を出したあと本題は何かと考える。

 二人が揃って訪ねてくる事は……。

 唯一、接点がある物はトイレくらいなものだろう。


「五郎、踝から話は聞いたのだが、配管工事に関してだが――、配管工事をせずに完全独立型のトイレを実体験として使ってみないか?」

「実体験ですか?」

「そうらしい」


 真っ先に答えてきたのは踝さん。


「俺としては、据え置き型のトイレは悪戯される可能性もあるから薦められないんだよ。結城村は、人口も少ないから全員が顔見知りだろ? だから犯罪も起こりにくい。実際、駐在所はあるけどさ、俺――、警察官が村の中を見回りしていたこと一回も見た事がないからな」

「たしかに……、自分も駐在所の警察官が村の中を見回っていたことを見たことが一度もないような……」

「二人とも、この村の中を自転車で警察官が巡回していたらどれだけ大変か理解しておらんのか?」


 田口村長の言葉に、俺は思わず「ああ、そういえば自転車しか見た事がないな」と、言葉を返す。

 よくよく考えてみれば俺が生まれてから40年近く事件らしい事件が起きたことがない結城村では警察はお飾り状態になっている。


 何せ、村の全員は面識があるのだ。

 犯罪など起こりようもない。


 唯一の事件と言えば猪が畑を荒らしていたりするくらいだろう。


「おほん! それでは話を元に戻すが――、踝が危惧している事も分からなくはないが――、予算が無くなってしもうた」


 田口村長が断腸の思いという表情で言葉を吐き出す。


「村長、予算というのは?」

「村の予算になるの」

「――え!? そ、それは……、以前に確認した時には村の予算は、かなりの額がプールされていると聞きましたが、支払いは大丈夫なんですか?」


 つまり、まだ月山雑貨店の工事費用を村長は払っていないと言う事になる。

 もし払えなければ大変なことだ。


「田口村長」

「どうかしたのかの?」

「いえ、どうかしたのかじゃなくてですね……、そんなに結城村の資金繰りは大変になったんですか?」

「いや――、じつはな……、来年から桜ちゃんが学校に通うことになるのは二人とも知っていると思うが……」

「村長、もったいぶらないで――、何にお金を使ったのか! さっさと言ってください」

「うむ」


 観念した面持ちで村長が口を開く。


「学校が木造建築なのは二人とも知っているかの?」

 

 俺と踝さんは田口村長の言葉に頷く。


「――で! 傷んだ廊下があるのだが……、腐って抜ける場所があったのだ。それを修繕する為に! 桜ちゃんが怪我をしない為に全部張替えを業者に頼んだ」

「「……」」


 二人して無言。

 完全に無言。


「つまり、俺の所には依頼せずに別の所の業者に頼んだと言うことか?」


 苛立ちを含む声が踝さんから聞こえてくるが、怒る原因はそこじゃないだろうに。


「一応は、教育委員会が管理している建物だからの。業者が決まっているのだ」

「――っ! そ、それなら仕方ない。それで俺の所の支払いは?」

「リフォームに関しての支払いは問題ない。ただ……、配管工事については数百万円掛かるとなると……」

「出す予算が無いと言う事ですか」


 村長の言葉を引き継ぐように俺は話す。

 まぁ、正直言うと何でも村長の行為に甘えるのは良くないと思っていたからな。


「田口村長の新車を売れば何とか払えるのでは?」

「踝、お前は血も涙もないのか……」

「3割くらい冗談ですよ」


 7割は本気で言っていたのか……。

 俺は心の中で思わず突っ込みを入れつつ、村長が踝さんと一緒に来た理由が呑み込めた。


「それで、すでに発注してあって設置だけの状態の完全独立型のトイレを――、という訳ですか」

「うむ」

「踝さん、どうですか?」

「うーむ」


 踝さんが腕を組みながら何やら思案していると村長の方へと視線を向ける。


「田口村長、本当に廊下の張替え作業だけで数百万使ったんですか?」


 



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