第33話 寿司屋と注文

「――さて、桜」

「ふにゃ?」


 すでにベッドの上で横になっている桜は半分ほど寝かけていたのか、言葉にならない言葉で反応してきた。

 

「お風呂にいくぞ」

「おふりょー、いくぅー」


 殆ど、寝かけている桜はヨロヨロと立ち上がるが――、すでに半分ほど寝ている。

 そういえば、今日はお昼寝もしていなかった。

 

「このままお風呂に連れていっても危険か……」


 さすがに風呂に入っている時に寝てしまったら危ない。

 ……ただ、俺としては夏場ということもあり風呂に入ってきたかったが……。


「仕方ないか。桜、少し休んでからお風呂にいこうか――って!? 立ったまま寝ている!?」


 姪っ子ながら、ずいぶんと器用な事をするものだな。

 桜をベッドの上に横にしたあと、部屋のシャワーで汗を軽く流す。

 そして部屋に用意されていたアメニティセットの中からバスローブを選び着る。


「飲み物を買ってくるのを忘れたな」


 独り言を呟きながら髪の毛をドライヤーで乾かしたあと、部屋に戻りルームサービスを電話で頼む為に、テーブルの上に置かれているメニュー表を広げながら椅子に座る。


 さすが――、一番高い部屋しか空いていなかっただけはある。

 椅子の座り心地が……、大企業に面接に行った時に座るソファーのごとく沈み込む。

 正直、座りにくい。

 俺としては、もっと固い椅子の方がいいんだが……。


 1万円くらいで買えるパソコンチェアとかが理想的だったりする。


「――さて……」


 横目で桜が寝ているのを確認したあと、ルームサービスのメニュー表を見る。


「……オレンジジュースが1600円?」


 あまりの価格の高さに開いた口が塞がらない。

 1600円もあったら、一リットルで100円の果汁100%のオレンジジュースがダースで買えてしまう。

 さすがに、コレを頼むのは庶民派の俺には難易度が高すぎる!


「何かお手軽価格の安いものは無いのか……」


 メニュー表の一覧価格を見ていくが、全て1000円を超えているのは悪夢としか言いようがない。

 はじめてルームサービスを見たが、この価格で頼むには俺には無理だ。

 

「仕方ない、桜が起きてから自動販売機に行くとしよう」




 スマートフォンで、質屋や金の買取を行っているチェーン店を調べること5時間ほど。

 時刻は、すでに午後10時を過ぎている。

 

「おじちゃん……」

「――ん? 起きたのか?」

「うん……」


 桜が目を擦りながらベッドから降りて俺をジッと見てくる。


「それって何?」

「ああ、バスローブと言うんだよ」

「バスローブ……、ママが見ていたドラマで見た事があるの」


 うちの妹は、子供が居る場所で、どんなドラマを見ていたのか……。


 ――くーっ


「食事にするか?」

「うん……」


 桜は、控えめに頷いてくる。

 たしか、ネットで調べた限りではレストランもあったはずだ。

 また、同じ服を着るのはアレだが……、仕方ない。

 昼間に着ていた服を着る。


 そして20階から、3階のレストランがある階層までエレベーターで降りたあとレストラン街へと向かう。

 

「いっぱいあるの!」

「何が食べたい?」

「あれ!」


 桜が指さしたのは、回らない寿司屋。

 

「回転寿司じゃないやつか……」

「回転寿司?」

「桜は行ったことないのか? お寿司が流れてくる御店だよ」

「行ったことあるの!」

「そっか」

「あそこも回るの?」

「――いや、あのお店は回らない寿司屋だな」

「お寿司なのに回らないの?」

「回らない」


 俺と桜の会話を聞いていた他のホテルの客が、クスクスと小さく笑っているのが聞こえてくる。

 耳を澄ませば悪意ではなく、純粋に桜と俺の会話が面白いから笑っているようであったが――。


 とりあえず、値段をチェックしてみるが――、全ての料理の価格が時価と書かれている。

 なんだよ、時価って……。


 そんなの創作世界だけのネタじゃなかったのか? と突っ込みを入れつつ桜の方をチラッと見る。


 桜と言えば「見た事がない食材があるの!」と、目を輝かせていた。

 

「おじちゃん! アワビって何!?」

「アワビは、貝の仲間だよ」

「貝? 桜、そんな名前聞いたことないよ? アサリとかシジミの仲間なの?」

「そんな感じだな」


 価格は、まったく違うがな!

 しかも時価だと、幾らになるか想像もつかない!

 さすが県内でも有数の高級リゾートホテルなだけはある。


「なるほど……」


 どうやら支払いは、カードキーで出来るようだ。

 そしてチェックアウトの時にカード払いか現金払いを選ぶと……。


「桜、アワビとか食べてみたい!」


 すごく期待の籠った純粋な輝く目で桜が聞いてくる。

 これが妹とかなら、「自分の金で食え!」と、突き放すことも出来たが――、さすがに姪っ子には出来ない。

 

「そうだな……」


 ここは男気を見せておくとしよう。

 桜を連れて寿司屋の暖簾をくぐった。


「おじちゃん。ぐるぐるが無いよ!」

「ここは回らない寿司屋だからな」


 桜の手を引きながら店の中に入るとすぐに女性店員が近寄って来る。


「いらっしゃいませ。お二人様で、いらっしゃいますか?」


 俺は頷きつつ、店内を見渡す。

 一人ならカウンター席でもいいんだが――、今日は桜もいる。

 そうなると、奥に見える畳のある部屋が良いだろう。

 丁度、二つテーブルがあって、一つはどこかのグループが使っているが、もう一つのテーブルは空いているし。


「奥の部屋は空いていますか?」

「――え? あ、はい」


 歯切れの悪い返答。

 予約でも入っているのかと注視する。

 だが、特に予約席などとは書かれていない。

 畳部屋の隣のテーブルには年配の――、60歳を超える初老の人間が二人座っているだけ。


 やはり、もう一つのテーブルは誰も座っていない。


「それでは、こちらへどうぞ――」


 畳のある部屋へと通される。

 履物を脱いで揃えてから畳部屋へと上がったあとは、二人で並んで座布団の上に座る。


「それでは、こちらがメニュー表となりますので、ご注文が決まりましたら、そちらのボタンを押してください」

「わかりました」

「桜は何が食べたい?」

「うんとね……、マグロ!」

「そっか――、マグロか……」

「桜は、どのマグロがいいのかな?」


 俺はメニュー表に書かれているマグロの種類を見て冷や汗を垂らしながら桜に聞いてみる。

 

「大きいなマグロがいいの!」

「なるほど……」


 大きなマグロということは、つまり大トロ。

 これはいきなり来たな……。

 ここは、一年に一回は回らない安めの寿司屋に行っている俺が、寿司屋の何たるかを桜に教えた方がいいのかも知れない。

 基本的に、寿司屋に行った時には味の薄い物=白身魚から頼むのが鉄則とされている。 

 

 ――ただ……、目をキラキラとさせている桜に鰺(あじ)などから食べるように教えるのは、少し酷な気がする。

 食事の時くらいは自由に楽しく食べるのが一番いいからな。


「まぐろ……、だめ?」

「好きな物を好きなだけ食べなさい」

「ほんとう!?」

「ああ、本当だ」


 まぁ、そんなに食べ方に拘る必要もないだろう。

 いつもの桜の食欲から見ても、食べることが出来てもせいぜい10皿程度。

 寿司の値段が時価と書かれていても、そこまで高くはないはずだ。

 

 ――大丈夫だよな?


「さくら、決まったの!」

「それじゃ頼むとするか」

「お待たせしました」


 ボタンを押すとすぐに女性店員が来る。


「えっとね……、まぐろとアワビと――」


 店員さんが、注文票に手書きで書き込んでいく。

 ハンディ端末を使った方が楽だと思うが――、まぁ……、こういう風情も高級寿司屋の醍醐味なんだろう。


 ――さて、俺も自分が頼むものを選ぶとしよう。


 とりあえず出費は抑えたい。

 そうすると寿司屋のメニューで安い物になる。


 ……ふむ。

 基本的に、寿司屋で安い物となると卵と巻き物関係が安いと決まっている。

それだと卵とカッパ巻きと、納豆巻き、かんぴょう巻き、山葵巻きと言った所だろう。


「やれやれ――、ここの店も品格が落ちましたな。副社長」

「まったくだ! それと私は、いまは社長だぞ」

「申し訳ありません」



 




 

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